1、シャルメニア
シャルメニア王国。此度の戦で滅ぼされた、小国の名前だ。そして、私の祖国であった国の名前だ。
番の白鳥をシンボルとした、平和で豊かな国だった。それが戦火にまみれたのは、つい1週間前のこと。長らく戦争とは無縁であったかの国は、海を越えてやったきた強国バロンになすすべなく侵略され、あっという間に陥落した。
そして、シャルメニアの一姫君である私は、今、バロン国の処刑場にて、地獄絵図の最中にいる。
「に…い…さま…?」
高く、飛んだ。死神のもつような大鎌で刈り取られた兄様の首が、高く。
グチャリ、と、およそ人間から発せられたとは思えない醜悪な音が響いて、周囲から歓声が上がった。耳障りな甲高い笑い声だった。
「今日の処刑は一段とダイナミックだな〜」
「当たり前さ。なんたって王族の処刑なんだから。処刑人様も、腕がなるんだろうよ」
地獄を目にした民衆から漏れ聞こえた会話はそんな能天気なもので、私は目と耳の両方を疑った。これは悪い夢か。
流れ出た血は私の足元までたどり着いて、靴先に沿って緩やかな弧を描いた。これで三人目だ。
「とうさま…かあさま…にいさま…」
みんな、殺されてしまった。末っ子の私に見せつけるように、処刑は淡々と残酷に進んでいった。処刑人が鎌を振り下ろすたび、私の喉から声にならない悲鳴が、吐き出されていった。ついに、私の番だ。
いや、やっと…。
「早く…早く、」
もう耐えられない。戦火に焼かれた祖国も、無残に刈り取られて行く命も、もう何も、見たくはないのだ。
「早く…殺して」
縋るように、処刑人の顔を見上げた。すると仮面に隠れて見えなかったその表情が、心なしか変化したように見えた。しかしそれを確認するまでもなく、無情にも鎌が、振り下ろされる。
「待ちなさい」
鋭い、声だった。それは文字通り、首を落としかけた鎌を止める刃となった。死を覚悟していた私は、ぼんやりとした思考のまま声のした方角へ顔を向ける。
「その娘、私がもらうわ」
煌びやかな装飾品を身につけた女性が、豪奢な椅子にゆったりと腰掛けながらそう告げている。母様と同じくらいの歳のようだ。でも母様はあんな風に高いところから踏ん反り返って民衆を見下ろしたりしない。
「もらうとはどう言うことかね?ローズ」
「そのままの意味ですわ。私たちの間には子供がいない。だから、あの子を養女にしようということです。公爵」
「ふむ。相変わらず君は妙なことを考えつくね」
女性の隣の椅子に腰掛ける公爵と呼ばれた男性は、とくに反対のそぶりを見せるでもなく、彼女の意見を呑んだ。
一体何が起こっているのだろう。
「お前、名はなんだったか?」
「…………………え」
女性の問いが私に向けられたものだと気付くのに数秒かかった。朧げな意識が急に引き上げられ、頬に触れる空気が途端に冷たくなる。
ああ、そうか。私は、拾われるのだ。この人に。命を。
「リンカ…」
どうして、
どうして、わたしだけ。
生きてる?
生臭い鉄の匂いが鼻をついて、気持ち悪さにぐらりと視界が揺らぐ。目を背けていた現実が、突然五感の全てから体内に侵入してきた。
悲しい。苦しい。痛い。辛い。死んでしまいたい。早く、早くこの現実から、去ってしまいたい。
「リンカ。あなたは明日から、私の娘」
女性はそう言うと、ニンマリと口元をゆがめた。