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星から降るひと


 私は星空を見上げていました。帯状の光が、道のように伸びています。

 あの無数の星の中に、私の故郷の星がないと知っていても、私にとって空を見上げることは、自然なことでした。


 地球という星の生命は、この遠い宇宙、まだ彼らには見ることが叶わぬ遥か先に、私達のような、別の星の生命がいることを知りません。


 私の故郷の星は、いつか星の命が尽き、滅びる未来を見越して、この青い星に移住する日に備えて準備を進めています。


 私達の知る文明や概念は、この地球にあるものより、とても進んでいます。この発展途上の星に、どのような形で移住することが、我々にとって幸せなのか探るため、この星に降り注ぎました。


 私と、何人かの仲間が、共にこの星に降りました。

 地球上に、それを観測できた者はいないでしょう。目に見えない、触れることもできない、単なる『情報』として、降り注いだのですから。

 私達は、この地球の生物として体を再構成しました。新たな体を作る時、地球という星において、もっとも移動範囲の大きな生物である『人間』になった者が多いですが――私達がこの星の生命として再構成される時の方法は、大きく分けて二つでした。


 一つは、最初からその生物の成体としての体を作って、この星に降り立つ方法。

 もう一つは、その生物の母体にて意識のみ再構成され、その生物として生まれる方法です。


 私は、後者でした。

 私は、日本という国の、静かな島で、とある夫婦の子供として生まれたのです。


 伊波(いなみ)(しずか)というのが、この星で二度目の生を受けた私の名前でした――。






「私、こことは別の星から来た――宇宙人なの」


 私がそれを言った時、大氣くんの顔は、ぴしっと動きを止めた。


「う、ちゅう、じん?」

「うん。――宇宙人なの」


 もう一度言うと、大氣くんは、くしゃっと顔を歪めて、何と言ったらいいか分からないというような様子で――でも、少なくとも、喜んではいなかった。

 私がただ黙って、大氣くんの言葉を待っていると、大氣くんは、頭を振った。


「なん、なんだよ……それ、どういう意味なんだよ」

「……。」


 私は何も言うことはできなかった。比喩ではなく、私がここから他の星から来たというのは、ただの事実だったから。

 大氣くんは、やがて、私を残して、その場から立ち去っていった。私も家に帰るべきだろうけど、家が隣同士の私達は、一緒に帰ることになってしまう。


 ……彼が家に戻るまで、私はここにいよう。


 私は、その場に座って、夏の星を見上げた。天の川を挟んで、一際大きく光る星を、目で追う。

 私の胸に押し寄せてきたのは、途方もない後悔と、孤独で、空を見上げていないと、涙が零れそうだった。


 私だって、大氣くんが立ち去った意味は分かっている。彼は、異星人である私を異質なものとして拒絶したのではない。

 この星の人達は、宇宙の外の知的生命体の存在を信じていない。まして大氣くんは、私が母から生まれたのを知っていて、小さい時からずっと一緒に育ってきた。私を、異星人だと、言葉通りの意味で受け取って信じたわけではないだろう。


 彼は、真剣だった。真剣に私に想いを伝えてくれた。

 思いの丈を伝えたはずの相手から、理解不能なことを言われたことで、ふざけている、からかわれていると受け取ったから、あんなに傷ついた顔をしたのだ。

 彼が私を好きであるかどうかより、私のせいで彼が傷つくことの方が、考えれば苦しかった。


(やっぱり、伝えなければ良かったのかな)


 私は地球の人々と何一つ変わらない人間として生まれた。例え、私が彼と子供を生んだとしても、それは紛れもない地球の人間だ。普通の少女として、彼の手を取れば、すべてが丸く収まったのに違いなかった。


 だけど――




 あの後、どこにも行けなくて、祭り会場に寄らず、家に戻った。父さんや母さんはまだ祭りにいるんだろう。どさっと布団に突っ伏した。

 ずっと、静の言葉の意味を考えていた。


「……なんなんだよ」


 宇宙人って、どういう意味なんだろうか。

 宇宙と言えば、すごく、すごく遠い場所だ。

 ――私とあなたとの間には距離がある。私とあなたとは違う。そんな感じの――意味だろうか。


 思えば、静は、小さい時からどこか俺達を遠くから見ていた。まるで、彼女の周りだけ、透明な壁があるようだった。

 小学校にあがってからも、大人しかった静は、本当は俺と幼馴染でいたことさえ、わずらわしかったのかもしれない。


「…………。腹減った」


 そういえば、何も食べてない。カップ麺でも食べようと、台所に向かう。

 お湯を沸かしながらぼーっとしてると、勝手口から、汚れた包丁を持った姉ちゃんが入ってきた。


「あれ? アンタ何してんの?」

「……どーだっていいだろ」


 いきなり、どつかれた。


「痛っ、何で叩くんだよ!」

「何うじうじしてんのよ、うっとうしい! 静ちゃんにフラれたわけ!?」

「ふ……フラれてなんかない!」


 ただ。よく分からないことを言われただけだ。……それが、フラれたということなのかもしれないが。


「よく……分かんねえよ。静が、何考えてるのか」

「ふーん。で、静ちゃんのことは、諦めるの?」

「……。」


 諦める、と言葉にして言われると、胸が塩水が染み込んだみたいに苦しい。だけど。

 最初から無理だったのかもしれない。静が宇宙人じゃなかったとしても、地球にはそれこそ70億もの人間がいて。一生で関われる範囲の人間だけに絞ったって、それこそ数えきれないくらいで。

 その中で自分を選んでくれるなんて、あるわけがない。ただ、俺はこの狭い島しか、世界しか知らなかっただけ。


「……馬鹿じゃないの、アンタ」

「姉ちゃんに何が分かるんだよ」

「世界に70億も人間がいるからこそ。それでみんながめいめいバラバラの相手を好きになってたんじゃ、いつまで経っても両想いのカップルなんて成立しないじゃない」


 どん、と背中を押された。いや、押されたというよりは、乱暴に叩かれた。


「告白というボタンはプッシュ一択。好きだ好きだって叫び続ければ、情が移るものでしょ」


 あとは、早い者勝ちよ。

 姉ちゃんの言葉を最後に、俺は走った。




 そろそろ、頃合いだろうと思って、私は立ち上がった。海岸の砂をぱらぱらと払って、歩き出したその時――こちらに向かって走ってくる足音がした。


「静! 良かった、まだ帰ってなかったんだ……」

「……どうして」


 大氣くんが、息を切らしてこっちに来た。私は、どうしていいか分からなくて、困ってしまう。


「だって……ほら、暗いから……危ないだろ。ヘビとか出るかもしれないし」

「……うん。ありがとう」

「じゃ……帰ろっか」


 星の明かりが照らす道を、二人で並んで歩いていると、ふと、大氣くんが、空を見上げて、言った。


「宇宙人って、どういう意味?」

「……。」

「俺、馬鹿だから、考えたけどわかんなかった」


 ――大氣くんには理解できなくて当然だけれど、それは、本当にそのままの意味だった。私は、体こそ地球の人間だけれど、意識は、遥か彼方の星に住んでいた時の記憶を持つ存在だったから。


「……そりゃ、ある意味じゃ、俺も宇宙人だけど、そういう意味じゃ、ないんだろ?」


 その言葉を聞いて――私の足が止まった。




 遠い記憶を手繰り寄せる。

 私達に課せられた役目は、後に続く仲間のために、地球の生き物として、幸せに暮らすモデルを作ることだった。


 私は地球の生命として生まれるのだから、それは難しくない役目だと思われた。少なくとも、事前に得た知識をもとに、月並みに暮らせばよいはずだ。

 ――だけど私は、こう言われたのだ。


 一番大切な存在ができたら。共に生きていきたい存在ができたら。

 その存在には、自分のルーツを明かしなさい。

 自らの存在を全て認めてもらった上で幸せに生きなければ、私達は途絶えてしまったことと同じだから――




 そうだ。私は何で、大氣くんに、自分が宇宙人と明かしたのだったか。

 伝え方を間違えて、彼が私を受け入れるか、試すような言い方になってしまったけど、そうじゃない。

 私は、自分に真っすぐな気持ちを向けてくれる彼に、誠実であろうとしたのだ。


「静……?」


 それに、知っていたはずだった。

 宇宙人が相手でも、恋はできること。

 だって、私にとっては、彼こそが宇宙人だったのだから。


「俺、変なこと言った……? 言ったよな……ごめん……」

「大氣くん」

「ひゃい!」


 美空さんによると、告白というのは男の子がするものなのだそうだ。

 だから、もし。大氣くんがまだ、私を見ていてくれるなら。また、好きと言ってくれるなら。

 その時は私も言葉を返そう。


 遠く離れた(そら)の先から、あなたのいる場所に降ってきた奇跡が、本当に嬉しいって。


企画を取りまとめ頂いたアンリ様、読んでくださった皆様、

本当にありがとうございました。

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