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私なんかでも


 ――私の恋人は異星人だ。




 彼の故郷の星は、私達の地球より、遥かな昔から存在し、ずっと文明が進んだところだという。

 争いもなくて、気の遠くなるような時間を、平和で豊かに暮らしている。夢のような場所らしいのだけれど――どんな世界にも永遠は、ない。

 持続可能な幸せを維持する高いテクノロジーがあるがゆえに、彼の星はいつか、星の寿命が尽きること――避けようのない未来に、備えなければいけないのだという。


「どんな再生可能エネルギーを使っても、こればかりはどうしようもないことだから」


 想像も尽かないほどの未来、太陽だっていつか燃え尽きるのだと、彼は言う。

 いつか必ず来るその日のため、遠い遠い宇宙の向こうから、彼らは移住できる星を探して、遠い宇宙の向こう、やっと見つけた先が、この地球だったらしい。


 彼らの星は地球を観察した。そして、移住する計画を立てるために、何人かの調査員を、人間の姿に変えて送り込んだらしい。


「――僕らは情報という形で送り込まれ、この星の物質を元に、この星の生き物として再構築されたんだ。だから、カイリが見せてくれた映画みたいに、宇宙人の姿に変わることはできないよ」

「体ごと作り替えたんだよね。だからこんなにイケメンなんだ」


 そう言うと、彼、(すばる)は、少し困ったように言う。


「……人間の顔のサンプルをいくつか取って、平均値を取っただけなのに」


 彼の役目は、この星の人間として、暮らすテストをすることだ。

 まだ、地球人は、宇宙の先に彼らのような存在がいることを知らない。できるだけ目立たないようにするつもりで、平凡な人間になるためそうしたと言うが、彼の顔はとても美しい。


「美人の顔の条件って、できるだけ平均に近いことだって聞いたことがあるよ」


 鼻は高すぎず低すぎず。唇も厚すぎず薄すぎず。痩せすぎでもなく、太りすぎでもなく。

 でも、自分は並外れて平均から離れているとは思わないけれど、だからといって美人ではない……。いわゆる、どこにでもいそうな、顔だ。


 そんなことを思うと、彼は敏感に察知して、抱きしめていつも同じ言葉をくれる。


「カイリはとても綺麗だよ。大好きだよ、カイリ」






 私、深山(みやま)海里(かいり)は、異星人である彼、星山(ほしやま)(すばる)と一緒に暮らしている。


 彼は私がよく行くコンビニで店員をしていて、その頃は、ただの常連客と店員として、お互いに顔を覚えている程度で、何も思っていなかった。


 関係が変わったのは、その行きつけのコンビニがある日突然潰れて、ああー、不便になるなあ、と残念に思った日から。

 仕方なく、駅の反対側のコンビニまでわざわざ行って、どこのコンビニでも結局は似たようなお弁当を持ってレジに並んだ。


「あっ」

「あっ」


 カウンター越しに、声が重なった。前のコンビニでいつも見ていた、店員さんだった。

 名札には「研修中」とバッチがついていて、彼もこっちのコンビニに移ってすぐなのだと知れた。彼は苦笑しながら言った。


「……あそこ、なくなっちゃいましたね」


 そう、なくなったのは残念だ。彼は職場を。私は、通勤ルートの間にあるコンビニを。コンビニとは便利な店という意味だから、近いコンビニがいいコンビニなのだ。


「……家から近くて、便利だったんですけどね」

「僕もでした」


 どことなく照れながら言葉を交わす。それから彼は私の中で、コンビニでよく見る店員から、会えば言葉を交わす程度の知り合いになった。

 私は彼の名札を見て。彼は私のポイントカードの裏に書いてある名前を見て、名前を覚えた。

 仕事終わりに疲れて、栄養ドリンクとお弁当を持ってはレジに並ぶ私に、いつも笑顔で話しかけてくれるから、私はいつも彼のレジに並ぶようにした。


 ただの知り合いは、毎日、元気をくれる人になった。


「僕が言うのも何ですけど、コンビニのお弁当ばかり食べていては、栄養が偏りますよ」

「そう言う星山(ほしやま)さんは、自分でご飯とか作るんですか?」

「作りますよ。――良かったら、食べにきませんか」


 そして、初めて、私が彼の家に行った夜。

 彼が作った、たっぷり時間をかけて煮込んだ牛すじの煮込みと、具がたっぷりのサラダ、甘酸っぱいトマトのゼリーでお腹いっぱいになった私を、彼は嬉しそうに見た後、彼はそっと部屋の電気を消した。


 彼は霞んで星ひとつ見えない、狭い夜空を小さく切り取る窓の前に立つ。外から入る蛍光灯の光が、彼を白く照らす中、静かに、彼は大切なことを打ち明けてくれた。


「本当は、僕は、この星の人間ではありません。遠い星から来た、異星人です。――それでもいいですか?」

「……。」


 真っ白な肌に、通った鼻筋。この人って、こんな綺麗な顔をしていたんだなと思った。

 私は答えた。いいですよ、と。


 そうしたら彼は目を細めて私を抱きしめて、そして私達は、恋人になった。




 昴は異星人で、ある時突然この地球にやってきた存在だという。

 だから身分の証明をするものがなかった。戸籍が、なかった。だから、身分証明も不要なコンビニのアルバイトをしていたのだという。


 私はそんな彼に、私のマンションで一緒に暮らすことを提案した。

 コンビニのアルバイトなんかしなくていい。私が十分に稼ぐのだから問題ない。それよりも私の帰りを家で待っていてほしいと言った。

 彼は異星人だけど、ちゃんとこの世界の常識というものは分かっていて、少し困ったような顔をした。


「それは、ちょっと……カイリに悪いよ」

「いいの。昴の作ってくれるご飯、美味しい。毎日食べたい」


 事実、私は、家事をほったらかしていた。毎日コンビニ弁当で済ますのだから、それはお察しであるが――いや、私だってやればできる。

 ただ、毎日遅くまで働いてクタクタに疲れているから、料理をする余力なんてないというか。その他にも、掃除とか洗濯とか、どうしても後回しになってしまう。

 だから昴がいてくれたら、すごく嬉しいのだと伝えると、昴は頷いた。


 そして、昴はコンビニのアルバイトを辞めはしなかったが、シフトを昼だけに変えて、私の帰りを待ってくれるようになった。

 朝、私は昴に起こされて、お味噌汁つきの朝ごはんを食べる。本当はご飯派だった私だけど、時間がないから、パンを食べることが多くなっていたので、とても嬉しい。

 帰ってきたら、部屋の明かりがついていて、お風呂が沸かしてある。お風呂から出たら、晩ごはんを温めてくれて。食べる私の向かいに座って、笑って見つめられると、恥ずかしくなるけれど。


「……先に寝てて、いいのに」

「カイリ、美味しそうに食べてくれるから」


 肩こりがひどい日なんかは、マッサージをしてくれる。大きくて温かい手で触れられると、それだけで安心する。


 あと、昴は空を見上げるのが好きだ。僕の故郷はとてもここからは見えないといいながら、それでも、晴れた日はバルコニーに出て二人で夜風に当たる。私は目がそこまでよくないし、明るくて空気の汚れた都会じゃ、夜になっても星なんて見えない。


 だから、私は昴の横顔を見ている。すると私の視線に気付いた昴が笑って、手を繋いでくれる。


「大好きだよ、カイリ」

「……うん」


 昴は、たくさん好きと言ってくれる。

 とても幸せだ。私なんかの、身に余るって、思うくらいに。




 私の生活の変化は、周りから見ても明らかだったらしい。


「最近、深山さん、楽しそうですね」

「……え?」


 職場の後輩に言われ、私はパソコンから視線を上げた。


「そう?」

「そうですよ。何だかすごくキレイになりましたし。ひょっとして、彼氏でもできたんですかー?」

「……。」


 うまく答えられなかったけれど、この沈黙は、肯定とほぼ変わらないことくらい、私にも分かる。きれいにネイルした手を組んで、後輩は嬉しそうに食いついてきた。


「えっ、えっ、写真とか見せてくださいよ」

「……今は業務中だから。仕事に集中して」


 後輩を見ず、パソコンの画面に視線を落とした。だけど、私の方が仕事に集中できない。画面に並ぶ小さな数字が目を滑ってしまう。一度、気分を切り替えようと、トイレに立った。


 ……いやいや、高校生じゃないんだから。もう二十代というより、アラサーといってしまった方が近い大人の女が、彼氏の話に何をあたふたしているんだろう。呆れて自分の頬に手を当てた。


 トイレの鏡には、丸顔を潰した、背の低い女が映っている。団子みたいに低い鼻と、腫れぼったい一重の目。胸は薄べったいくせに、お腹はゆったりしたシャツで隠さないといけない。


「……写真なんかないよ」


 だって昴の写真を持ってたいなんて言ったら、昴だって私の写真を持っていたいというじゃないか。




 仕事から帰ると、昴が天ぷらを作って待っていた。


「おかえりなさい。今から揚げるよ」

「……うん。嬉しい」


 今朝、出かける前に、今日は早く帰れるかと聞かれた。最近、毎日それとなく聞かれていることには気が付いたので、今日は早く帰ると伝えて、仕事を早めに切り上げて帰ってきたのだ。


「そっか。天ぷら」


 天ぷらは、他の料理と違って、温め直してもそれほど美味しくない。だから、早く帰れる日に作ってくれたんだ。天ぷらは私の大好物だ。それは付き合う前から、フライ弁当をよく買ってたのでバレてたけれど。


「うん。カイリが休みの日にしても良かったんだけどね。でも、できれば、早い方が良かったから」

「え?」


 昴はくすくすと笑うと、一応、記念日だからね、と言った。


「記念日?」

「そう。僕とカイリが、初めて会った日」


 目を瞬かせていると、昴は天ぷらを揚げながら、くすくすと笑う。


「僕が、あのなくなったコンビニでバイトを始めた日、カイリを初めて見たんだよ」

「……私、覚えてないけど」

「まあ、そうだね。初めて見た時、カイリはすごく疲れてて、それでもすごい早さで、迷いなくお弁当を選んでレジに来たから。僕の方だけ覚えてるのかな」


 そんなことを言われると恥ずかしくなる。私はコンビニの店員の間でも印象に残るような客だったというのか。


「その時はまだ、カイリとこんな風になれるなんて思ってなかったな」

「……当たり前だよ」


 揚げたての天ぷらを出されて、頬張る。ぷりぷりの海老が美味しい。


「でもね。僕は本当、嬉しいんだ。僕はここにきたばかりで、どうやって生きていけばいいか分からなかった。――カイリが異星人である僕を受け入れてくれて、本当に、感謝してる」

「……昴」

「大好きだよ、カイリ」


 昴は、いつも私に、好きと言ってくれる。

 嬉しい。幸せだ。だけど、だけど、私は――




「……ごめん、昴」


 私は、そっと箸を置いた。とても美味しいはずの天ぷらが、喉につかえて、食べられない。


「どうしたの?」


 昴が私の方を見る。心配してくれているのだと、声で分かった。優しい、昴。私なんかには――私なんかには、もったいないくらいだ。

 いつまでも俯いて、顔を抑えてしまった私に、昴は具合でも悪いのかと横に来て、背中をさすってくれた。温かい手だ。


「――違うの。私――」




 私は昔から、可愛くなかった。可愛くなれなかった。

 周りの女の子みたいに、キレイな恰好をして、男性に愛されるような素振りが取れなかった。


 だって、私は、不細工で。可愛い恰好をしようとしても、却って滑稽にしか見えない。代わりに、他のことで、勉強や仕事で、自分の価値を高めてきた。そんな薄っぺらなチャラチャラしたことには、私は興味はないのよ、と、見下さなければ、自分が誰にも選ばれないことに理由をつけられなかった。


 あの時、昴が、この星の人間じゃないと告げた時。戸籍も身寄りもない、寄る辺ない存在だと明かした時。私の中にあったのは、それでも彼を受け入れようという、純粋な愛情じゃなかった。


 そういう存在なら――私みたいな女でも、別にいいと思ってくれる? と。

 打算で、彼を選んだ。コンプレックスだらけの自分と、彼の事実を天秤にかけるような真似をした。


「ごめんね、ごめんね、私、私――」


 泣き出す私を、昴が抱きしめてくれる。


「昴が、好きだよ」


 私から初めて、彼に好きだと言った。




 冷めてしまった天ぷらは、冷蔵庫の中に。そして、私と昴は、バルコニーにいた。


「ごめんね、わざわざ、出来立て、作ってくれたのに」

「大丈夫だよ。お蕎麦に乗せたら、湿気っても、気にせず食べられるからね」


 あれから、自分が楽になりたいままに、昴に、自分の汚い思いを、つたない言葉で吐き出し続けた。それを昴は私の頭を撫でながら聞き続けた後、私をバルコニーに誘った。


「つまり。カイリは、僕と暮らし始めてすぐの時は、そこまで僕のこと、好きじゃなかった。でも、今は心から好きだって、そういう話なんだね」

「……そんな、きれいな話じゃないよ。私はそんな、昴が思ってるような、いい子じゃないよ」

「だったら僕は、誇っていいんだね。カイリの気持ちを、僕に向けさせたこと」


 昴は、私の頭を撫でた。とんとん、と小さな子供をあやすような手つきだった。


「僕もね。汚いところはたくさんあるよ。――カイリに見捨てられたら、僕は生きていくことが難しいから。だから、必死に好きだって言い続けた。それがカイリを、こんな風に追い詰めたなら、僕も悪かったんだ」

「……そんなこと、」

「でも、告白は嘘じゃないよ。カイリのそういう、傷つきやすいところや弱いところも含めて、僕は本当に、君が好きなんだ」


 涙で滲んだ目に、夜空の星は見えない。ただ、視界がぼやけて、マンションの明かりや、流れていく車のテールランプが、遠い光のように見える。


「……ずるいよ、昴は。そういうこと、簡単に言うんだもん。イタリア人みたい」

「地球人でもないからね」


 そうだったね。




 私の恋人は異星人だ。――彼が私の恋人で、本当に良かった。


次回、大氣と静の話に戻ります。

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