銃弾、血痕、勝利
「匍匐前進、合図とともに撃て」
杉浦曹長のその声は普段の荒々しさと比べると、気味が悪いほど落ち着いていた。
杉浦曹長は部下を散開させ、匍匐前進しながら奇襲部隊に接近するように指示を出した。歴戦の男だっただけに冷静な対応だった。
僕らは黙ってうなずき、二人一組になって散開した。
僕は高井と組が同じだった。前園は杉浦曹長と組になっている。雪の上を匍匐して歩哨に近づくにつれ、前方の様子が分かってきた。
攻撃を受けている歩哨は簡易式のもので、自然に作られた小高い丘の上に建てられている。廻りには壕が掘られているが、今そこを守る人数は少ない。解放軍の奇襲部隊は散開して銃撃を続けているが、歩哨の上に設置された機関銃のために攻撃に手間取っているようだった。
僕らは側面から戦闘に介入する形になっていた。
正面に歩哨を、そして左前方に解放軍奇襲部隊を見る形になる。掘られた壕の向こう側に、土の盛り上がったような塊がいくつか見える。それが人だと気づいたとき、僕は思わず身を起きあげそうになった。
その時、頭上に赤い照明弾が上がった。
攻撃開始の合図だった。
解放軍にも援護部隊の居場所を知られてしまうことになるが、歩哨の防衛隊にも援軍到来を伝えることができる。
まっさきに杉浦曹長が発砲し、叫びながら突撃した。高井もそれに続く。やや出遅れた僕と前園も、前を走る二人を援護しながら飛び出した。
夢中だった。
障害物に隠れながら銃撃している解放軍の人影がはっきり見えた。弾が当たったのか、うずくまる人影もはっきり見えたが、誰の弾が当たったのかとは考えなかった。
銃声がいきなり盛んになる。耳の横を銃弾が空気を切り裂きながら飛び去っていく。解放軍にはまだ完全にこちらの正確な場所も人数も捕捉されていない。奇襲攻撃は効果的だった。僕らは転がり込むように壕に飛び込み、前方に向けて射撃し続けた。
横を見ると杉浦曹長は身を乗り出して小銃を構え、射撃していた。銃だけ頭上に出して照準もせずに射撃している僕や前園とは全く違う。高井はやや顔を出していたが、照準がろくにできていないところは僕らと変わらない。
後方から頭上に鳴り響く機関銃の連射音が頼もしく聞こえた。
戦力的にはまだ僕らの方が劣勢だったが、解放軍の射撃の間隔が長くなってきた。防御陣地があるというのと、意表をついたという効果はとても大きい。
解放軍は撤退を開始したのだろうか、次第に前方からの銃声は聞こえなくなった。
僕は恐る恐る壕から顔を出して様子をうかがった。近くに解放軍らしい人影は見えなかった。気配がない。サーチライトは遠くを照射し、歩哨上から一人が遠くに向けて小銃を発砲している。逃げている兵を狙っているのだろうか。
戦闘はまもなくおさまった。
あっという間だったのか、それとも長かったのか。僕にはそのどちらとも言えなかった。
しかしその間にも確実に数人の命が消えた。
解放軍は3名の遺体と5名の負傷者を残して撤退した。
負傷者のうち2人は間もなく亡くなり、一人は重傷で、軽傷の残りは捕虜になった。
僕ら統一軍側も3人を亡くし、数人の負傷者を出した。
なくなった3人のうちの2人は歩哨に駐留していた警戒兵で、解放軍の奇襲攻撃第一の犠牲者だった。同時に体中に銃撃を受け即死だった。
もう一人は杉浦曹長だった。
解放軍が去ったあと、「打ち方やめ」の合図がいつまでたっても出ないことを不審に思い、深井伍長が様子を伺うと、銃を構えたまま倒れこんでいた杉浦曹長の姿があった。
すでに死んでいた。
左胸を撃ち抜かれており、大量の血痕が足元に広がっていた。それでも銃を立射し続け、応急処置のあともあったという。
信じられなかった。
こころのどこかに生じ始めていた戦闘の勝利感は、その事実で完全に消え去った。
特に二人一組を組んでいた前園には相当の衝撃を与えた。
彼は
「自分の援護が甘かったからだ」
と泣き続け、僕と高井が何を言っても自分を責め続けた。