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衝突、恐怖、不運

水野と映画を見に来た僕。頭の中に徴兵時代の記憶が蘇る。それは、凄惨な戦場の記憶だった。


統一軍と解放軍の軍事衝突が始まったのは、徴兵の二年目が始まってすぐの頃だった。

受動的に、無難に、そう兵役生活を終えたいと思っていた僕たちにとって、それは不幸なことだった。


軍事衝突は唐突なものだった。


軍にいた僕らでさえも、開戦の情報は事後通達という形で伝えられた。

すでに数年前から情勢は緊迫していたから、いつ開戦になってもおかしくないという認識はあった。

しかし徴収兵の僕らとしては、前線に送られるかも知れないという不安が戦争という殺人連鎖を現実のものとして認識させ、開戦通達を聞いて脱走しようとしたものも出た。


開戦通達を上官から聞かされた時、同期生の前園は涙を流し、高井はひたすらに上官を睨みつけていた。僕はただ、茫然としていた。


事実僕らは9ヶ月後に前線に派遣された。


徴兵期間を3か月残し、武蔵野基地の僕と僕の同期入隊100人はそれをまとめる職業軍人20人とともに第十一師団(武蔵野)歩兵第五中隊として前線に送られた。

当時の統一軍と解放軍との武力均衡線は山岳地帯にあったから、僕らは降りしきる雪の中、大げさな登山ブーツに外套という大げさな格好で銃をかつがなければならなかった。

過酷な条件下の任務だった。


前線戦力のほとんどには僕らのような徴収兵があてられる。

司令部からしたら消耗品扱いだ。

訓練成績から最下級である二等兵から一等兵に昇進していた僕と前園と高井だったが、その昇進が裏目に出て、ほかの同僚たちより一足早く最前線の哨戒部隊へと三人まとめて配属された

僕らの上官は杉浦曹長という三十前後の職業軍人で、開戦時から前線部隊として勤めており、幾度の交戦経験とその実績から先月曹長に昇格していた統一軍では歴戦の男だ。

先々週の配属替えで、僕らの新米部隊の小隊長に就いていた。

まさに鬼軍曹と呼ばれていた男で、高井はもうすでに10回は殴られたはずだ。


そんな杉浦曹長率いる新米部隊のはじめての任務は前線歩哨間の哨戒だった。


僕らの場合それが初めての交戦にもなった。


戦力均衡線になっている尾根に沿って建てられた歩哨を巡回するという任務だった。

前日まで降り続いていた雪がやみ、太陽は東の山と山の間に沈んでいた。気温が一気に下がり、支給された簡易カイロはすでにぬくもりを失っていたから、僕らは皮手袋の上から息を吹きかけ、常に手を温め続けなくてはならなかった。

巡回コース中には三か所の歩哨が設置されていたが、一つ目の歩哨を通過し、小高い丘を一つ越えたところで、銃声が前方からこえた。


さらに接近すると第二目的地の歩哨が戦闘中だということがわかった。

サーチライトが照射されている。

解放軍の奇襲を受けたのだと杉浦曹長は判断した。解放軍の奇襲部隊の規模はおそらく1個小隊(20人)ほどで、統一軍の歩哨を守るのはたった1個分隊だった。苦戦しているに違いなかった。


僕らの哨戒部隊はわずか2個分隊(10人)の規模だったが、杉浦曹長は迷わず援護を決定した。

杉浦曹長は落ち着いた様子で、司令部に無線を入れた。

攻撃を受けている前方の歩哨へも連絡を試みたが、無線は不通だった。すでに通信機器が破壊されているのかもしれなかった。


こだまする銃声の中、僕は必死に恐怖と闘っていた。

心のどこかでこのような事が起こらないように祈っていた自分に気づいた。

気温も低かったが、それ以上に銃身の冷たさが連続いている乾いた銃声によって助長され、寒さが異常なくらい体に浸透していくような気がした。

前園の顔からも、恐怖がはっきりとみられる。銃を持つ手の指も小刻みに震えていた。高井は無表情だったが、さっき締めたばっかりのはずのブーツのひもをもう一度締め直していた。


僕らの小隊で実戦経験を持っているのは隊長の杉浦曹長と、やはり職業軍人の深井伍長だけだった。

あとは徴兵の昇進組だけで構成された実戦未経験メンバーで、とても戦力とは言えないものだった。そもそもこの任務も哨戒が目的であり、戦闘は目的とされていなかった。初任務で目的外の交戦。僕らは要するに運がなかった。



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