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空襲、恋人、ファンタジー



街は賑わっていた。昨日の空襲が嘘のようだ。


僕はその賑わいを恨めしく思いながら、駅前の商店街をマフラーに顔をうずめて歩いていた。


今朝の民主ニュースのキャスターは無表情な顔で



「昨日の空襲の被害は死者3名、負傷者5名」



と事務的な様子で言った。僕はその「被害」という言葉が妙に気に障った。


確認された爆撃機は3機だったから規模の割に死傷者は少なかったと言っていいかもしれない。

3機の爆撃機は僕らの街の上を飛び越え、東にある統一軍の基地を目指して飛んでいたらしい。


結局、基地を目指していた爆撃機は統一軍の迎撃を受けて引き返した。


きっと、その帰り道に思い出したように僕らの街へ爆弾を落としたのだろう。

慌てていたに違いない、落とした爆弾の数は少なかった。ろくに狙いもつけなかったのだろう。わずかに落ちた爆弾も、そのほとんどは市街地から離れた畑に落ちた。



空襲は2週間前にもあり、その時は死者も50人以上出た。

街がいつもと変わらず明るいのはきっと「あの時の空襲よりは」という思いがみんなのどこかにあったからかもしれない。

長く続く紛争に、みんな感覚が麻痺しているのだ。死者が出ていることに変わりはない。そう叫びたかった。



もっとも、叫んだところで何も意味はない。みんなわかっていることだ。

おそらく僕も、普段の空襲だったらみんなと同じように笑顔で商店街を歩いていただろう。

僕がこんな不機嫌な顔をして商店街を歩いているのは、昨日の空襲が僕にとって他人事ではなかったからだ。


昨日の空襲で亡くなった一人は高等学校時代の友人だった。特に仲が良かった、というわけではなかったけれども、それでもやはり知人の死というものは重いものだった。

あんな規模の小さい空襲で死んでしまったという不運も、ぼくをとてつもなくやるせない思いにさせた。笑顔で買い物をしている街の人々が、無性に腹立たしかった。


僕は緑色の看板を出している喫茶店に入り、コーヒーを飲みながら水野を待つことにした。

窓際の席に座り、タバコに火をつけて外を眺めているとやはり街は賑わっている。


最近は統一軍の防衛線が不安定になったのか、解放軍の航空部隊が上手なのか、とにかく空襲の頻度が多くなってきた。

不思議なことに、空襲が多くなるほど、街のにぎわいも増してきているように思える。

なぜこんな状況で笑ってられるのだろうか。そんな人は強いものだろうか。いや、違う。きっとみんな不安なのだ。


不安が空疎な笑いを招いている。それだけのことかもしれない。


僕はタバコの煙を胸一杯吸い込んだ。こほこほ、と乾いた咳がでた。



水野は僕がタバコをちょうど一本吸い終えようかというところでやってきた。

ふぅと息をはいて、僕の隣の席に座り、少しパーマのかかったショートカットの後ろ髪を伸ばすような仕草をしながら、


「お待たせ」


と笑顔で言った。

水野は大学に入ってから知り合ったから、昨日死んだ僕の友人のことは知らない。それは、しょうがないことだ。



「きたよ。協力要請状」



僕はタバコの火を灰皿の淵に当てて消しながら言った。

水野の顔からは笑顔が消え、


「そう」


と言い、それ以上何も言わなかった。

協力要請状とは、21歳以上の徴兵期間を終えた者に届けられる軍務協力要請状のことだった。


要請に許諾すると、統一軍人として軍務につく。

先月まで大学生への要請状送付は学業を妨げるという配慮からなされていなかった。軍司令部が大学生への要請状送付に踏み切ったのはつい先日のことだ。今年24歳で大学四年になる僕のところへも思ったより早く要請状が届いた。



「まさか、許諾しないよね」



水野が僕に聞いた。



「どうせ、いずれ強制徴兵だよ。」



統一軍は下級将校級の人材が不足しているという話だった。

幹部候補生の軍事大学出身者以外は、軍に入隊するとそのほとんどが二等兵か一等兵として各隊に配属される。

ごくまれに兵長クラスとして待遇される程度だ。しかし今は下級将校級の人材が不足している分、本来職業軍人の階級である伍長にいきなり任官されることもあるらしい。昇進も早いという話を聞く。


それだけでも統一軍の質の悪さというのが分かるが、強制徴兵が近いという噂もそういう現状から広まり、僕の耳に入ったのだろう。


四年前、徴兵時のあの冷たい銃の感触が手に蘇る。


引き金を引いた時の乾いた破裂音。はじめて銃を撃った時、これは人間が作ってはいけないものだと思った。背筋が冷たくなり、感情はなくなる。隣で銃を撃つ同僚たちの目は、思わず目を逸らしたくなった。あれは人の目ではない。


僕が水野の方を見ると、水野はものすごく心配そうな顔をして僕を見つめていた。僕は思わず



「もちろん行かないさ」



と言った。

軍務に就いたら水野に会える時間が少なくなる。寮生活になるからだ。

水野は安心した顔になり、僕の手をとり


「行こう」


と言った。僕らは映画を見に行くことになっていた。


水野が見たいと言ったのは「ファンタジー超大作」という肩書の、しゃべるクマが主人公の映画だった。映画に真剣に見入っている水野の横で、僕は映画を見ている間、二年間の徴兵期間のことを思い出していた。


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