表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/49

朝日栄太郎

  

「なあ、なにがあった?ごはん食べよ?」

 正直もうそろそろ限界に近い。

どういったトーンで言ったのか、自分ではわからない。

「でもまだ……」

「いや、どうてもいいよ!そんなことから!普通に食べよう!」

 自然と僕の胸が熱くなっていく。沸々と何か滾る。

「でも……ごめんなさい」

 満月が少し涙ぐんでいる。

「なんだ?泣いてんの?」

「泣いてないです!泣かないって決めましたから……泣かないです」

「泣けばいいでしょ!子どもだろうよ!泣かない子どもって、普通じゃねぇよ!」

 とうとう僕の違和感が言葉となって形となって表れた。

 そして、僕もこの時点で違和感の理由がわかった。

 

「泣かないです……」

 大粒の涙を瞳いっぱいに溜めてそういう。

「泣けよ!子どもはいっぱい泣いて、そんで成長してって大人になるんっだよ!」

 朝一から近所迷惑なくらい大きな声でいう。

 そう、自分の言った言葉が自らの記憶を弄り炙り出す。

「大人になりたいです」

 満月はか細くそう言って抱え込んだ僕の布団を握り絞る。

 耐えきれなくなった涙が勝手に零れ落ちていく。満月の意志とは裏腹に。

「違うって……」

 直接心に話しかけることができるなら、それはなんと素敵なことだろう。

「何も我慢することないよ……」僕は僅かに聞こえるかの声で呟く。

 満月は決して声を出さない。必死に堪えている。

 はてさて、困った。

 今の僕が何をすべきか。


 僕は、それほど高くない大人の目線から、腰を低くして。

 スッと満月の隣に座り、同じ体育座りをする。

「俺もな。子ども頃はいっぱい泣いてたよ」

 炙り出された記憶のカケラを少しずつ言葉にしていく。

「そうだなー。幼稚園の時かな。友達と殴り合いの喧嘩してなーボコボコにされて大泣きしたよ」

「……」

「その次は、んー。あ!給食残した時かな。先生にも怒られて、母さんにも怒られて」

 満月は、俯いていた顔を全部布団の中に押し込めれる。

 まるでそんなお話し聞きたくない!って風に。

 だが、僕は少し微笑みまた話を続ける。

「でもな、いつ日から泣かなくなったんだよ?それは男の子だからさ」

 次に僕はため息をしてこういう。

「だけど中学一年生の時だ。十三歳くらいかな」

 もうひとつため息。

「父親が死んだんた」

 わずかに満月が反応した。でも子どもの意地なのか顔を埋めたままいる。

「もう散々泣いたよ来る日も来る日も」

 淡々と話し続ける。


「父さんとはすごく仲が良かった。休日はよく遊んでくれた」

「ある日からスポーツの楽しさを覚えてね、よく父さんとキャッチボールとかしてた」

「それで中学から野球部に入ることにしたんだ」

「人見知りだった僕は慣れるのに苦労したな~」

「やっと慣れ始めてきて友達も沢山出来たんだ」

「でも一年生の夏休み始まるくらいの時だった」

「父親が脳梗塞で倒れたって。練習抜け出して病院に駆け付けたけど、もう遅かった」

「人って一瞬で居なくなるんだなーって思って」

 気が付けば僕の声はうわずり、震えていた。自然と涙が零れだす。

「突然すぎちゃった。正直何も言わずにどっかいった父さんを恨んだよ」

「それからの僕は学校にも行かなくなり、入退院を繰り返すようになった」

「失声症って言ってね、言葉が出なくなっちゃった」

「大好きだった野球部も辞めることになる。当然、友達もいなくなった」

 深呼吸して、大きく吐く。


「姉ちゃんがいてね、母さんと姉ちゃんが必死に励ましてくれた」

「カウンセリング受けて、声は取り戻せたけど……ってもうこっからはいいか!」

 僕は満月の頭を撫でて、背中をポンポンと叩く。

「大人だって泣くさ。でもおかしいよね。いつしか大人は必ず泣かないって風潮になってる」

「そんなことない。どっかで泣いてんだ。孤独や、寂しさを見せない為に一人で泣いてんだ」

「そんなの全然カッコよくない。強くもない」

「泣きたいときに泣けばいい。笑いたいときに笑えばいいじゃん」

「大人も、子ども、ミツキも」


 父親のこと、嫌な事いっぱい思い出して、こんなに人に話したのは初めてである。

 悲しい気持ちになるかと思ったけど、逆かもしれない。なんというか、清々しい。

 泣きたいときに泣けばいい。と満月に言った時、初めて気が付いた。

 心のどこかでそう想っていたのかもしれない。自分も世界もそうなればいいなって。

 満月がゆっくりと顔を起こす。まるで真っ赤なトマトのような顔で僕を見上げる。

「強くなれるんですか?」

「んー!なれる!少なくとも涙の数だけ強くなれるよ!」

 そして、満月はもう一度顔を埋める。

「ウゥ……」

 静かに嗚咽が聞こえた。呼吸が荒くなり、次第にうえーんと声を出して泣き出す。

 満月が何を想い、何を考え、何に対して泣いているか。僕にはわからない。

 でも、これだけは言える。普通じゃない。

 満月を苦しめる何かがある。まだ未知数である苦しみを。

 他人にこんなことを想ったのも言ったのも初めてである。

 自分の言葉で初めて気が付き、僕を気づかせてくれた満月には逆に感謝。

「泣くのを辞めて今度は笑おう」

 僕はそういいながら、満月に背中をゆっくり撫でる。

 それを聴いた満月はゆっくりと数回自分の体を縦に揺らし、頷きもう一度大きな声で泣く。

 まるで子どもの様に。

「必ず力になるから。何があったの?」

 満月はゆっくりと顔を起こして、しっかりと僕の目を見て首を縦に振る。

「助けてください」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ