普通じゃない
朝日を迎える。
緊張とか謎の不安とか僕は眠れなかった。
不眠で眠気も冷めぬまま、いつものコーヒーを淹れようする。
満月は起きていた。僕の布団の上で体操座りでなにかをじっと眺めていた。
「寝れなかった?」
「はい」
しっとりとした声で呟く。
「朝ごはんするか。ちと待っててな」
「え?」
「朝ごはんだよ?パンがいい?」
「え?」
「え?ごはんがいい?」
「……」
満月は目を伏せる。
「いらないの?お腹すいてない?」
「え!」
「え?どういうこと?どっち?」
また、この違和感である。何かうまく通じない。
普通の大人や親ならここで怒るのだろうか。ハッキリ言いなさい!って。
僕はそれは出来ない。やりたくない。
「ん~」
めんどくさいので僕は二人用作ることにした。食べなければ明日にでも自分で食えばいい。
本日は豆腐の味噌汁とパックのままの納豆とごはん。
なんの変哲もない日本の朝の朝食である。
「出来たぜー」
満月を呼ぶ。返事がない。様子を伺うが昨日ほど元気がなかった。
「おーい、どうした冷めるよ」
満月は何かを眺めている。
それを伺うと『燃えよドラゴン』のDVDのパッケージを眺めている。
優羽に貸してもらったのだろうか。
「さ、冷めるで?」
満月はそれを眺めたまま思い詰めた表情で僕に小さくこう告げた。
「強くなりたいです。なんでもしますからケンポーを教えてください」
「はひょー?」
人とは思えぬリアクションをしてしまった。カにも刺されていない。
「ど、どういうこと?拳法やりたいの?」
「はい!どらごんですよね!」
「ん?うちは居酒屋だよ?だけも拳法やったことないと思うよ?」
「え?」
「え?」
何か勘違いしていたのだろうか?
「と、とりあえずごはん冷めるよ?」
「私、まだお散歩とかお洗濯とかなにもやっていないです……」
「ちょちょ、何言ってるの?」
「ご褒美は、まだです……」
この子の言っていることがぐちゃぐちゃである。
満月との出会ってからこれで三回目のゾワッである。
これで、ある程度謎が解けた気がする。僕が何にゾワワと反応していたのか。
普通じゃない。
ごく普通に過ごしてきた僕からすると圧倒的に普通じゃない。
どんな概念であっても朝飯がご褒美なんて到底考え着かない。
普通の大人になるということに危機感や不安感を抱いている。
学校にも行けずに、文字の読み書きもできないかもしれない。
いずれにせよ、どれもこれも考えてみれば普通じゃなかった。
僕の違和感やゾワワは僕の物差し上、全く図り切れないほど、到底考え着かない世界があった。
故にその到底考え着かないものが何らかの『普通じゃない』を示唆するのがゾワワであった。
まるで生きている世界が違うぞと。そう教えるために。