orikosan
「ふむぅ。たった一人で満月ちゃんは朝日君の働くお店を訪ねたと」
「はい」
「そして、満月ちゃんを助けるために我が『太陽と子どもの家』を訪ねたとぉ」
「そう、そうなりますね」
おっしゃる様な壮大なスケールには程遠い。
「そっか、そっかぁ。なんかすごいなぁ。おねぇさんまた泣いちゃいそう」
僕は口をへの字にして頷く。
泣かれると困るだけである。
「そっか、そっか。じゃあ今度はウチらの番だね」
ちょっと緊張する。
モジモジとかそういう感じである。
神原さんの目が一瞬だけキリッとすごむ。
「満月ちゃんはね。七歳までウチにいたんだ。期間で言うなら二歳から七歳頃までかな。それまでの事とそれからのことは全く知らないんだけど……」
「今はこの施設から養子縁組で引き取られたという事ですか?」
「施設。施設でもいいんだけど私たちはそう呼ばない。一緒に生活していて空間を共有している時点で私たちは家族。私たちは『陽だまり家族』と言っているの。ほぼ隠語だけど」
「意味なくないですか」
「気持ちが大事!みんな訳とか事情とか様々だけどせめて一緒にいる時間は陽だまり一家なのよ」
「ふむ」
「私が勝手にそうしよう!って言っているだけなんだけど。あ、この話は全然関係ないわ」
「はぁ」
とりあえず何も言わずに様子を伺おう。
「私が『太陽の家』に来たのは大体五年くらい前。満月ちゃんのその頃はおよそ五歳」
「満月ちゃんも手間のかかる女の子でね、周りの皆と仲良くしようとしなかった」
「とてもお利口さんでいうことはよく聞いてくれるんだけど」
「内面的な問題なのかな。他人との関わりを極端に避けていた」
「それが原因なのかな……その当時は短気のスタッフがいて満月ちゃんがお利口さん過ぎて反感を買ったのかもしれない」
「暴力まではいかなかったけど嫌がらせが酷かった」
想像するだけで胸が苦しくなる。
「当然そいつは発覚次第私が解雇してやったけど。そのほかケンカとかも多くてね」
「子ども同士のケンカだから可愛げがあるんだけど、たまに度が過ぎることとかもあったから」
「イジメ……ですか?」
息を飲んで僕はそういう。
「うーん。目立ったイジメはなかったんだけどそれが全くなかったとは言い切れないわ」
「そうですか」
「仲のいいお友達も居なかったからね……。友達作りも避けていた。私は一人で平気なのって風にしてて意思共有とか自己主張がなかった」
「……なんとなくわかるような気もしなくないです」
「そう」神原さんはにっこり笑ってそういう。
「そういう利口さは時に人の気持ちを逆撫ですることがあるみたい」
少し悪寒がした。
「何度か、経験したことがあるような気がします」
数日前のあの体験を思い出した。
満月と出会い三度に渡って経験したあの感覚、ゾワワである。
「人間って弱い生き物なのね。か弱い生き物を一度見つけるや胸の中に何かの感情が芽生える」
「……」
「それは時に怒り。それから憂いや哀しみ。どの感情なのかは人それぞれかもだけど」
「でもその感情をすべて凌駕してしまう感情がある」
「それが愛情」
「……」
「弱い生き物だからこそ皆で助け合い、認め合う、そして愛し合う」
「結果的に言えばそれさえあれば何もいらない!って感じなんだけど」
なぜか神原さんは照れている。
「なんかアンパンマンみたいですね」
正直言うと話の内容はあんまり理解できていない。
「そう!そう!アンパンマン!アイツ本当にすごいと思う。子どもたちはやっぱり好きなんだろうなって思っちゃうな。だってアンパンマンかっこいいもんね」
「そ、そうですね」
なぜか僕も照れてしまう。
「あ、ちょっと横道それたね。まぁまぁ!一人ぼっちなんか絶対ダメ。させない。誰かがアンパンマンのように手を差し伸べてあげないと。そしてそしてとうとう満月ちゃんにも現れた」
僕かな?
「二年位前、朝日君と同じくらいかなぁ?凛々しい男の子がボランティアでやってきたの」
少しでも期待した僕を一生分のろう。
「ずっとニコニコしていて真面目で誠意溢れる少年だった」
「すぐに沢山の子どもたちと仲良くなってね、私たちも大歓迎って感じだった」
「彼はコミュニケ—ションの取り方が上手で皆に好かれるような存在なっていく」
「それは満月ちゃんに対してもそうで皆と同じように接してくれる」
「最初は満月ちゃんも遠慮がちで愛想笑いを振り向くだけだったんだけど、それでもめげない少年の積極性によって満月ちゃんも少しずつ変化していく」
「いつしか二人は大の仲良しになる。実はその彼も両親のいない孤児。そういう共通した物が皆を引き付ける何かだったのかもしれないわね」
突然の出来事である。
僕と神原さんの会話より大きな声が耳に飛び込む。
「お前が悪いねん!しね!」
甲高い叫び声が響く。
「なんやねん!ボケェ!」
これに反発するかのように同じような甲高い叫びもこだまする。
そういう不毛のやり取りが幾つか続く。




