卒業とそれから
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ある一定の法則的に執筆していますので調節される方が快適になります。
僕は高校を卒業しようとしている。
誰もが通過するであろう卒業式というプロセス。
最後まで決して目立つことなく粗相もなく平穏に。そういう三年間であった。
いわゆる当たり障りのないこの社会に溶け込む、どこにでもいる普通の人間である。
悲しいかな人たちはこう例える。空気って。
僕自身それについて何も思っちゃいないし、考えもしない。
友達付き合いをしない僕にとってはとりあえず高校生活が終わるだけである。
最後の教室が賑やかである。泣く人、笑う人、はしゃぐ人。
ある生徒の掛け声で最後のクラス写真。当たり障りのない健やかな笑顔で。
賑やかさもある程度落ち着き、パラパラと生徒は教室を後にしていく。
この教室に共通認識的な感覚が一緒で孤独を分け合うような人がいる。
友達まではいかないだろうし彼もそう思っていると思う。
僕は教室の後ろの席で足を延ばしなら座り、対面に左手で頬杖ついた彼の右横顔が見えている。
「大阪大学か」
この人は大学進学が決まっている。
「なぁ栄太はこれからどうする?」
僕は朝日栄太郎。僕は笑われていい人だ。
当分は会えなくだろうとお互いに悟る。
「そのままバイトだな」
「よくやるねぇ」と友樹は静かに呟く。
彼がどんな人か正直、わからないが町田友樹は頭がよくてクラスでは頼られることもある。
僕より少し背が高いくらいだけど、無造作な天パとメガネが知的に表現するのだろうか。
でも彼も誰とも付き合おうとせず、一匹オオカミのような雰囲気がある。
「すごいと思うよ。将来は天文学者だっけ」
「いやいや。どうなるかわからないけど惑星の研究とか地球の研究とか」
「十分十分」
僕らはあんまり会話しなかったけど珍しく今日は会話が弾む。
「バイトばっかりやってそんなにそれが楽しい?」
「どうだろう。そういう感覚ではないかも」
「バイトやりすぎでしょ」先ほどと同じように静かに呟く。
その後、沈黙の時間がゆったりと流れて友樹と僕は椅子をカタカタさせている。
「どんだけ勉強したらそんなとこ入れるの?」思い立ったように彼に聞く。
「それなり以上かな。まぁ半分くらいは奇跡だろうけど」
「奇跡か」
「奇跡とか夢とか信じていかねぇと人間やってられないんだよ」
と友樹は細めたその目で楽しそうな生徒たちが歩く廊下を眺めている。
「ふーん。やっぱすごいわ。友樹も学者がんばれよ」
「おーう」
ここ数年で珍しく実のある話をした。
だけどぎこちない人間関係も終わるし、友樹とも会わないだろうと思うと何となく清々しい。
空が茜色に染まる頃、急ぐことをせず普通電車でゆっくりと我がアパートへ向かう。
基本の移動は電車がメイン。乗客はほぼスマホをいじっている。
このご時世にところ構わずスマホに頼りずーっと触っている理由。
僕の変な意地で真似をしようとしないが結局のところは同じである。
腕を組み、じっと空を眺めこう思う。
孤独なんだと。単純に心から分かち合える友人がスマホちゃんなんだと。
少し寂れた雰囲気で夕日が似合う我が最寄り駅に到着する。
準急の電車までが止まる駅で背の高い建物も少ない。
徒歩で家路へと向かう中、僅かな寂しさが胸の中で騒ぐ。
そうなった時、幾度か子どもの頃よく聞いたあの名曲を思い出す。
『なんのために生まれてなにをして生きるのか』
日本人ならば馴染み深いはずだ。そしてこう続く。
『こたえられないなんてそんなのはいやだ!』
寝る前や一人でいる時間、何もしていない時に限って頭の中でこれがループする。
寂しさと共に歌詞が深く突き刺さり心の奥にある何かを弄り始める。
一人で思い老けてしまった時、ため息をつく。
まだこの歌詞が求めるアンサーを持ち得ていない。
周辺に誰もいないことを確認し僕は歌詞を口ずさむ。
『そうだ!うれしいんだ』
『生きるよろこび』
『たとえ胸の傷がいたんでも』
黄昏に子どもの頃憧れを抱いていたが、それは哀愁漂う静かな虚無感だった。
そんな漠然とした不安や孤独、寂しさなどを軽く凌駕し生活の必要不可欠な物がある。
お金である。現実は現実である。
雇用関係にあり必ずと言っていいほど、ほとんどの人々がどこかに就業することになるだろう。
我が家は特にこだわりのない二階建てのアパート。
帰宅するや、速攻でシャワーを浴びる。濡れた髪のまま一人用の汚いソファーへ。
「あ~」と野太い唸り声をあげ天井を眺める。
大学に落ちてこれからの社会人として生活が始まるのかと思うとゾッとする。
晩御飯はカップ麺で適当に済ませ早いうちにその日を終える。
翌朝、いつも通りに目が覚める。汚いキッチンで朝のコーヒーを淹れる。
もう学校に行かなくてもいいのか。なんて思うと変な気持ちになった。
朝をダラダラするのは休日の良い所であるが、本日も出勤日である。
大体は昼過ぎから出勤なのだが本来高校生たちは基本夕方からである。
これから拘束時間も増え、時給も増える様だ。
僕は高校を卒業したと同時にバイトリーダーに昇格したのだ。
残念なことにほとんどの時間をバイトに使っていたので進学を失敗した。
店長は笑いつつ謝っていたが、とんとんにしておこうと思う。
そもそも大学に行くつもりもなかったけど。
呑気な時間を過ごし昼過ぎになるのを待つ。
暇ずぎるので二度寝をすることにした。なんという贅沢なことか。
ダラダラ過ごすのは本当に久しぶりだった。時間の経過はあっという間。
二度寝とこれからバイトリーダーになることで今日は気合十分である。
いつも通りこれから電車でバイト先へ。
これらら向かう『とりどらごん』は繁華街のど真ん中。駅から十分程度。
ローカルに展開する鳥料理がメインの居酒屋である。
この駅周辺は大きな繁華街であり、他方からの多くの路線が集まる駅になっている。
ビジネス街から流れてきたスーツの男達が戦場を戦い抜き、
今宵の宴をどうすべきかと企んでいる。
ちらほらと可憐なオネーサンも「どうですかー」と手を叩いている。
試練を乗り越えた男達でもここで脱落する人もいるだろう。
あるスーツの男達は魅惑の扉の向こう側へ吸い込まれていく。
僕もお酒を提供する側なので勇敢な男達を楽園へ誘う天使へとなるだろう。
通いなれた最短ルートで『とりどらごん』へ到着する。
イメージカラーはレッドで外観はデカデカと描かれた竜のイラストがある。
名前は『とりごんちゃん』ダサいセンスだ。
かわいいイメージを付けたかったのかわからないが極めて怪異的なセンスで描かれたイラスト。
『とりどらごん』という名前を『とりごんちゃん』が取り巻くようなロゴになっている。
このとりごんをバカにするのは社員さんやバイトたちにとって日常茶飯事である。
オープン前なのでガラガラと手動で自動ドアを開ける。
「おはよございます」
「おう!新人バイトリーダーくんおはよう!」
自動ドアの先にキッチンが左奥にありよく見える仕組みになっている。
ショーケースにその日入った新鮮な鳥の刺身や仕込み終えた焼き鳥用の串などがある。
その厨房に開店前の仕込みをやっている体型も年齢もおじさんの人が料理長である。
いい人だ。優しいし、特に料理長の賄いが最高だ。
ここにいる時は板前さんのような真っ白いパッピと真っ白い帽子を被っている。
残念だが前歯が一本無い。
「新人でも新人じゃないですよ」
近くにレジがあり、いつものように軽い冗談を交わしてタイムカードを押す。
荷物を整理していると奥から店長がやってくる。
「えーちゃん!おはよう。ちょっと来て話があるんだよ」
「……なんですか?」
制服に着替えようとしていた。
唐突に店長から話があると言われてビビらないバイト諸君はいないだろう。
今日もいつも通りのハズなのにこういう一言は一気に緊張してしまう。
店長に連れられている途中に「あ!安心していいからね」と言われその緊張は緩んだ。
「いやー困っもんで」
店長は何かを渋っている様子なのだか話の全貌がよく見えない。
僕は私服のまま店の二階にある個室に案内される。
店長の様子が変なので余計に恐怖を煽られている気がする。
「ちょっと入って」と店長は言い、個室の戸を開ける。
見た方が早いと言うのはこういう事である。
個室には街並みに合わない小学生くらいの女の子が座っていた。
「はい?」と僕は意味がわからなかったので店長の顔を伺う。
「バイトリーダー。君はどうする?」
どうすると言われても意味が分からないし、見当もつかない。
店長は二十代中盤にして店長に成り上がったバリバリ仕事の出来る人であり男気の溢れる人だ。
お客さんともすぐに馴染んでしょっちゅうおしゃべりをしている人で。
皆同じようにバンダナと前掛け、『とりどらごん』の制服を着ているが店長だけ大きく『店長です』と書かれた専用Tジャツを着ている。
根は真面目な人だし、スジも通っている人である。
「あなたがリーダー様ですか!私を雇ってください!」
その女の子の目はとても輝いている。やる気に満ち溢れた目。
座敷なので礼儀よく正座で座っている。
最近散髪を済ませたような爽やかなショートボブと言えるだろうか。
薄手のピンクのカーディガンとレモン色のワンピースを合わせたような格好をしている。
腕を軽くハスハスしながらキラキラした瞳でこちらを見ている。
「雇う?雇うんですか?」
「雇えると思うのー?」
店長はちょっと怒りめの感じで僕にそう言う。
「なんなんすか……」
「ちゃんと聞いてみなよ」
僕は何を?と思ったがそれを言わず少しだけ考える。
「えーと、何しに来たの?その年では働けないと思うんだけど……」
僕は少し腰をかがめて優しく少女に聞く。
少女は答られず、少しだけ空間が空く。
少女は下唇を噛みうつむく。
のど元をゴクリとさせて口が開く。
「私はっ……!」と勢いで言おうとするのだが少女は口ごもんでしまう。
「よーし、わかった!」と店長は少女を遮るように言って両腕をバッと水平に空を切る。
それはまるで試合を中断させるような審判みたいだった。
「お前ちょっと面倒見てやっといてくれ。店は何とかしとくから」
「え!マジっすか!仕事やらないでいいんすか!」
いや、食いつくとこを間違えてしまった。
「おう、平日だから店は任せとけ。とりあえずピークまで。忙しくなったらまた呼ぶから」
「えっ!嘘です!面倒って……」
店長そう言って僕の話を聞かずに、逃げるようにフロアーに戻っていった。