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第26話 溟海の探索者 第3節 眠れる龍の神殿 4/4

 小部屋を後にし、真っ直ぐに奥へと伸びる中央の通路を走り抜ける。月美の姿は見えなかったが、やがて前方に上階へと向かう階段が見えて来た。辰真は躊躇なく階段に足をかけ、息も切らさず一度に駆け上る。そして、段差の頂上に口を開く巨大な拱門の中へ飛び込んだ。


 その場所は、最初の部屋と同じくらいの広さを持っていた。柱は立っていなかったが、床の中央が四角く切り取られ、巨大な奈落が口を開けている。この開口部はかなり大きく、正方形をした部屋の底面積のほぼ半分を占めていたため、奥に向かうには大きく迂回して進むしかなかった。そして、月美と魔石は部屋の外縁を深奥に向かって進んでいた。一切の光を通さない、黒々とした深淵が広がる奈落の底。そちらをなるべく直視しないようにしながら、辰真は月美の後を追う。

 月美に追いつくまで残り数mの距離まで来た時点で、辰真は彼女に声をかけようとし、寸前で思い留まった。今の月美が何かに取り憑かれている可能性が高いのを思い出したのと同時に、部屋の最奥部に置かれている物体の存在に気付いたからである。それは、丁度この神殿をミニチュア化したような四角柱で、人間一人が頂点に立てるほどの大きさがあった。奈落の縁がその四角柱の根元にまで迫っているため、深淵への飛び込み台のような印象も受ける。あの魔石の最終目的地があの石柱、恐らくは祭壇の頂点なのはほぼ間違いない。


 早く月美を連れ戻し、この神殿から脱出したいという気持ちと、魔石に惹きこまれている月美に接触することへの躊躇い。相反する二つの感情に挟まれる辰真が逡巡する間にも、彼女は着実に祭壇へと歩を進めていく。そして焦りに追い討ちをかけるように、彼は不本意ながら発見してしまう。奈落の底で、何か巨大な存在が霧のように漂い、影のように蠢いているのを。辰真も直視はできなかったが、それは、月美が祭壇に到着するのを待ちわびているように見えた。


 もう一刻の猶予もない、彼女を止めないと。だが……更なる焦燥の末、辰真は胸元へと手を伸ばした。常に首から提げていた暗視ゴーグル。これを使って、あの影の正体を見定められるか?……いや、駄目だ。ゴーグル越しとはいえ、精神に多大な悪影響を与える予感がする。では、どうすればいい?


 彼が尚も逡巡するうち、月美は祭壇まで残り数歩の所にまで進んでいた。そして、辰真は見てしまった。深淵に蠢く影が、待ちきれないとばかりに浮上を始めるのを。


 彼はとうとう覚悟を決め、目を瞑りながらも大きく腕を振り、先ほどから掴んでいたゾグラスの棘の先端を奈落の底へ向けて投げつける。敵対怪獣の棘が突き刺さったことで蠢く影は一時的に動きを止め、それに反応するように魔石も光を失い地面に落下した。だが、それでも一歩遅かった。深淵から溢れ出る直前まで浮上していた影の全容を、月美は直視してしまっていたのだ。足をすくめ、声にならない悲鳴を上げる月美。その瞳に浮かんだ恐怖の表情を見ただけでも、その恐ろしさは充分すぎるほどに伝わってきた。


 辰真は、床へと崩折れた月美の元に駆け寄り、自分の持っていた繭玉、そして彼女の鞄に入っていたイカイカを取り出し、彼女の心臓部に押し当てる。お守りに残っていたマナの最後の雫が身体に吸い込まれ、月美は薄っすらと目を開けた。


「稲川!稲川……!大丈夫か、しっかりしろ!」

「も、森島……くん……」

 彼女は憔悴しきった顔で、今にも消え去りそうな声で答える。その瞳には弱々しいながらも光が宿り、彼女が人間性を取り戻したことを確かに示していた。

「あなただけでも……逃げて……」

 月美は何かを指し示すかのように辰真の方へと手を伸ばすが、やがて腕は力を失い、地面へと落ちる。そして彼女は、眠るように目を閉じた。

「稲川……」

 辰真の心は静かに絶望で満たされるが、やがて彼女の肩に腕を回して立ち上がり、神殿の出口に向けて歩み始めた。


 それからの事は断片的にしか記憶にない。気付けば彼は、神殿入り口の大階段まで到達していた。そこで月美を支えきれなくなり、段上へと下ろす。彼女はまだ生きている。いや、まだ死んでいないというべきか。これ以上動かす事はできないが、自分一人ならまだ動ける。とにかく助けを……呼んでこなければ……

 辰真は階段を降りようとしてよろめき、足を踏み外して石段の中腹あたりまで転げ落ちる。痛みは感じないが、起き上がる事はできない。体力はとっくの昔に限界を超えていた。


 ……仰向けになって紫色の空を眺める。改めて見ると、綺麗な空だ。最期に見る景色としては悪くない。だが間もなく、甘い臭いが微かに鼻孔に流れ込み、空の彼方に黒い影が映る。少しずつ大きくなる、巨大な両翼と長い尾。例の翼竜が俺達を発見したらしい。もう少しの時間、静かに空を眺めていたかったのだが。意識が朦朧として来たのか、辰真の視界がぼやけ始める。


 意識を完全に失う直前、もう一回り大きい影が上空に現れるのが見えた。続いて上空から、赤い葉っぱのような物体が数枚地上へ降り、辰真の着ていたジャケットの上に着地する。これは……どこかで見た事が……


 視線を落とし、彼は気付いた。先ほど月美が指差したあたりにある胸ポケットの一つから、降ってきたものとよく似た緑色の物体が顔を出しているのを。


 そうだ、これは……神獣の残る一体、霊鳥トバリの……


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