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第26話 溟海の探索者 第3節 眠れる龍の神殿 1/4

 黄泉の迷宮を抜け 辿り着くは龍神眠る 溟海の神殿 

 魔石の導きに従い 祭壇に供物を供えし時 甦る龍神の力 三界に轟かん

(『滅魏洲翔の書』より)


 揺木市内。社会学部異次元社会学教授の城崎淳一は、いつになく焦った表情で大学構内を駆け回っていた。一週間ぶりに東京出張から市内に戻ってくると、教え子である稲川月美と森島辰真の2人と全く連絡が取れない状態になっていたからである。家族や知人も彼らの居場所を知る者はおらず、この数日間2人は完全に行方不明になっていた。

 とはいえ、ただ連絡が取れないだけなら、市内のどこかにできたアベラントエリアの長期調査に行っているだけの可能性はある。実際研究室に残された痕跡からは、2人が何かしらの調査の準備をしていたのは明らかだった。それでも教授の不安が尽きないのは、最近彼らと接触した人々__揺木歴史研究会や、特災消防隊のメンバー達__が、程度の差はあれ彼らの言動に違和感を覚えていたからだ。


 証言を総合すると、特に様子がおかしかったのは稲川月美らしい。黙りこくって何かをずっと思案していたかと思えば、背筋が冷えるような眼差しで周囲を威圧する。短時間で、まるで人格が変わったかのような態度の豹変。このような現象に対して教授には幾つか心当たりがあったが、どれも忌まわしい内容ばかりだった。一方の森島辰真についても、言動が普段通りだったかというと大いに疑わしかった。時系列的に最後に彼らに接触したと思われる、あのカフナの少女の証言によれば、彼もまた精神が平常ではなかった可能性が高いと結論せざるを得ない。


 研究室に戻ろうと足を急がせる途中、教授の携帯に着信があった。教え子達の捜索に協力してもらっている、揺木日報の綾瀬川記者からだ。

「もしもし先生、何か手がかりはあった?」

「いえ、まだ情報が足りません。そちらは進展ありましたか?」

「市内の知り合いには片っ端から連絡してみたけど、残念ながら手がかりはゼロ。一応、味原さんにも連絡しておいたから、いざとなったら警察に動いてもらえると思うけど」

「そうですか……ありがとうございます」

「また何か分かったら連絡しますね」


 通話を終えた後、城崎教授は研究室に戻った。もう一度室内をくまなく探してみよう。2人の行き先についての手がかりを何か見つけられるかもしれない。テーブルを動かし、床に積まれた資料の山を崩そうとしたその時、一枚の紙がテーブルの裏に貼り付けられているのに気付いた。表面に書かれた文章は辰真の筆跡で間違いない。そのメモに目を走らせると、すぐに教授の顔色は蒼白になった。



 同時刻、とある異次元空間。昼夜を問わず陰鬱な紫色の光に包まれ、寂然とした風景が果てもなく広がる隔絶された領域。そんな世界の只中で、2人の学生の巡行は続いていた。

 険しい山脈を越え、神殿へと繋がる砂海へと足を踏み入れた辰真と月美。その神殿を囲むように張り巡らされた城壁の一番外側に、今彼らは立っていた。古代の巨石を幾重にも積み重ねた城壁は、目測で見ても優に5m以上の高さがあり、人力で乗り越えるのはほぼ不可能。かといって、神殿に近付けないというわけではない。辰真は横に視線を移す。視界の及ぶ限り続いている城壁の中で一箇所だけ途切れ、影になっている部分。ここから入れと言わんばかりに開いているあの場所こそ、神殿へ繋がる唯一の通路だった。


 そして、その道のりは決して平坦ではない。何故なら城壁内は迷宮のような構造になっていて、突破しない限り神殿に近付くことはできないからだ。辰真達はそれを事前に知っていた。先ほど山頂から見下ろしたからではなく、その遥か以前からその情報は、2人の記憶の中に忍び込んでいた。もっと言えば、この迷宮の名称も知っている。すなわち_


「黄泉の迷宮」

 辰真の思考を読んだかのように、横から声がした。

「いよいよここまで到着しましたね。さあ、神殿まではあと少しです。頑張りましょうね」

 声の主は、言うまでもなく稲川月美。その表情も発言も、一見すると普段の月美と変わりないように思える。しかし辰真はここまでの経験から理解していた。この状況下で平常でいられること自体が、異常であることを。そして現に彼女は、平常を装っているだけだ。叡智の輝きを失い、代わりに紫の虚光を宿した瞳を見れば分かる。あまり直視したくはないが。


「…………」

「迷宮で迷わないか心配をしているのなら大丈夫ですよ。わたし達にはメギストロンの導きがありますから」

 月美が城壁の入り口上方を指差す。いつの間に現れたのか、そこには濃い紫色の発光体が浮遊していた。見間違える筈もない、辰真達をこの世界へと導いた魔石、異次元煌石メギストロンだ。

「…………」

 辰真が尚も返事をしないでいると、月美はそれ以上彼を待たず、一人で迷宮の入り口へと歩き始めた。更に数秒間の躊躇の後、辰真もようやく心を決め、彼女の後を追って城壁内部へと入っていった。


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