表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/159

第24話 溟海の探索者 第1節 朧山の魔境 4/4

 学生達は洞窟内の明るい場所まで戻り、出発のため荷物をまとめていた。その作業の途中、辰真は視界の片隅になんとも言えない違和感を感じ、そちらを凝視する。そこは広場の隅、ぎりぎり光が届くか届かないかというくらいの場所で、ちょうど彼らが座っていたのと同じくらいの大きさの岩が転がっていたのだが、その岩の背後から何か奇妙な気配を感じたのである。


 辰真は月美に気付かれないようこっそり立ち上がると、そちらに向かってそろそろと歩き出した。光と影の境界に到達すると懐中電灯を点け、足下を照らしながら一歩ずつ進んでいく。すると、すぐに道は行き止まりとなった。壁ではなく、聳え立つ何かの影が行く手を阻んでいる。恐らくは巨大な岩だろう。本能が訴える違和感を敢えて無視し、辰真は自身の目の前に光を投げかけた。


「……!?」

 そこには、彼が想像もしなかったものがあった。平らに削られた岩の台座の上に鎮座する、全長2mはありそうな大きさの木製の物体。そう、老朽化のために殆ど崩れかけてはいたが、それは明らかに人工物だった。

 思わず電灯を落としそうになったが、辰真はすぐに冷静さを取り戻し、その表面に光を当てる。所々が腐敗し、あまり原型をとどめていなかったのだが、それは元々直方体の箱型をしていたらしい。正面部分の外壁が崩れ落ち、露出した内部の棚に何かが載っているようだったが、何が載っているのかまではこの距離でも分からなかった。


 辰真は更に一歩踏み込む。ここまで近付いて見ると、箱の外壁にはかなり複雑な装飾が彫り込まれている事が分かった。木材自体も上質な物を使っているらしい。ここまで観察した時、辰真はその箱の正体に唐突に勘付いた。正面の壁が無いのは崩れたからではなく、最初から開いていたに違いない。このような形状の木箱を、辰真は祖父母の家で見たことがあった。これは恐らく仏壇か、そうじゃなければ神棚か、その類の物だ。


 その正体には合点がいったものの、その箱から感じる異様な雰囲気は消える事がなかった。辰真は宗教に特段詳しいわけではないが、この祭壇が既知の宗教とは全く別の存在を祀っているらしい事は直感で分かった。恐らく元々は普通の仏壇だったのが、ここに運び込まれる過程で色々と手を加えられたのだろう。だが、具体的に何を祀っていたのかについては、時の流れと共に情報の大部分が失われているようだった。


 その場に立ち尽くす辰真の耳に、突然背後から不気味な言葉が飛び込んでくる。

「『大いなる龍神 大地に永遠の平穏と幸福をもたらさん 祈りを欠かすことなかれ』……」


 ビクリとして振り返ると、後ろにはいつの間にか月美が立っていた。 月美の表情は青ざめ、怯えたような目で祭壇を見つめている。それを目の当たりにした辰真も、俄に不安が掻き立てられる。

「稲川……?」

「す、すみません、それを見てたら、急に頭にフレーズが思い浮かんできて。それ、江戸時代の仏壇に似てますけど、どうしてここにあるんでしょうね?」


 ふらふらと前進しようとする月美を押し留め、辰真が調査のため祭壇に歩み寄る。正面の棚の、ちょうど影になっている部分に何があるのか。不吉な予感を感じつつも、彼はそれを振り切るように勢いよく光を向けた。

「……」

 目の前に浮かび上がった光景を見て、辰真は思わず拍子抜けする。

 棚の上には古びた小皿が2つ並んでいるだけで、他には何も無かった。更に一歩近付いて目を凝らすと、板の中央部分が黒ずみ、少し凹んでいる。恐らくここに信仰のシンボルとなるような何かが置いてあったが、祭壇を放棄する際に持ち去られたのだろう。その正体を目の当たりにしなくて済み、辰真は率直に言って安堵していた。


 手掛かりになりそうな物は無い。月美にそう伝えようとした時、辰真は棚の奥に何かが貼ってあることに気付いてしまった。光をあてると、そこにあったのは札のような細長い紙で小さい文字で何か書かれている。今にも風化しそうな古紙の、現代人には読めそうにないほど崩れた字体の文字列の筈だというに、そこに書かれた漢字のうち幾つかは、辰真にも分かってしまった。

「滅……魏……洲……翔……?」


 何だろう、この心のざわめきは。意味不明な文字の羅列なのに、確かに辰真は、それを見た覚えがあった。はっきりとは思い出せないが、月美と同じく、何かの文献で。そうだ、一体どこで、何を読んだんだ?稲川がさっきから言っているのと同じ本なのか?だとすると、思い当たるのは……


 辰真の思考はここで中断された。というのも、背後から急に苦悶の声が聞こえたからである。振り返ると、月美が今にも倒れそうな姿勢でこめかみに手を当て、弱々しい声を上げていた。

「め、滅魏洲翔、龍神、うぅ……っ!」

「稲川、しっかりしろ!」

 辰真が急いで駆け寄り肩を貸す。

「大丈夫か?」

「ま、また頭の中に言葉が流れてきて……でも、もう大丈夫です」

「無理するな。調子が悪いようなら一旦戻っても_」

「いいえ」

 辰真の腕を離れ、自力で立ち上がった彼女は、強い意志を感じさせる眼差しで言った。

「森島くんも気付いてますよね?全ての謎を解き明かすチャンスは、今しかありません。さあ、先へ向かいましょう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ