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第24話 溟海の探索者 第1節 朧山の魔境 1/4

 朧山の魔境…揺木最奥に位置する朧山周辺の通称。昼夜を問わず濃霧に覆われており、揺木市内における数々の不気味な伝承の発生源となってきた。市内の年間行方不明者の7割が魔境に関係しているとされる。

(出典:YRK作成「揺木の名所百選」12)



 彼の意識は海底を彷徨っていた。辺り一面は紫の光で覆われ、足下には白い砂浜が見渡す限りに広がっている。少しの息苦しさもなく、その歩みに迷いはない。迷妄から解き放たれた覚醒者の巡礼。されど、その瞳に自由の色は見えず。操り人形のような足取りで進む彼の目指す果て、沈んだ地平線の彼方には、いつしか壮大な建築物の影が姿を現していた。幾千の歳月を耐え抜き、古代の栄光を讃える石の神殿。その壁面から漏れる燐光が、長い探索の灯火になりそうだった。


 _いや待て、あれは何だ?遺跡の背後の空間に浮かび上がった輪郭に気付き、彼の歩みが止まる。巨大な神殿を覆い隠せそうな面積の両翼。曲がりくねった頸部と、禍々しい角に縁取られた頭部。影が翼を震わせると、周囲の空間全てに波のようなうねりが広がっていく。そして一瞬の後、彼の身体も呆気なく波に呑み込まれた_



「……っ!」

 森島辰真は蒼ざめた顔で目を覚ました。周囲を見回し、自分の状況を確認する。身体はベッドの上。付近の床には書きかけのレポートや、脱ぎっぱなしの衣類などが散乱している。お世辞にも綺麗ではないが、安心感が極めて強いこの場所は、明らかに自分の住む学生寮だ。

 朦朧とした意識がはっきりするにつれ、辰真の脳内も現実感を取り戻したが、彼の気分は沈み込んだままだった。


 最近、ほぼ毎日夢を見るようになった。夢の内容そのものは目覚めた瞬間に記憶から霧散してしまうのだが、その残滓とも言うべき漠然とした不安感は頭の中に漂い続けている。ここ数日は徐々に症状が酷くなり、脳内を暗雲が一日中覆っているような状態だ。そして時折、ある種の衝動のような物が突如として体内を揺さぶる。他人にはなんとも説明し難いが、これが辰真の偽らざる近況だった。


 こんな状態に至った理由として、思い当たる事は幾つかある。魔石メギストロンや謎めいた古文書、ある人物の不可解な態度。しかし、相変わらず辰真は現況を他人に説明できないでいた。そもそも今は長期休暇中、城崎教授は市外に出張中だし、友人達も旅行や趣味の活動で忙しく、最近顔を見ていない。

 辰真の現況を正しく理解できるのは、事実上秘密を共有している唯一の人物、すなわち同期の稲川月美だけだったが、最近では月美にさえ疑惑を持ち始めている自分がいる。そんな自分にうんざりしているうち、その月美に今日呼び出されている事を不意に思い出した。その内容は、何となく予想がつく。行かないわけにはいかないだろう。辰真はため息をつき、ゆっくりと身支度を始めた。



 太陽光が照りつける中、閑散とした揺木大学構内を突っ切り部室へと向かう辰真。ふらふらとした足取りの彼は、急に背後から声をかけられた。

「タツマ!」

「ああ……メリアか」

 声の主は、ハワイからの留学生であるメリア・ミサ・マヒナウリ。夏休み中は、ステイ先の南国料理店「SDAHL」でバイトしていた筈だ。普段は人懐っこい笑みを浮かべている彼女だったが、今日は心配そうな表情で辰真に駆け寄ってくる。


「今日はどうしたんだ?」

「タツマこそどうしたです?この前よりグアイが悪そうです。部屋で休んだ方がいいですヨ」

「いや、大丈夫だよメリア。行かなきゃいけない所があるんだ」

「アオレ!行っちゃダメです!」

 部室に向かおうとする辰真だったが、真剣な表情のメリアは袖を掴んで離そうとしない。

「ワタシには分かります。タツマ、何か隠してますよね?この近くにマナのコンセキがありました。たぶんコピアヌィラがまた出たんだと思います。でもマナ以外にも、良く分からないですけどパフル(不吉)なエナジーの名ごりを感じました。タツマは何か知ってるんじゃないですカ?」

「…………」

「言いたくないならいいです。でも、行くのはやめてください。嫌なヨカンがします」


 メリアの切実な言葉が胸に突き刺さる。実際、彼女の言うことは正しいのだろう。だが、それを受け入れるには数日ほど遅かった。そして、仮に自分が止めたとしても、あいつはきっと一人で行ってしまう。それだけは阻止しなければ。

「ごめんメリア、どうしても行かないといけないんだ。稲川の所へ」

「ヒキ ノー(分かりました)……」

 メリアは悲しそうな目をして辰真から手を離すと、もう一度彼に向き合った。


「ではタツマ、あのマナのお守り、金色のシルクを貸してください」

「金色のシルクって、これの事か?」

 辰真は鞄の奥底からココムの繭玉を取り出す。幸運のお守りとされ、メリアによるとマナの力が宿っている代物だ。メリアは繭玉を受け取ると、目を閉じて両手で握りしめる。間もなく彼女の両手は暖かい光に包まれ、やがて光は収束した。メリアが手を開くと、ココムの繭玉は以前よりも輝きを増していた。

「シルクにマナを込めました。ピンチの時はこれを掲げてください。それから、ツキミにはこれを」

 メリアは鞄から手の平大の物体を取り出し、辰真に手渡した。小さな木彫りの仮面から、羽飾りが大量に飛び出ている。

「これはイカイカ、ハワイの幸運のお守りです。マナを込めてありますから、ツキミに渡してくださいネ」


「ああ、ありがとうメリア。必ず無事に帰ってくる」

 辰真の言葉を聞くと、メリアは微笑えむと祈るように両手を組み、こう囁いた。

「あなたにアウマクアの加護がありますように」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりの更新、お疲れ様です。 なんだか今回の出だしは『ウルトラQ』というより、『クトゥルフ神話』ぽくて、少し不安です。 さてさて、どうなりますやら・・・。
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