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第23話 揺木霊園の影 4/4

 一方車外の隊員達は、陽動作戦によって巨大生物をクリッターからある程度遠ざけることに成功していた。スイコやウモッカをいくら撃ち込んでも怪物がダメージを受けた様子はなかったが、高見達を完全に敵と認識させるだけの効果はあったらしく、黄色い発光体を彼らに向けて大量に飛ばしまくってくる。だが、簡単に避けることができるほど遅い発光体より、本体の移動速度の方が脅威だった。


 怪樹は地面に根を下ろしているわけではないらしく、底面を滑らかに伸縮させて地上を移動してくる。その動きは植物とは思えないほどに素早く、先程の奇襲もこの移動能力によるものなのは明らかだ。

  「このスイコは弾切れだ。宇沢君、タンクを!」

「残念だが、こっちも空だ」

「ちくしょう、クリッターはまだ復活しないのか?」

 隊員達に疲れが見え始めたその時、怪物が再び滑るように地上を移動、同時にひときわ長い触手を彼らに向けて鞭のように飛ばす。すぐさま3人は後ろに退がるが、その先端は宇沢が担いでいたウモッカに僅かに届き、素早く巻きつく。


「!」

 ウモッカを引き寄せようとする触手に対抗して、時島が宇沢に加勢して引っ張りあいとなる。そして同時に、本体の上部に黄色い光球が作られ始めたのを高見は見逃さなかった。

「させるか!」

 高見は足元に転がっていたモスマンを抱えると、怪樹に向けて走り出す。

「待て高見!」

 彼は仲間の制止も聞かず、丸太のような太さの金属棒を振り回して怪物の胴体へ叩きつけた。

「落ち着け、それはそうやって使う物では……何!?」

 だが折角の一撃も、高見にとって全く手応えがなかった。衝突と同時に怪物の胴が大きく凹み、モスマンが内側へと沈み込む形で衝撃を吸収していく。

「な、何だこいつ?気持ちわりーな」

「……幹も軟体質か」


 しかし、ほとんどダメージが無くとも、怪樹は攻撃に反応する動きを見せた。突如として触手を引っ込めると、幹の中央辺りが丸々と膨張を始める。内部に風船でも入っているのかと思うほどに膨れ上がっていく姿を見て、高見は慌てて距離を置く。

「何か分からんがやべーぞ、お前らも早く逃げろ!」

「攻撃の合図かもしれない、警戒を怠るな」


 隊員達が充分な距離をとって観察していると、やがて怪物は何かを真上に向けて勢いよく噴出した。

「!?」

 その物体は殆ど垂直に落下し、元の姿に戻った怪樹の根元に着地した。それを一目見た瞬間、隊員達の身を得体の知れない冷気が駆け抜ける。


 紫色の粘液に塗れ、周囲を悪臭で包み始めたそれは、どうやら怪物が丸呑みしていた物らしく、淀んだ紫の端々から白い突起が突き出ていた。その形や大きさから、間もなく彼らは胃のむかつきと共に正体を理解する。それは、揺木霊園で行方不明になった大型犬の成れの果てだった。

「…………」

 重苦しい沈黙。隊員達も仕事柄、悲惨な現場というものを経験したことはあるが、これほど悍ましい気分に襲われたことはなかった。暗黙のうちに彼らの意見は一致する。こいつを市内に解き放ってはいけない。



 その頃クリッター内部では、とうとう月美が怪物の正体を突き止めていた。

「ありました!これ見てください森島くんっ!」

 月美が辰真に駆け寄り、書物の1つを開いて頁を見せてくる。そこには確かに、外で暴れているのとそっくりな巨大生物のイラストが描かれていた。

「皆んなあの子のことを樹の怪獣だと思ってましたけど、それが間違いだったんです。あの子は陸棲型のイソギンチャク怪獣、その名もテラマレアネモスです!」


「テラ……何だって?」

「テラマレアネモス!略称はテラマネです。昔から地中海周辺で多く目撃されてて、「陸のシーアネモネ」って意味の名前が付けられたみたいですね」

「名前はどうでもいいんだが、とにかくあいつはイソギンチャクなんだな。やけに動き回るのはそれが理由だったのか。待てよ、じゃああのカラフルな光の玉は、ひょっとしてクマノミなのか……?」

「うーん、あれ自体は単なるオド・パワーの集合体のようですけど、外見からしてクマノミを意識してる可能性はありますね。やっぱり異次元でも、イソギンチャクとクマノミは一心同体ってことなのかも」


 怪獣の生態について考察し始めた学生2人の会話に、駒井司令が無線越しに割り込んでくる。

『悪いが考察は後にしてくれ、今は奴を倒すのが優先だ。何かあいつの弱点は無いのか?』

「あ、はい!テラマネは普通のイソギンチャクと同じく、頭頂部にある口で獲物を丸呑みします。そしてクマノミ、つまりオド・パワーを発生させる器官もこの口の内側にあるらしいんです。つまり、口内をどうにか攻撃できれば無力化できるはずです!」


「隊長、クリッターも復旧しました!いつでも再起動可能です!」

 袋田の報告を受けて、隊長が声を張り上げる。

『よし、袋田はオド・キャノンの発射準備にかかれ。外部の隊員はどうにかして怪物の口をこじ開けろ。口が開き次第オド・キャノンを叩き込め!』

「「了解!」」


 体力や精神力を消耗していた外部の3人も、決定的な情報を得たことで再度気合いを入れ直す。

「よし、やってやるぜ!……で、アイツの口をこじ開けるにはどうすりゃいいんだ?」

「モスマンを使おう。さっき奴が未消化物を吐き出したのは、君が胴体を殴った衝撃が原因だろう。モスマンを正しく使えば更に強烈な衝撃を与えることができるはずだ!」

「え、あれって殴って使うもんじゃないのか?」

「違うっ!救助訓練でストライカーの使い方は習っただろう、覚えてないのか君は?まあいい、僕が打撃を与えるから君はモスマンを手前から支えてくれ。宇沢君はウモッカで援護を頼む」

「了解」


 消防装備マニアの時島が指示を出し、その場の陣形が決定した。大型ドライバーのようなモスマンの前側を高見、後ろ側を時島が支えて持ち上げ、除夜の鐘を全力で撞きにいくような構図でテラマネに向かって突進する。迎え撃つテラマネは再びオド・パワーで発光体を生成し始めるが、宇沢のウモッカによる砲撃で生成を邪魔される。

「食らえぇぇ!」

 モスマンの金属棒部分の先端がテラマネの胴体に激突する。相変わらず手応えはないが、怪物の身体が僅かに痙攣した。


「まだだ!」

 後ろの時島がモスマン本体のレバーを操作すると内部のロックが解除され、内側に収納されていた金属棒の後ろ半分が外へと飛び出した。当然、テラマネに食い込んでいた先端部分は更に胴体深くへ押し込まれる。

 災害救助器具のストライカーは、通常の大きさでもコンクリートを楽々粉砕できるほどの打撃力を持つ。それを巨大させ、2人がかりで操作するようにしたモスマンのパワーは更に強烈で、テラマネも胴体をくの字に折り曲げ、苦悶の声を上げるように口を広げた。


「今だ袋田、オド・キャノンを!」

「了解!」

 クリッター屋上では、既に辰真がオド・キャノンの照準をテラマネに合わせていた。合図を受けた袋田が、すかさずダイヤルを回す。

「オド・システム準備完了!出力はネガティブ__発射!」

 高見達が怪物から急いで離れるのと同時に、放水管からオレンジ色の光束がまっすぐに放射され、真横を向いたテラマネの口内へとなだれこむ。イソギンチャクの怪物は激しく体を震わせながらもオドの力を飲み干すかのように抵抗を続けていたが、放射が長時間に及ぶに連れて徐々に動きが鈍くなり、やがて口を閉じ、ぐったりとその場に崩折れた。


 一同が息を呑んで見守る中、テラマネの体がゆっくりと溶解していく。揺木市を恐怖に陥れかねなかった異次元の怪物は、こうして人知れず鎮められたのである。



 午後6時、揺木霊園。森島家の墓参りを終え、中央の歩道に戻ってきた辰真は、同じく稲川家の墓参りに向かった月美を待っていた。彼はどことなく陰鬱な気分で園内を見回す。

 日没寸前になってようやく周囲から異次元の霧は去ったが、依然として空は灰色の雲に覆われ、不穏な気配が晴れることはなかった。


 やがて、奥の通路から月美が戻ってきた。俯いていて表情は見えないが、その足取りはしっかりしている。

「もういいのか?」

「はい」

 辰真の呼びかけに応えて顔を上げる月美。その表情を見て辰真は目眩を覚える。彼女の瞳からは再び輝きが消えつつあった。


「本当に大丈夫なんだな?」

「平気ですって。またすぐに2人で来れますから、心配いりませんよ」

「そうか……じゃ、今日は帰るか」

 学生達は会話を打ち切り、それぞれ物思いに耽りながら霊園を後にする。

 2人の頭上で暗雲はますます嵩を増し、大地を覆う影は深まるばかりだった。


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