第23話 揺木霊園の影 3/4
オド・パワー。カール・フォン・ライヘンバッハが発見した異次元エネルギーの一種であり、物体に熱気や冷気を始めとする様々な効果を付与する効能を持つ。そして、我らがクリッターにもオド・タンクは搭載されていた。
「よし、オドにはオドで対抗だ。みんな、放水管のセットをお願い!」
「ああ」
「任せろ!」
高見と時島が屋上に上がって放水管に駆け寄り、再び数を増やしつつある水色と白の発光体に照準を合わせる。その間に袋田は制御盤のダイヤルを回して準備を行っていた。やがて車両全体が振動を始め、タンク室から放水管に伸びるケーブル内をオドの奔流が流れ始める。
「オド・システム起動準備完了!出力はネガティブ……発射!」
袋田がダイヤルをNに合わせるとモニターに一瞬赤い光が走り、直後に放水管から濃いオレンジ色の光流が噴出された。強い熱気を纏った光流が発光体に直撃すると、水色の冷気は一瞬で蒸発する。高見達が大砲の筒先を動かす事で熱気は満遍なく降り注ぎ、水色の発光体は全滅した。
「司令、うまく行きました!」
『油断するな、反動が来るぞ!』
駒井司令の指摘通り、クリッター車内全体の温度が急激に下がり始める。オド・ネガティブで熱気を作り出したフィードバックが始まっていた。
「あ、そうでした。森島君、暖房を!」
「はいっ」
辰真が壁際に走り、空調設備のスイッチを入れる。オド対策に強化された空調システムから強力な熱風が発せられ、冷気を中和していく。
「オドのフィードバック問題、こうやって解決したんですね」
「うん。今の技術じゃ反動を完全に無くすのは不可能だけど、打ち消す事はできるからね」
「つまり、これで安心してオド・キャノンを撃ちまくれるってわけだ」
クリッターは更にエリアの奥へと向かう。発光体の正体が判明したとはいえ、依然としてそれを操る敵本体の情報は不明のままだ。霧の波間を幾度もかき分け進んでいくと、不意にそれは現れた。
「……!」
違和感にいち早く気付いた宇沢の状況判断でクリッターが音もなく停車する。
「どうした!」
「あ、あれは……?」
モニターに映し出されていたのは、巨大な枯れ木のようなシルエットだった。多方向に突き出した太い枝は、よく見ると触手のように蠢いている。
「何だよあれ、気色悪りーな。もう近付かない方がいいんじゃねーの?」
「だが、この距離では敵の詳細も分からないままだぞ。もう少し接近して観察すべきだ!」
「でもよ、これ以上近付いたら捕まってムシャムシャ捕食されそうな雰囲気だぞあれ。樹ならあの場から動けないだろうし、この距離からオド・キャノンぶっ放そうぜ」
「そもそも、あれは本当に樹なんですかね?」
高見と時島の言い争いに、辰真が口を挟む。頭の片隅に、先程の月美の言葉が引っかかったままだった。
「うーん、確かに普通の樹はあんな風に枝を動かしたりはしないけど、異次元植物と考えれば充分可能性はあるよね。シレフレータだってそうだったし。稲川さんはどう思う?」
「…………」
一行が議論を続けていると、突然モニターが明るくなる。見ると、大樹の枝先にはいつの間にか黄色い果実が大量に実っていた。いや違う。よく見るとそれは3色目の発光体だった。黄色い発光部分は帯電しているのか、時折バチバチと火花を散らしており、辰真達にはどことなく既視感がある。
「あれは何だ?熱気でも冷気でもないぞ!」
「何だっていいだろ、結局オドの力ならキャノンで打ち消せるよな?」
そう言って屋上に駆け上がろうとする高見。
「あ、ちょっと待って_」
止めようとする袋田の背後、モニター内で大樹の影が枝を揺らし、黄色い発光体がこちらに向かって飛ばされる。車両に向かって飛んでくる帯電する塊。それを見た辰真の脳裏に、コピアヌィラ事件の記憶が浮かび上がる。
「宇沢さんっ!クリッターを動かしてください!」
慌てて辰真が叫ぶ。宇沢のアクセルでクリッターは急発進するが、既に至近距離まで来ていた2、3個の発光体は避けきれず、車体側面に衝突される。
「!?」
車体が大きく揺れると同時に、室内の照明及びモニター類が点滅する。
「な、何だ?」
「あれは多分プラズマの一種です。以前似たようなのにぶつかって車が動かなくなって事があります」
「何い!?クリッターは無事なのか宇沢君?」
「……ああ、一瞬調子が悪くなっただけだ。だが、次に直撃を受けた時は分からない」
『状況は把握した。怪物から一旦距離を置け』
「了解!」
クリッターは大樹の影がぎりぎり見える程の距離まで後退する。電気球が飛んで来たらすぐに対応できるよう宇沢が見張りを続ける中、高見と時島は緊急時に備えて携行用装備の点検に向かった。
「あの、袋田さん」
コントロール室内に残った辰真が声をかける。
「ん?」
「さっきのプラズマ、あれもオドの力の一種なんですか?オドには熱気と冷気しかないのかと思ってました」
「あー、それは違うね。クリッターが熱気と冷気しか使えないのは、単に今の人類の技術力の限界だからなんだ。現在のオド研究は、ライヘンバッハが構築したネガポジ理論に基づいているからね。でも、熱気や冷気以外の能力を持つオド属性生物も数多く報告されているんだよ。今見たような電気を発生させる生物の他にも、翼もないのに風を起こすとか、突然雨を降らすとか、魔法みたいな能力を持つ連中もいるんだ。そういう生物をもっと研究できれば、人類もオドをもっと活用できるかもしれない。そういう意味でも今回の相手は興味深いね」
袋田がオド・パワーの講義を続けていると、高見と時島がコントロール室に戻ってきた。時島は巨大なドライバーのような形状の金属棒を抱えている。
「おーい、ウモッカとスイコの整備終わったぜ」
「こっちも問題ないぞ!未使用品だから油断は禁物だが」
「それ、一体何ですか?」
「ああ、これは特災消防隊専用ストライカー、通称「モスマン」だ。ちなみにストライカーというのは瓦礫除去等に使用される災害救助用器具なのだが、これはそれを更に巨大化させた物で_」
今度は時島の長い講義が始まりそうになったその時、運転席の宇沢から通信が入った。
「緊急事態発生!3時の方向を確認せよ!!」
室内の空気が一変し、全員が左側面のモニターを確認する。
「!?」
巨大生物は、車体から僅か数mの所にいた。触手のように蠢く枝先をクリッターの方へと伸ばし、今にも襲いかかろうとしているように見える。
「そんな!1分前までレーダーには何の反応も無かったのに……」
「俺も奴から目を離してはいなかった。一瞬で接近されたという事だ」
「それより早く発進させろ宇沢!あいつの攻撃が、来るぞっ!」
高見の言葉が終わらないうちに、大樹の枝先に十数個のプラズマ球が発生し、即座に消防車に向けて射出される。今度は避けることもできず、全ての発光体がクリッターの脇腹に激突した。車体が轟音と共に激しく揺れ、コントロール室内の照明が再び点滅、やがて光は完全に消え、車内は暗闇に包まれる。
「やられたか!?」
「……すまん、間に合わなかった。今予備電源に切り替えている」
「計器類も軒並みやられてるけど、ラジオニクス通信装置は生きてるみたいだ。オドの力も波動エネルギーには効果が薄いのかも」
間も無く予備電源が作動し、室内は再び明るくなったが、クリッターそのものが再び動き出すのには更に数分かかることが分かった。そして彼らの現在の状況を鑑みると、それを悠長に待っている程の余裕は全く無かった。車体のすぐ横に触手が迫りつつある状況なのだ。
『状況は把握した。高見、時島、宇沢は外に出て怪物を攻撃し注意を逸らせ。袋田はその隙にクリッターの復旧作業に当たれ。学生諸君は車内で袋田のバックアップを頼む』
「「了解!」」
駒井司令の指示を聞くが早いか、高見と時島はコントロール室を飛び出した。
消防隊員達は車外に飛び出し、クリッターに触手を伸ばす怪物と対峙する。宇沢と時島が熱湯銃スイコを構えてトリガーを引くと、圧縮された熱湯弾が大樹の幹に着弾し湯気を立てた。怪物はビクリと幹を震わせると消防車に伸ばした触手を引っ込め、宇沢達に向き直るかのように枝の向きを変える。
「おい、こっち来いよ怪物野郎!」
それを好機とばかりに、2人の背後に待機していた高見が非常用の大型カンテラを点滅させたまま振り回す。すると光に反応したのか、怪物は隊員達に向かって幹ごと移動を始めた。
「よし、反応してるぞ!」
隊員達はクリッターから怪物を引き離すべく後退を開始する。だが、それも一筋縄では行かなかった。
「気をつけて、またオド攻撃が来るよ!」
袋田が窓から叫んだとおり、怪物の枝先に再び発光体が出現する。しかも今度は赤・青・黄色の三色が同時に登場だ。
「また来るぞ、下がっていたまえ!」
隊員達に迫り来る3つの光球を、時島が正確な射撃で撃ち抜いていく。熱湯が当たると赤は消滅、青は氷塊となって落下したが、黄色だけは前進を止めない。もう一度熱湯を浴びると軌道がずれ、隊員達とクリッターの間を通り抜けていった。そして、その様子を認識していたのか、次に怪物が出現させた発光体は全て黄色だった。
「……攻撃を最適化させている」
「畜生、怪物の癖に賢いじゃねーか!おい袋田、あいつの正体をさっさと調べてくれ!」
車外からは奮闘する隊員達の呼びかけが聞こえてくるが、車内のメンバーも同じくらいに慌ただしい状況だった。
「ちょっと待ってよ、終わったら調べるからさ!」
ラジオニクス装置の真下に潜り込みながら、袋田が叫び返す。
「君達、運転席の横から生えてる太いケーブル持ってきて!こっちと繋げたいから」
「はい!」
辰真と月美は消防ホース並みの重量がある巨大ケーブルを2人がかりで抱えて運ぶ。その途中、辰真はとうとう話しかけた。
「なあ稲川、あいつの正体を知ってるんじゃないのか?」
クリッターに乗り込んでから一言も喋らず、黙々とラジオニクス通信の微調整をしていた月美であったが、辰真には彼女が何かを知っているように思えてならない。と言っても返事を期待していたわけではないのだが、意外にも返事はまともなものだった。
「え、どうしてですか森島くん?」
振り返って月美の顔を眺める。その表情は虚ろでも非人間的でもなく、辰真が知っているいつも通りの彼女のものだった。思わず胸をなで下ろす辰真だったが、今は非常事態、安堵してばかりではいられない。
「いやだって、さっき研究室から何冊か資料持ち出してただろ。……覚えてないかもしれないが」
「そ、そうでしたっけ?すみません、ちょっと記憶が曖昧なみたいで」
コントロール室にケーブルを運び込んだ後、2人は月美の鞄を開けて古びた書物を引っ張りだす。
「ほら、これだよこれ」
「確かに全部研究室で見かけたことはあります。でも、読んだことないはずなのに、どうして持ってきたんでしょう?」
月美は首を傾げながらも、資料を素早くめくって中身を確認していく。辰真はその場を彼女に任せ、袋田の手伝いに戻る。あの生物の正体は遠からず暴かれるだろう。辰真には不思議と確信があった。




