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第23話 揺木霊園の影 2/4

 午後4時、揺木霊園。花と緑に囲まれ、普段は市民の憩いの場になっているこの場所も、現在は分厚い灰色の雲と煙のような薄霧に閉ざされ、超自然的な空気に支配されつつあった。重々しく沈黙する墓石の列の間を通り抜け、辰真と月美は無言で敷地の奥へと進む。


 やがて2人は開けた場所に到達した。この辺りはまだ開発が進んでおらず、普段はお墓参りに来た子供達の遊び場になっているような場所なのだが、今はその大部分が明灰色の霧に覆われていた。訪問者の行く手を阻むように立ち込める霧の隙間からは、突き刺すような冷気が時折流れ出ている。どう見てもまともな状況ではなく、2人はそれ以上近付くこともできず立ち尽くすしかなかった。


 しかし間もなく、その場の雰囲気を吹き飛ばすような甲高いサイレンの音が周囲に鳴り響いた。そして、オレンジに白のラインの巨大な車体が資材搬入用の通路から颯爽と姿を現わす。揺木市が誇る怪獣対策チーム・特災消防隊の到着だ。


「やあ諸君!今日も事件対応とは実に感心だ」

 特災消防隊専用車両・クリッターから、隊員の時島と高見が下りてきた。運転席には先日怪我から復帰したばかりの宇沢隊員の姿も見える。

「お前ら夏休み中だってのに、まだ駆り出されてんのか。もっとこう、学生らしいことでもしたらどうなんだ?」

「いや、そうしたいのは山々なんですけどね。先生も出張中だし、消去法で俺達しかいないんですよ」

「そんなのサボっちまえばいいんだよ、黙っててやるから。月美ちゃんも、偶には遊びに行きたいだろ?」

「……高見さんは黙って仕事に集中してください」

「はい、すんません」

 いつになく冷たい月美の眼光を受け、高見はすごすごと引き下がる。

(おいタツ、月美ちゃんと何かあったのか?めっちゃ機嫌悪いぞ)

(いや、今のは高見さんのせいじゃないですか!?)


 辰真は急いで話題を変える。

「それより、今日はメンバーが少ないですね」

 現場に来ているのは学生2人と消防隊員だけ。怪獣クラスが出現すれば普段なら対策本部がテントを設営しているが、その姿も無い。

「そうだね」

 クリッターから下りてきた袋田が答える。

「珍しく出動を急かされたから、本部の準備が追いついてないみたい。でも今回は、市の方も早めに片付けてほしいって思ってる気がするんだ。動物を直接的に襲った異次元生物は珍しいから、警戒してるんだと思う」

「なるほど」

 この場にいると、当局の警戒は全く正しいと思えてならない。

「今回は危険性が高いから、クリッターに乗ったままでエリア内への進入が許可されてるんだ。さあ、君たちも早く乗って」

 かくして学生2人をコントロールルームに乗せたクリッターは、怪物の潜む霧の中へゆっくりと進軍していった。



 クリッターは霧の海を往く。車体中央に格納されているコントロールルームでは、車体の前後左右に搭載されたカメラの映像をモニターで確認する事が可能だ。しかし、どの画面にも映し出されるのは灰色の霧ばかりで、車がどちらに向かっているのかさえ分からない。文字通りの五里霧中である。

『波動レーダーには何か引っかかったか?』

 ラジオニクス通信越しに聞いてくるのは駒井司令だ。今回は本部の設置が間に合っていないため、揺木消防署からの通信となる。ちなみにアベラントエリア外へ映像を送ることは現段階では不可能なため、袋田や学生達が定期的に情報を伝える役目を担っていた。


「いえ、まだ何も。大樹のようなものが本当にあるなら、そろそろ見えてもいいはずなんですが。もう100mは進んでますし」

「とはいえ、エリア内の空間が歪んでいる場合もあります。巨大生物にしても、樹ではない可能性も考えられるので油断はできません」

 辰真が研究室としての意見を述べる。普段ならこういう役目は月美がやりたがるのだが、今回に限っては月美に任せるのは不安だ。

「はいはい、気をつけますよっと……ん?」


 その時、車体正面を映すモニターに一瞬だけ何か光る物が見えたような気がした。続いて、側面のモニターを何かが高速で横切る。

「諸君、今のを見たか!?」

 時島の呼びかけに、室内の全員が頷く。

「宇沢君!今、進行方向に何か見えなかったか?詳しい情報を求む!」

 時島が運転席の宇沢に通信を繋ぐと、すぐに返事が帰ってきた。

「赤く発光する物体とすれ違った。一瞬しか見えなかったが、楕円形をしていたような……いや待て、また出てきたぞ」

 コントロールルーム内の全員が正面のモニターを凝視する。そこには、確かに赤い発光体が浮かんでいた。それも一つではない。どこから現れたのか、複数の光が次々とモニター上に浮かび上がる。


「な、何だあれは……?」

 高見を始め、隊員達と学生達は全員が絶句していた。今度の発光体はその場に静止していたため、細部をある程度観察することができた。だが、あれは一体何なのか。

 空中に浮遊しているのは、半透明の白い人魂のような球体だった。恐らくは何らかのエネルギー体と思われるそれは、真っ赤に燃える炎を纏っている。そして、その白と赤のまだら模様の存在が、意思を持っているかのようにこちらに飛びかからんとしていた。



 集団でクリッターに迫り来る、赤と白の奇怪な発光体。その接近に真っ先に反応したのは高見だった。

「何だか知らねえが、炎なら俺たちの専門分野だ!」

 そう言うとコントロールルームを飛び出し、車体側面に駆け寄る。そして消防ホースを窓枠に固定し、レバーを倒して放水を開始した。

「食らえっ!」

 迫り来る発光体に、白い霧状の水流が降りかかる。赤色の部分はやはり炎だったらしく、しばらく放水を受けると消火され、同時にエネルギー体の方も消え失せる。

「よし、こちらも放水開始する!」

 更に時島も反対側の窓から放水を開始。二本の筒先から噴出される水流に曝され、発光体は次々と消えていった。


「どうやら全滅したみたいだね」

 コントロール室内で学生達と共に全モニターを確認していた袋田が安堵の声を出す。

「目撃証言にあった赤い光ってのは、今ので間違いなさそうですね」

「ああ、ただの炎みたいだな。俺たちと相性が良さそうで良かったぜ。そうと分かればさっさと片付けようぜ」

「高見、あまり気を抜くんじゃない」

 時島が高見の発言を諌めるが、車内の緊張感は明らかに薄れ始めていた。そしてクリッターが再び前進を開始する。しかし、10mも進まないうちに、その安穏とした空気は打ち砕かれる事になる。


「!!」

 運転席に座る宇沢の眼に、再び閃光がちらつく。彼は反射的に急ブレーキをかけた。

「どうした宇沢君?」

「何かいた?レーダーには何も写ってないけど」

 宇沢は黙ってフロントガラスを指差す。そこにはまたしても白いエネルギー体が浮遊していた。さっきの物とは違い、揺らめく水色のオーラを纏っている。

「今度のは一体何だ?炎ではなさそうだが」

「何でもいいさ、一遍水を当ててみれば分かるだろ」

 そう言った高見が、先程と同様にホースを構える。

「おい待て、軽率な行動は_」

 時島の制止を尻目に、こちらに接近してくる水色の発光体を水流が包み込む。クリッターのフロントガラス、及び正面モニターも水流で埋め尽くされるが、やがて何かが水の壁を突破し、フロントガラスにぶつかった。

 誰かがクリッターに投石したかのような衝突音が何度も響く。石がぶつかった程度でガラスにヒビが入る事はないが、気分のいい音ではない。


『一体何が起きている?敵襲か?』

「今確認します!高見君、放水止めて!」

 駒井司令の通信により高見は放水を中断。視界を覆っていた水流の霧は晴れ、外部の光景が確認できるようになる。クリッター真正面の地面の上には、サッカーボール大の岩塊が幾つも転がっていた。

「あれがぶつかって来たのか。あんな岩どこから出てきたんだ?」

「いや、あれは岩じゃないみたいです」

「は?」

 辰真の指摘通り、それは単なる岩ではなく透明な物体だった。そしてその背後では、先ほどより数は減っているが、相変わらず水色発光体が浮遊している。

「一体何なんだよあの青いのと、透明な石ころは!」

「炎と一緒に現れた水色のオーラ……そうか、分かったぞ!」

 突然何かを悟ったように、袋田が叫ぶ。

「袋田さん、何か分かったんですか?」

「うん。あの特徴的な色、間違いない、あれは冷気だ。冷気に水がかかったことで氷になってしまったんだよ。つまり、敵が使っているのはオド・パワーだ!」



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