第22.5話 2020年への挑戦 後編
新年早々、強烈な米澤節の炸裂である。
「斬新なご意見を聞かせてもらって恐縮ですが、病院行った方がいいんじゃないですか?頭の」
「何を言う、この説なら全ての辻褄が合うじゃないか。恐らくは更に100年前の1820年やそれ以前にも、彼らが行動をしていた可能性はある。しかし新聞が一般化したのが産業革命以降であることを考えると、それより前の事件記録を探すのは苦労しそうだがね。当然、西暦の普及が更に遅れていた日本では、1920年の事件すら起きていない可能性はある。つまり、今回の事件が国内初の事例になるかもしれん。そう、奴らウィーグ人の」
「ウィーグ人?」
「ラテン語で20を表す「viginti」から僕が付けた仮名さ。そしてウィーグ人の最も危惧される点は……おーい白麦君、どこに行くんだね?」
「もう一回角見神社に行きます。さっき破魔矢買い忘れたので」
玲は聞いてられないとばかりに部屋を出て行ってしまうが、米さんは気にする様子もなく、残る2人に向けて持論をぶち上げ続ける。
「ウィーグ人の危惧される点、それはついさっき明らかになった。この画像を見てくれたまえ」
米さんが見せたのは、サイトに先程投稿されたばかりの写真だった。他の写真同様に「2020」の右半分が消えているが、よく見ると左側の「20」も薄くなり始めている。
「べ、米さんこれはどういうことですか!?左の20は2000を意味してるから、消えない筈なんじゃ」
「うむ。早速矛盾が生じているように見えるが、2020年になったことでウィーグ人の力がいつになく増していると考えたらどうだろうか?左側の20も「20」と判定され、消えたのかもしれない」
そろそろ20がゲシュタルト崩壊してきそうな会話だ。
「まあいいんですけど、それって本当に深刻な問題なんですか?消える数字が少し増えるだけでは?」
辰真の問いに、米さんは険しい顔で答える。
「それが意外と重大なのだよ。この資料を見てくれ」
今度は昔の新聞を見せてくる。
「上の日付を見てくれ。1900と書かれているだろう?」
米さんの言葉通り、新聞上部に載っている日付は他のものと違い1900年だ。
「だがよく読むと分かるが、その記事の内容は他の物と同じなんだ。つまり、正確には1920年に起きたことになる」
「え?でも、ここには1900って_」
「うむ。これからは憶測に憶測を重ねる事になるが、その新聞自体がウィーグ人の被害を受けていたと仮定しよう。右側の20が消され、空白だった部分がやがて0で埋められる。すると、実際の事件は1920年なのに1900年に発生したとする記事が完成してしまうわけだ」
「はあ」
「これを今回の事件に当てはめるとどうなるか。2020の文字が全て消滅し、0000になる。もしこの事態が地球全土に拡大したとすれば、かつての2000年問題を遥かに超える混乱が巻き起こるかもしれない。いやそれどころか、西暦に基づいた人類の歴史そのものが消滅してしまうかもしれないのだ。もはやこれは2020年のみならず、西暦への挑戦と言える!」
「ほ、本当ですかー!?」
「うーん……」
今まで聞いた中でも最大級に荒唐無稽な理論だが、なんか面倒になってきたので辰真は反論を放棄した。
「えーとそれで、有効な対策はあるんですか?」
「うむ、もう少し新聞記事を調べれば、何か打つ手が見つかるかもしれない。ひとまず君達は現地調査に向かってくれないかね?」
というわけで、辰真達は百畳湖近くの小さな商店街まで歩いて行った。「怪奇事件情報局」によると、影の目撃情報が最後に寄せられたのはこの付近らしいのだが、元旦という事もあって閑散とした雰囲気で、異次元人はおろか普通の人影も見当たらない。突き当たりの角には小さな郵便局があり、屋根部分に設置された看板にでかでかと「2020」の文字が掲げられているが、特に被害を受けた様子はなかった。
「見た感じ、町は平和そのものね」
先程神社から戻って来て、辰真達と合流したばかりの玲が呟く。
「そもそも、本当にウィーグ人なんているのかしら?米さんが勝手に妄想を膨らませて作ったとしか思えないんだけど」
「まあなー」
辛辣な口振りだが、確かに考えてみると、自分達はウィーグ人の姿も、どのように「20」を奪っているのかも知らないのだ。さっきは米さんの熱気に呑まれていたが、冷静になってみるとやはりおかしい。というか突っ込みどころしかない。
「2人とも、米さんを信じてあげましょうよ。事件の痕跡を調べればきっと_」
月美が2人を励ますように言ったその時だった。
彼らの斜め上方にあった郵便局の看板に、突如として異変が生じたのだ。まず、看板の「2020」の文字の右半分が何かに照らされたかのように発光する。続いて、発光した「20」の文字が溶けるように液体状になって地面に剥がれ落ち、看板は最初からそこに文字が無かったかのように空白となった。そして、20だった液体はそのまま地面を這い、郵便局の角に突然現れた背の高い人物の影に吸い込まれていった。
「……!!」
3人の目線が、その人物へ注がれる。身長2mを越えるひょろ長い体。体表はラバースーツのような光沢のある黒一色で、マントのような布を肩から垂らしている。そして頭部は細長い円錐形で、頂点からは紐状の器官が髪の毛のように複数生え、その全ての先端が光っている。それは紛れもなく異次元人だった。
「あ、あれがウィーグ人……?」
辰真達が反応できない内に、20を吸収し終えたウィーグ人は踵を返して走り出し、そのまま人気の無い道路の中央を駆け抜けて行く。
「よし、追いかけるぞ」
「待ってくださーい!」
数秒遅れて辰真達も後を追うが、ウィーグ人の走力は異常に速く、差は縮まるどころか広がるばかりだった。
「はあ、はあ……ごめんもう無理」
真っ先に玲がギブアップし、程なくして辰真と月美も息を切らして倒れ込む。その間にもウィーグ人の走行は止まらず、その影はみるみるうちに遠ざかっていく。このまま異次元人は暦の彼方に逃げ去ってしまうのか?
その時、地面にへたり込んだ3人の前を一台のパトカーが通り過ぎ、停車した。
「お前ら、正月の頭っから何やってんだ?まさかまた妙な事件じゃないよな?」
運転席から顔を出したのは、地域課警察官なので年末年始も特に関係なく、いつものように朝から当直に入ってパトロールに出ていた味原警部補だった。平穏な滑り出しに見えた2020年初出動だったが、学生達を見つけた時点で早くも黄信号が灯っている。
「おいおい、少しは俺の説明する分も残してくれよ」
「そんな事より味原さん、異次元人です!あいつを追っかけてください!」
月美が、既に黒い点になりかけていたウィーグ人を指差す。
「仕方ねえな。乗れお前ら、とっ捕まえるぞ」
味原警部補は3人をパトカーに乗せると、サイレンを鳴らして異次元人の追跡を開始した。
パトカーは法定速度ぎりぎりまで加速し、唸り声を上げながらウィーグ人を追い上げる。間もなく異次元人の背中が見えてきたが、敵の速力はパトカーとほぼ同等なのか、あと数mの所で差が縮まらなくなった。更に、パトカーの窓から見える景色にも変化が生じ始めていた。道路の周囲にあったはずの街並みは消え失せ、白一色の背景の中に数字の列が流れる奇怪な空間が広がっている。この新たな世界の中で、道路とパトカーの一行、そしてウィーグ人だけが実体として存在し続けていた。
「おい待て、こりゃ一体どうなってんだ?」
「ひょっとして、米さんの言ってた西暦の崩壊がもう始まってる……?」
彼らが焦燥に包まれ始めたその時、辰真の携帯に着信があった。
「もしもし?」
「僕だっ」
車内に米さんの声が響き渡る。
「君たちはもうウィーグ人に遭遇してる頃だろうから手短に伝える。奴らの撃退方法が分かったのだ」
「教えてください」
「うむ。過去の新聞記事を読み漁った結果、西暦以外の紀年法が記されたアイテムがあれば、撃退できる可能性が高いことが分かった」
「西暦以外の……アイテム?」
「例えばサンディエゴの事件では、かの有名なアステカの暦石で殴り倒して撃退したという記録が残っている。ここから推測するに、その紀年法と関わりが深いアイテムで、かつ武器としても利用できるのが理想のようだ」
「はあ」
「幸い日本には、メジャーな紀年法として元号というものがある。手近に良さそうなアイテムがないか探してみてくれたまえ」
「はい!皆さん、元号に関する物、何か持ってませんか?」
「そうは言っても」
言うだけなら簡単だが、元号に関係して武器にもなるようなアイテムが車内に都合よくあるわけが_
「あ」
「レイ?」
「そういえば私持ってるわ」
玲が取り出したのは、角見神社で買ってきたばかりの破魔矢だった。その柄に付いている絵馬には「令和2年1月1日」という文字が刻まれている。
「そっか、破魔矢なら日本文化と関係がありますし、一応武器でもありますね。流石です!」
「待て待て、これ実際に武器として使えるのか?先も尖ってないのに」
「破魔矢は邪気を祓うための道具だから、理屈上は武器として使えるはずよ」
いずれにせよ他に良さそうな物が見当たらない以上、言い争う余地は無い。西暦の危機は一本の破魔矢へと託された。
「短時間だが限界まで加速してやる。交通課の連中には言うなよ?」
味原警部補がアクセルを踏み、助手席の辰真が矢を握って待ち構える。差は徐々に縮まり、ウィーグ人の後ろ姿が少しずつ近付いてくる。
「森島くん、お願いします!」
手を伸ばせば届きそうな距離にまで接近したその時、辰真は窓から手を出し、思いっきり振って破魔矢を前方に射出した。邪気を祓う矢は異次元人に吸い込まれるように飛んでいき、背面にまっすぐ突き刺さる。ウィーグ人はその場に倒れ込んだ。
パトカーが停止し、辰真達が出てきた時には、異次元人の身体は徐々に崩壊し、小さな数字の粒子をまき散らしながら霧散していくところだった。ウィーグ人が完全に消え去った後、周囲の空間も消滅し、平和な正月の街が戻ってきた。
事件解決後、辰真と月美は初詣のため角見神社を訪れていた。米さんは「我々は西暦に頼り過ぎていたのかもしれない」という迷言を残してサイト更新に戻り、既に2回神社に来ている玲も先に帰宅している。境内は事件を知らない市民達で賑わい、巫女服姿の角見蘇良が御神籤を売る声が響き渡る。いつも通りの揺木の正月の光景だった。
本殿で参拝を済ませ、社務所の横で蜜柑と甘酒を頂く。
「稲川は、何をお願いしたんだ?」
「もちろん、今年もいろんなアベラント事件に出会えますように、ですよ!森島くんは?」
「俺か?なるべく事件に巻き込まれずに平穏な日々が過ごせますように、かな」
実の所、願ったのは後半部分だけなのだが、わざわざ正直に白状することもないだろう。
「もー、素直じゃないんですから。まあいいです、それじゃ最後に読者の皆さんにもご挨拶しましょう。改めまして、今年もよろしくお願いします!」




