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第22話 異次元へのパスポート 3/3

 揺木大学入り口の真横に窮屈そうに立ち並ぶ、古ぼけた木造アパート群。こここそが30年以上の歴史を誇る揺大生の学生寮であり、学生寮1号棟の一階角部屋が現在の辰真の住居だった。

「……ふう」

 部屋に入り照明を点けると、見慣れた光景が辰真を出迎える。六畳一間の室内に、テーブル・ベッド・書棚が設置されているだけのシンプルすぎるレイアウト。入学当初は私物もほとんど無かったのだが、研究室の活動が忙しくなるに連れて異次元事件の資料やアウトドアグッズ等が部屋のあちこちで少しずつ増殖を始めている。辰真はとりあえず鞄を椅子に放り出し、部屋着に着替えるとベッドに寝転がった。調査で疲れたし、夕飯の前に少し休むか。


 …………


 辰真は暗闇の中を歩いていた。周囲の空間はグニャグニャと歪み、万華鏡のような多彩な模様を描き出しているようだったが、暗さのためはっきりとは視認できない。しかし彼は周囲には目もくれず、道なりにひたすら直進していた。この先に向かわなければならない。その想いだけが彼を突き動かしている。だが奇妙なことに、そこに何が待っているのかは、頭に靄がかかったように考えが及ばないのであった。

 歩き始めてどれほどの時間が経ったのか分からないが、やがて彼の行く手に薄光が差し始めた。暗闇を貫通し迷走者を導く光。それを認識した辰真は一段と歩調を強める。そして、いよいよ彼は光源へ近付いていく。上空に浮遊し、小さな太陽のように赤紫色の光を放つ変形立方体の煌石_彼はそれに限界まで接近し_


「……は?」

 目を覚ました。明確な意識が戻るにつれ、自分の周囲の状況も認識できるようになる。

 ……さっきまで俺は部屋のベッドで寝転がっていたはずだ。それなのに、どうして大学の敷地内にいるんだ?

 もう一度周囲と自分の状態を確認する。ここは明らかに大学の北端近く、城崎研究室に向かう途上の道だ。そして自分はいつの間にか外出用の服を着て、鞄を持った状態で研究室の方向へ歩いている。研究室に忘れ物をして戻る途中なのかもしれないが、家からここまでの記憶がすっぽり抜け落ちているのは不思議でならない。さっきまで夢を見ていたらしい事を考えると、眠りながら歩いていたとでも言うのだろうか?


 辰真がそれ以上考えを巡らす前に、背後から突然足音がした。ぎょっとして振り向くと、こちらに向かってふらふらと歩いてくる人影。その正体は、同期の稲川月美だった。

「稲川?」

「……えっ、森島くん?どうしてここに、というか、ここは?」

 突然意識を取り戻したかのように混乱する月美。さっきまでの自分を見ているかのようだ。

「ここは研究室の近くだが、稲川も妙な夢を見て気付いたらここにいたクチか?」

「えっとわたしは、さっきまで家にいて、いつの間にか寝てて、確かに夢を見てたような……ひょっとして森島くんも?」


 互いの体験を話し合った結果、2人ともほぼ同じ経緯でここまで来たことが分かった。

「なるほど、これは面白い現象ですね」

 月美が目を光らせて言う。

「2人揃って同じような体験をしたってことは、どこかに共通の原因が必ずあるはずです。多分、見た夢の内容も同じな気がします。ただ、どんな内容かは思い出せないですが……」

「やっぱりか、俺も思い出せない。どこかに向かって進んでたのは覚えてるんだが」

「そうでした!あと、上の方で何かが光ってたのを思い出しました。とても変わった色だったような……そうそう、ちょうどあんな感じの色でした!」


 月美が指差したのは研究室の方角だった。見ると、無人のはずのプレハブ小屋の窓から光が漏れ出ている。その色は、闇を突き刺すように神秘的な赤紫色_

「そうだ、確かにあの色だよ!でも何で研究室が光ってるんだ?あれは夢じゃなかったのか?」

「ただの夢じゃなさそうですね。多分その、研究室にある何かが、夢を通じて私たちに呼びかけてたとか……」

「おい待てよ、今研究室にある物っていうと……」

「…………」


 2人は無言で顔を見合わせる。今日研究室に持ち込まれ、今も室内に存在する物体で、この異変の原因となりそうな物に一つだけ心当たりがあった。だが、2人とも敢えて口に出そうとはしない。

 無言の口論の末、辰真が研究室のドアを少しだけ開け、月美が中を覗くという役割分担が決定。辰真が渋々合鍵を差し込みノブを回す。僅かに開かれたドアの隙間からも赤紫の光が漏れる。そこに月美が近付こうとしたその時だった。


「!?」

 何かが内側からドアに勢いよくぶつかり、辰真が後ろによろける。室内から浮遊しながら出てきたのは、2人の想像通り、紫色に輝く魔石メギストロンだった。辰真達を見下ろすくらいの位置で静止している魔石の中心部分には、先ほどまでは見えなかった赤い球体が浮かび上がり脈動を始めている。

 もはや鉱物というより生命体のように見える異次元煌石は、空中に赤い軌跡を残しながら移動を開始した。奇妙なことにその動きには、まるで2人をどこかに誘導するかのような意思が感じられる。現に月美は、魔石の後を追うように、ふらふらとした足どりで歩き出していた。それを見た辰真が急いで彼女の左腕を掴み、動きを止める。


 月美が青ざめた顔で振り返る。その表情の裏で、警戒心と好奇心が混在しているのが辰真には分かった。というのは、月美の側から見た辰真も同じような顔をしているに違いなかったからだ。ただ辰真の場合は好奇心がやや弱く、歩き出すには至らなかったというだけの差である。


 やがて月美は決心したように魔石の方向へ向き直り、再び進み始めた。辰真の腕を振り払うこともしなかったので、結果的に彼も月美に引っ張られる形で歩き出す。慣性の法則が急にやる気を出したのか、一旦動き始めた脚は自分では止めることができなかった。


 2人は揺木大学北部の山林地帯を進んでいく。時は既に日没を過ぎ、目印なしではまともに進むのも一苦労のエリアに突入していたにも関わらず、赤紫の光に導かれる彼らの歩みは妨げられることはなかった。光を追ってひたすら直進し続ける。つい最近、同じような行動を取ったばかりの気もするのだが。しばらくの間は周囲を警戒する余裕があった辰真だが、歩き続けるにつれ、前方を浮遊している魔石の方にばかり注意が行くようになってきた。


 移動を始めてからおそらく10分ほど経った頃、2人の眼前に見覚えのあるものが突如として出現した。何もない空間上に刻まれた裂け目。すなわち、異次元への扉。彼らが以前見たものとは違い、人間一人がなんとか通り抜けられるほどの大きさで、裂け目の内側はメギストロンと同じ紫の光で満たされている。その魔石はというと、ここが目的地だとでも言わんばかりに裂け目の真上で静止していた。


「三つの魔石輝く時……黄泉の扉より、大いなる龍神降臨せし……」

 裂け目を見つめ続ける月美が何事か不穏な言葉を呟く。その意味を聞き返す気も起きない程に、辰真も紫の光、或いはその先に潜む何かから目が離せなくなっていた。


 頭の中で誰かが辰真に呼び掛けている。思い返せば、初めてメギストロンを見た時からそれは始まっていた。最初は魔石そのものが呼んでいると思っていたが、ここまで来た今なら違う事が分かる。この裂け目、紫の光の向こうにいる何者かが、魔石を通して2人に呼び掛けていたのだ。それなら、異次元社会学専攻の学生として、呼びかけに応えないわけにはいかない。おそらく稲川も同じ気持ちだろう。そう思って月美の方を見ると、彼女は既に光の方へ歩き始めていた。その後を追うように辰真も歩き出す。


 一歩進むごとに、彼らの視界が紫の光で満たされていく。もはや他の物は目に入らず、行く手を妨げる物もない。

 2人が裂け目へと到達し、異次元へ転移するまであと数mに迫った、その時だった。どこからかバチバチという音が聞こえたかと思うと、黄色い球体のようなものが彼らの眼前を横切り、そのまま地面に激突。次の瞬間、周囲一帯が閃光に包まれた。紫の視界が黄色に塗り潰される。辰真達は思わず目を閉じてしゃがみ込むが、それ以上は何も起きなかったので再び目を開けた。


 闇に包まれた洞窟内に日光が差し込むように、辰真の意識は急速に回復していく。既に黄色い光は消えていたが、それは然程問題ではない。大問題なのは、自分達が裂け目にここまで近付いている事それ自体だった。辰真が横を見ると、月美も今しがた夢から覚めたような顔をしている。となれば、やるべき事は一つだ。

「森島くん、早くここから戻りましょう!」

「そうだな」


 2人は裂け目に背を向け、全力で走り出した。無意識のうちに脳がルートを覚えていたのか、暗闇の中でも迷う事はなかったが、何分も疾走していると流石に苦しくなってくる。2人が息切れを起こし始めた頃、懐かしい研究室の四角い影がようやく見えてきたのだった。



 翌日、辰真と月美は玲の様子を見るためYRKの部室を訪れていた。

「ざっと見てみたけど、これは間違いなく本物ね。新発見よ」

 玲がいつになく興奮気味に語る。

「しばらく貸してくれない?集中して解読してみたいの。ココムについての新情報も載ってるかもしれないし」

「ああ。ゾグラスとか怪獣関係で何か情報があったら教えてくれ」

「ええ、すぐに知らせるわ」

「稲川もそれでいいよな?」

「…………」

「稲川?」


 月美は2人の会話を完全に聞き流し、一心に何かを考えているような様子だった。それを見た辰真の背筋が寒くなる。月美の眼差しからは、再び生気が消え失せていた。昨日の晩の、あの時と同じように。

「おい、稲川!大丈夫か?」

「……え?あ、ごめんなさい聞いてませんでした」

 辰真の呼びかけで、月美は我に返ったように生気を取り戻す。

「月美、疲れてるの?少し休んだ方がいいんじゃない」

「わたしは大丈夫ですって!それで、何の話でしたっけ?」

 月美はすっかり普段通りの振る舞いに戻っている。しかしそれを見つめる辰真の心は晴れなかった。気にしすぎかもしれないが、何か取り返しのつかない事が進行しつつある気がする。取り止めのない不安が辰真の心中で靄のように渦巻いていた。


 もしもこの時、辰真のすぐ横にあった月美の鞄が開けられていたとすれば、或いは後に彼の不安が現実化する事はなかったのかもしれない。しかし、そうはならなかった。灰色の古書はその瞬間も、月美の鞄の奥底で瘴気を発し続けていたのである。


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