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第21話 白昼霧の遊霊 3/4

(実地調査)


 午後22時、揺木総合病院第4病棟。辰真と月美がここに来るのは5月の連休以来だが、こんな夜間に訪れたのは初めてだった。朽ちかけた木製の「第四病棟」看板。底知れぬ闇に浸食された廊下。蛍のように浮かぶ非常灯の弱々しい光が、老朽化した壁や床を照らし出す。人の気配が完全に消失していることも相まって、病棟の雰囲気は以前よりも一層異界じみた様相を深めていた。


 だが辰真の傍らにいる月美は、周囲の不気味さを全く気にせず、普段通り好奇心に目を輝かせていた。いつの間に用意したのか、リュックサックには虫捕り網と虫かごが装備されている。

「それ、一体何に使うんだ?」

「もちろん「人魂」を捕まえるためです!霊魂は捕まえられないと思いますが、異次元物質なら捕獲できるかもしれませんから」

「はあ」

 やっぱり今度の事件の正体は異次元人だと信じて疑わないらしい。別に辰真も幽霊を信じたいわけではないのだが、ここまで自信満々な態度を見せられると、幽霊の対策を色々考えていた自分が少々情けなくなってくる。


「で、どうする?」

「とりあえず、京子さんの言ってた小部屋に行ってみましょう。人魂を捕まえられるかもしれません」

 2人は懐中電灯の光を地に這わせながら暗い廊下を進む。張り詰めるような静寂に包まれた第4病棟は日中以上の迫力があったが、終始楽しそうな表情の月美が「どんな異次元人がいるんでしょうね?」だの「人魂を捕まえたら〜」だのと辰真に話しかけてくるため、不気味な雰囲気は大幅に薄められていた。


 そうこうしているうち、2人は一階廊下の突き当たり、京子の話にあった物置部屋に到着する。入り口の扉に変わった所はなく、物が割れるような音も聞こえてこない。辰真は軽くノックした後(当然返事はなかった)ゆっくり扉を開けた。

 中は想像以上に真っ暗で何も見えなかった。月美が壁際のスイッチを入れると、あっさり電気が点いて室内が照らし出されたが、それでも他の病棟に比べると妙に薄暗い。

「そういえば、第4病棟って昔から光量が弱いって聞いてますよ。電気系統か何かの問題だろうって兄様が言ってました」

「……やっぱりこの病棟、さっさと改装すべきだな」


 2人は物置部屋の探索を始めた。ここは入院患者用の備品が保管されている部屋のようで、無造作に置かれたベッドの上にシーツや部屋着等が高々と積み上げられている。しかし京子の話の通り、陶器やガラス製品のような割れ物は全く見当たらない。

「稲川、何か見つかったか?」

「うーん、怪しい物は見つかりませんね。窓もないですし、やっぱり普通の音じゃないのかも_」

 突如発生した空気の振動が月美の言葉を遮り、同時に室内が再び暗闇に包まれた。2人は反射的にその場にしゃがみ込む。振動はすぐに止み、周囲は沈黙に支配されるが、彼らの耳にはガラスか何かが割れるような音の残響がはっきりと残っていた。


(……今の音、どこから聞こえた?)

 辰真が小声で月美に尋ねる。

(わ、分からないですけど、発生源はここじゃないと思います。こんな小さい部屋で何かが動いたらすぐ分かりますから)

(だよな。ひょっとして別の階から響いてきてるのか?)

(電気が消えちゃった事を考えると、天井裏の制御盤とかが壊れかけてるのかもしれませんね。後で修理をお願いしないと)


 2人が小声で会話を続けていると、部屋の中に明るさが戻った。

「良かった、調子が戻ったんですね!これで_」

 月美が勢いよく立ち上がるが、上を向いた瞬間、再び彼女の言葉が途切れる。辰真も天井を見上げ、すぐに気付いた。そこにあったのは電灯ではなく、青白く燃える火の玉だったのだ。

「「……!」」

 海蛍のような淡い光を放つ火の玉は、部屋の中央まで降りてくると、唖然とする2人の間をすり抜けて扉の方向へ向かって飛んで行く。一瞬、ひやりとした風が学生達の頰を撫ぜる。

「ひ……人魂です!」

 それに触発されたのか、一気に元気を取り戻した月美が活動を再開する。さっと背中に手を伸ばし、両手で握りしめるは竹製の虫捕り網。

「どうするんだ?」

「勿論捕まえます。さ、追いかけましょう!」

 月美は網を振り回しながら人魂を追跡していく。毎度ながら、即座に行動を起こせる胆力は感心するばかりだ。でも、あいつ一人じゃ危なっかしい。自分がフォローするしかないか。そんな事を考えつつ、辰真も後を追う。


 人魂は、空中にうっすらと光の軌跡を残しつつ廊下を進んでいく。その動きは緩慢で、月美達の脚力でも差を縮めるのは容易だった。走りながら月美が振るう虫捕り網が、数回火の玉に届いたように見えた。が、網が掠めただけなのか、それとも網をすり抜けているのかは分からないが、人魂は網に捕まることもなく、廊下の角あたりで真上に上昇を始めた。

「まずい、逃げられるぞ」

「逃がしませんっ!」


 月美はすぐさま向きを変え、廊下の反対側へたどり着くと階段を一目散に駆け上がる。2階に到着して廊下を覗き込むと、光の線が通路を縦に分断しているのが見えた。つまり、人魂は更に上階に向かったらしい。それを確認するなり月美も階段に戻り、一段飛ばしに駆け上がる。3階。やはり廊下には線しかない。そして4階。いた。人魂は相変わらずふわふわとした動きで、角を曲がって通路の奥に姿を消す所だった。

 月美はその場で小休止すると、少し遅れて階段を上ってきた辰真と合流し、流石に疲れてきたので早足で廊下を渡ると軌跡を追って角を曲がった。


 第4病棟4階廊下。青白く輝く光の線が通路に沿って真っ直ぐ伸び、途中で90度右に折れ曲がると壁にぶつかって消えている。よく見ると、そこには丁度ドアがあった。深く考えなくても、人魂はこの部屋の内部に入っていったことは明らかだ。

「こ、この部屋は……?」

 肩で息をしながら辰真が尋ねる。

「た、確かここ、開かずの間だった気がします。理由は分からないですけど何十年も使われてなくて。最近整理のために開けたんですけど、特に変わった物は出てこなかったって聞いたような」


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