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第20話 閉鎖屋上の鳥籠 4/4

〜次元航鳥キュポラス登場〜

 

気付いた時には、2人は見知らぬ空間に迷い込んでいた。そこも屋上の一部には違いないが、明らかに今まで来たことのない場所だ。その証拠に、2人の眼前には見覚えのない円錐形のオブジェが聳え立っている。近付いてみるとそれは昔ビルで使われていたと思しき事務用の椅子や机の残骸で構成されており、内部に空洞がある事が分かった。オブジェ自体が5m近くあるので、2人でも中に十分入れるほどの大きさだ。

「森島くん、これって_」

「静かに」

 話そうとする月美を押しとどめて辰真は耳を澄ます。思った通り、例の奇妙な音が再び聞こえ始めている。発信元はどうやら空洞の中のようだ。2人はゆっくりと、足音を立てないようにオブジェに近付き、空洞の中を覗き込んだ。

 瓦礫の塔の内部にもオフィス用品の残骸が散乱していたが、その中央に一際奇妙な物があった。折り畳み椅子に使われている鉄パイプを無理矢理ねじ曲げて編まれた籠のような物体だ。入り口からは暗くてよく見えないが、例の音はそこから放たれているようだ。辰真達は用心しつつ内部に入っていき、鉄の籠に近付いてようやくその正体を知った。

「……!!」

 2人の視界に飛び込んできたのは、鉄籠から身を乗り出すようにして騒ぐ雛鳥達の姿だった。雛と言っても、それぞれのサイズは大型犬とさして変わらないほどの大きさだ。近付いてくる彼らに反応し、丸い頭部から矢じりのように突き出た嘴を激しく振って一斉に囀っている。甲高くも鋭いその囀りこそが、辰真を悩ませた音の正体だった。


「おぉぉ!」

 警戒から一転、月美は嬉々としてカメラを構え、雛たちを撮影し始める。

「すごいですよ森島くん、異次元生物の赤ちゃんです!ほら、すごい、かーわいい!」

 月美は雛に夢中になっているが、辰真はそれほど安心した気持ちにはなれない。怪しい物音の謎は解決したものの、何か別の問題が残っているような気がする。例えば例の手帳の「鳥を見た」という記述だが、果たしてこの雛たちが人間を襲うだろうか。

「……」

 その時一瞬、入り口から差し込む夕陽の中を何か黒い影が横切った気がした。訝しむ間もなく今度は至近距離で何かの着地音。

 辰真は撮影を続ける月美を引っ張って隅へと移動すると、瓦礫の陰から入り口を監視し始める。やがてアスファルトの上に響く何かの足音が、こちらへ近付いてくるのが聞こえた。2人は息を飲んで入り口を見つめる。


 入ってきたのは、全高3mほどの巨大な怪鳥だった。全身は濃い青色の羽で覆われているが、羽根の表面は金属のような光沢があるらしく陽光を浴びてきらきらと光っている。しかし羽根の間から覗く鋭い嘴と両脚は漆のように真っ黒だった。一見すると金属製のカラスの彫像のような印象だが、彫像ではない証拠にその目は爛々と輝き、口元には鉄釘のようなものを何本もしっかりと咥えている。

 大鳥は雛達の黄色い声に包まれながら巣に近付くと頭部を下げ、嘴を雛に寄せた。すると突然、咥えられた釘達の胴体部分がくねくねと動き始めた。よく見ると胴体部分には細かい節があり、それぞれの節には小さい脚も付いている。辰真の隣で観察していた月美がやや顔をしかめる。どうやら鉄釘ではなく、芋虫のような生物のようだ。


 親鳥が嘴を開いて芋虫を雛達の頭上にばら撒く。釘によく似た虫達は次々と雛の口の中に入っていくが、1匹だけが地面への着地を成功させた。意外と素早い動きで這い始め逃走を図る釘虫だったが、次の瞬間には頭上から巨大な嘴が降ってきた。鉄のような硬さを持つ嘴はアスファルトを易々と抉り取り、周囲ごと釘虫を持ち上げると巣穴に戻す。

 その光景を見て辰真は背筋が寒くなる。幸い親鳥は雛の食事に気を取られているし、見つからないうちにここを出た方が良さそうだ。……しかし、夢中で芋虫を捕食している雛の中に一羽だけ、相変わらず辰真達に注目して騒いでいる個体がいた。

 やがて親鳥はその一羽の挙動に気付き、雛の目線を追って隅の方に視線を移す。辰真達は慌てて影に戻ろうとするが、それより早く赤い瞳が2人を捕らえた。鋭い眼光に射竦められ、たちまち身動きが取れなくなる。敵意を宿した眼差しが、鉄槍のような嘴が、ゆっくりと接近してくる。脳内で危険信号が鳴り響くが、身体を動かすことはできない。巨大生物に迫られた時に生じるこの感覚、何度体験しても慣れることはないな。

 辰真がそんな事を考えながら固まっている横で、月美もまた金縛り状態になっていた。しかし幸いと言うべきか、月美はデジカメを構えた状態で硬直しており、指一本を動かせるくらいの力は残っていた。

「!」

 闇を切り裂くように放たれるフラッシュ光とシャッター音。光をまともに受けた怪鳥が目を眩ませ動きを止める。

「今です!」

 月美の掛け声を合図に、2人は塔の外へと飛び出した。


 無我夢中で走る。先頭を行く月美がどの方角に向かっているのは分からない。おそらく直感任せなのだろうが、辰真は後を着いていく事だけを考えていた。すぐ後ろから怒気をはらんだ足音が追い上げてくるのだから無理もない。数分間の疾走の後、周囲を取り巻いていた空間の歪みが突然正常に戻り、馴染み深い屋上の光景が目に飛び込んでくる。無事に屋上に戻って来たのだ_と言い切れるほど幸運の女神は優しくなかった。


 2人が出てきた場所は例の破れたフェンスのすぐ横であり、真正面には奈落へ通じる崖が待ち構えていた。そして先に飛び出した月美は、崖で止まろうとして大きくバランスを崩した。

「あっ……」

 両腕が空をかき、重心が激しく下に引っ張られる。そしてあっけなく月美の身体は虚空へと投げ出され_

 そうなる直前、彼女の右腕を辰真の右手がしっかりと掴んだ。そのまま渾身の力で引っ張り上げる。

「た、助かりました……」

 月美はその場にへたり込む。最悪の事態は免れたが、まだ助かったわけではない。2人の背後で鳴り響く足音が、追っ手がすぐ傍まで迫って来ている事を示していた。


 ひとまず、あいつの脚の間を通り抜けて用具小屋に入るしかない。そこで籠城したとしていつまで保つか……

 辰真が考えを巡らせていると、突如頭上からエンジン音が降り注ぐ。仰ぎ見れば、薄紫色の夕空を渡って赤白の影がこちらに接近してきている。それは揺木市山岳救助隊のレスキューヘリだった。その姿を見るなり、怪鳥は雛を守るためなのか異空間の方へと急いで引き返していく。更にヘリが近付き、乗組員の姿が視認できるようになる。運転席には前にもヘリを操縦しているのを見た事のある初老の男性。そして、助手席に座って窓から手を振っているのは我らが城崎教授だった。



 こうして辰真と月美は先生に救出され、閉鎖屋上を脱出する事ができた。彼らの証言と過去の類似事件の記録から、今回の事件の真相について以下のような仮説が立てられた。


 例の怪鳥はやはり時空の渡り鳥の一種であり、過去の事件ではキュポラスと名付けられていた。キュポラスは金属元素を摂取することで体の表面を硬質化させる特性を持ち、そのためか金属物質が多い場所に営巣する習性があるらしい。一方2人が閉じ込められた廃ビルは、何十年も前にこちらの世界から空間ごと分離して異次元を彷徨い、時折こちらの世界と繋がる次元漂流区域であったようだ。


 異次元を漂う廃ビルをキュポラスが発見し、絶好の住居として巣を作る。更に、警戒心の強いキュポラスは巣の周囲に波動エネルギーによる結界を張った。その結果として屋上全域に歪みが生じ、出入り口が消失する結果となった、というのが今回の事件の真相であるようだ。


 しかし、失踪した男性や手帳の持ち主の行方は未だに分かっていない。彼らは次元の狭間に落ち込んで消えたのか、それとも今でも異次元空間の何処かを彷徨っているのだろうか。そして揺木市警により裏路地が封鎖された数日後、廃ビルも忽然と消失し、通りには異次元の痕跡も残っていなかった。


 異空間を漂い続けるキュポラスの鳥籠。次に現れるのは、あなたの街かもしれない。


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