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第20話 閉鎖屋上の鳥籠 3/4

 もう一度、辰真達の現在の状況を確認しておこう。2人がいるのは一片20mほどの正方形の大地の上、もっと簡潔に言うとビルの屋上である。頭上には青空が広がり、太陽が眩しく照り付ける。そして周囲の空間も霧がかった青一色で、他の建物などの姿は確認できなかった。地表は剥き出しのコンクリートで覆われ、ベンチ数脚と敷地中央の小屋(月美によると用具置き場らしい)の他は何も存在しない。本来ならば階段に繋がっている小屋がもう一つあるはずなのだが、付近を何度見て回っても痕跡すら発見できなかった。つまり、2人はいつの間にか屋上に閉じ込められていた。


 正方形の各辺には頑丈な鉄柵が設置されており、2人の力では壊すのも乗り越えるのも不可能。もっとも、柵を抜けられたとしてもどうやって地上に下りるかという問題があるし、周囲の空間の事を考えると地上に下りても帰れる保証はなかった。

「今分かってるのはこんなところか」

「森島くん、大事な所を忘れてますよ」

 月美が屋上の片隅を指差す。そうだ、危険なことに鉄柵が破れて大きな隙間が空いてるんだった。ひょっとするとこの隙間が屋上からの唯一の脱出口、かつ行方不明の男性の行き先なのかもしれないが、その結論に達するのはまだ早い。この屋上をもっと詳しく調べてみた方がいいだろう。


「じゃあ、改めてここを調べてみましょう!」

 2人は敷地の中央に佇む小屋へと向かう。先ほど月美が入った時はすぐに辰真に呼び戻されたので、詳しく調べている暇がなかったのである。小屋の中には工具や掃除用具、空の段ボール等(いずれも数十年前の代物)が満遍なく散らばっていたが、部屋の中央付近の道具は最近動かされた形跡があり、人間一人が座れるほどのスペースが確保されていた。誰かがこの小屋を少し前まで使っていたのは間違いない。

 狭い室内を手分けして探索する。ロープのような脱出に使えそうな物は見つからなかったが、部屋の隅に投げ捨てられていたボロボロの手帳を月美が見つけてきた。

「それ、例の行方不明の人のか?」

「分からないですけど、きっと何か手がかりがありますよ」

 月美が後ろから覗き込む中、辰真が手帳をぱらぱらとめくっていく。持ち主はかなり几帳面な性格だったらしく、ほとんどのページにびっしりと文字が書き込まれている。日付を見る限り、この手帳が使われていたのは数十年前、高度経済成長期の只中のようだ。このビルもその頃は真新しかったのかもしれない。

 内容は仕事や日常生活に関するメモばかりだったが、最後の数ページは非常に興味深いことが書かれていた。「屋上に閉じ込められた」という記述、この小屋を含む屋上一帯の描写、謎の物音への言及。ページが進むにつれ書き込みは少なくなっていき、最後のページはただ一行のみ記され、そこで書き込みが途切れている。


「鳥を見た」


 その一文をみた瞬間、2人は思わず顔を見合わせた。



 よく晴れた昼下がり。太陽光を反射して白く輝くコンクリートの大地に、涼やかな風が吹きつける。がらんとした屋上にはベンチに座っている学生が二人。遠目には仕事をサボって休憩しているようにしか見えない彼らだが、実情はそれほど気楽ではなかった。

「はあ……暑いですねここ」

 月美は赤フレームの眼鏡を外して白いハンカチで汗を拭きつつ、水筒の水をちょこちょこと飲んでいる。

 その横では辰真が例の手帳を読み返していた。

「何か分かりました?」

「そうだな」

 脱出の手がかりになりそうな記述は見つからなかったが、気になる点が無いわけではない。


「稲川、ここに入ってから変な音を聞いてないか?何というかこう、鳥の鳴き声みたいな」

「鳥の鳴き声ですか……すみません、聞いてないと思います。森島くんは聞いたんですか?」

「さっき一人でいるときに聞いた。気のせいかもしれないが」

 辰真は「鳥を見た」という文章を見つめながら答える。あれが気のせいではなかったとして、何の音だったのか言い切る自信はない。鳥の鳴き声というのもこの文章を見て思いついたことだ。


「アベラント事件で鳥って言うと、トバリみたいな渡り鳥でしょうか。でも姿が見えない鳥なんて聞いたことないです。先生なら何か知ってるかもしれないですけど」

「そういえば先生はまだ来ないのか?というかこの場所が分かるのか?」

「それは問題ないと思いますよ。これがありますから!」

 月美が再び波動発信機を取り出す。画面は相変わらず点滅しており、波動エネルギーを発信し続けているようだ。

「波動エネルギーはアベラントエリアの外へも届く効果があるんですよ。先生が外部で波動をキャッチすれば、きっとこの場所に来てくれるはずです」

 月美は発信機に強い信頼を寄せているようだが、辰真はそれほど安心した気持ちにはなれなかった。いくら外に通信できるといっても、この場所が既に異次元空間に隔離されていたらどの道近づけないんじゃないだろうか。とはいえ今はまだ日も高く、救助の心配をするのは少々早いか。辰真を手帳を月美に渡すと立ち上がった。

「ちょっとそこらをもう一周してくる。稲川もこれに目を通しておいてくれ」

「はい!」


 その後しばらく、2人は交代で屋上の探索と手帳の解析を行ったが、どちらも成果は上がらなかった。用具小屋の中を引っくり返し、外部も鉄柵の隙間の先以外は隈なく調べたが、新しい手がかりは発見できない。時間だけが空しく経過し、気付けば頭上には夕闇が迫っていた。

「やっと暑さが和らいできましたね!」

 冗談めかして言う月美だったが、その声には少しばかりの疲労が感じられる。波動発信機は未だに点灯を続けているが、先生の救援が来る気配はない。水筒の水も半分以下になってしまった。直に日も暮れる。心配事が次々と浮かんでくるが、辰真も月美も敢えてそれを口に出そうとはしなかった。


「ここの出口がなくなっちゃったのは空間の歪みが発生してるからなんでしょうか?先生の言うとおりなら、波動エネルギーが関係してる?」

「かもな。この状態じゃ何も分からないが」

「ですよね……」

「それにしても、波動エネルギーって何なんだろうな?空間に影響すると言われても、正直あまりピンと来ない。そういえば米さんも妙な装置を使って探知してたな。いや、あれは波動じゃなくてオーラだから別物なのか?」

 独り言に近い辰真の呟きを聞いた瞬間、月美の表情がさっと変わった。

「あっ……!」

「え?」

「そうだ、あれですよあれ!確かこの中にっ」

 そう言うが早いか月美はリュックの中をあさり始め、やがて見覚えのある物体を取り出した。それは二本の金属製の棒で、それぞれの先端にコイル状に螺旋を描いた針金が接続されている。

「それは確か、前にハリノコの巣穴を探すのに使ったやつか?」

「はい!これぞオーラメーターです。米さんから一つ譲ってもらったんですよ。波動エネルギーは「気」とか「オーラ」という名前で呼ばれることもあるので、ひょっとしたらと思って持ってきたんですけど……すっかり忘れてました」

 周囲の物体が放つオーラを探知する機能を持つダウジングロッド。オーラメーターはその最高級品であり、現在の状況を打破するのに絶好の機器と言えた。それを事前に準備できる月美の勘は流石と言う他ない。……できればもっと早く思い出して欲しかったところだが。


「よし、とにかくそいつを使ってみるか」

 というわけで、月美は早速オーラメーターを両手に一本ずつ持って構えた。辰真が試しに波動発信機を近づけてみると、明らかに発信機の方に向かって振れ始める。これなら上手くいくかもしれない。

 2人が屋上をうろうろ歩き回っていると、やがてロッドは一定の方向に強く振れ始めた。四角い大地の辺境、壊れた鉄柵にも近い一帯で、一見すると何も無い空間だ。2人はロッドの導きに従い、そちらの方向へ歩みを進める。オーラメーターは常に一定の角度で振れ続け、その後を追う彼らの足跡もいつしか渦巻のような曲線を描いていた。ロッドの先端に意識を集中させていた2人は、なかなか気付かない。いつの間にか周囲の空間が歪み始めている事に。


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