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第20話 閉鎖屋上の鳥籠 2/4

 揺木市繁華街の外れ、倉池にもほど近い静かな裏路地。男性が最後に目撃されたという一角の入り口に、辰真達は到着していた。聞いた通りの寂れた場所だ。歩道の両脇にはこちらを威圧するように建物群が立ち並び、それに日光が遮られているせいか日中にも関わらず視界は薄暗く、突然人間が消失しても不思議ではないような雰囲気がある。偶然なのか、辰真達が着いた時には僅かに霧が発生しており、その雰囲気を助長していた。

「この霧は……」

 辰真が携帯電話の画面を確認する。表示は圏外。予想内ではあるが、これはアベラントエリアを形成する霧のようだ。

「それでは、早速これを使ってみましょう!」

 月美が嬉しそうにバッグから取り出したのは、銀色の懐中時計のような物体だった。蓋を開けると、文字盤の代わりに小さなモニターが嵌め込まれている。画面上には同心円が幾つも表示され、月美が横のボタンを押すと同心円がレーダーのように点滅し始める。

「これが例の波動発信機か?」

「はい!特災消防隊の袋田さん謹製の発信機です。ラジオニクス通信の原理を応用して波動エネルギーを常に発信してるから、アベラントエリア内からでも外部に位置を知らせる事ができるんですよ!相互通信はまだできないみたいですけど」

 波動エネルギーならアベラントエリア内でも問題なく通信ができる。辰真も過去の事件で何度か聞かされていたが、これも波動が空間に関係しているからなのだろうか。


「動作は問題ないみたいですね。これで安心してビルを探せます」

 2人は裏路地に足を踏み入れたが、間もなく困難にぶち当たった。いつの間にか濃度を増していた霧が周囲を覆い隠し、ビルを探すどころか路地から出る事すら危ぶまれるほど視界が悪くなっている。

「早速遭難しかけてるんですけど、どうしましょう?」

「どうするって言われてもな……ん?稲川、それは」

 辰真が月美の胸元を指差す。服の内側で何かが白く光っているのが、霧の中でもはっきり分かる。

「え?これは……」

 月美が首元から何かを取り外す。光の正体はペンダントだった。

「それは」

 そのペンダントは辰真にも見覚えがある。というか、彼も持っている。以前霧の洞窟を探検した際に手に入れた、ココムの金色の糸玉だ。玲によると、所持しているだけで持ち主に幸運をもたらすらしい。普段も時折光っているのを見たことはあるが、これほどはっきりと光っているのは始めて見た。やがて糸玉から放たれる光は一つに収束し、霧の中を突き刺すようにまっすぐ一方向へと伸びていく。

「森島くん、これってひょっとして!」

「……」

 そういえば、前にメリアに糸玉を見せた時、興味を持たれたことがあった。確か、「強いマナを感じますネ」と言っていたはずだし、実際ハーハラニを引き寄せていた実績がある。


「森島くん、この光の道を進みましょう!この光に沿って歩いていけば、ビルまで辿りつける気がするんです。だってこれは幸運の糸玉!きっとココムが導いてくれますよっ」

「そうだな、マナの力が宿っているらしいしな。光が消えないうちに行ってみよう」


 ココムの光に導かれ、二人は霧の中を進む。やがて突然、彼らの行く手を遮るように灰色の壁が視界に浮かび上がってきた。近付いてみて分かったが、それは壁ではなく年季の入った建物だった。外見は四階建て、外壁には所々ヒビが入っている。正面入り口はガラス張りになっているが、ひどく曇っていて中の様子は見えない。これらの特徴は、男性が入っていったとされるビルと完全に一致していた。

「思ったより早く着きましたね。さあ行きましょう!」

 何の躊躇もなく中に入ろうとする月美に、後ろから辰真が呼びかける。

「おーい、先生は無理に行かなくてもいいって言ってなかったか?」

「大丈夫ですって。発信機着けてますから!」

 そう言って月美は建物へ入ってしまう。仕方がない。彼女の後を追いかけ、辰真も廃ビルへと突入した。


 ビルの内部は澱んだ空気と埃が充満していた。元々はオフィスビルとして使用されていたようだが、今はどの部屋にも古ぼけたデスクが数脚取り残されているだけで、建物全体が長い間人々に忘れ去られている事が窺われる。施錠も全くされていなかったので各階の部屋を片っ端から調べてみたが、目ぼしい物も人間が隠れられるような場所も見つけることはできなかった。

 特に収穫のないまま四階の端まで到達すると、奥の角に小さな階段があった。どうやら屋上に続いているらしい。狭い傾斜路を上り、突き当りにある黒いドアを開け放った瞬間、眩い太陽光と爽やかな風が二人を包み込む。

 暗くて閉鎖的な建物内とは対照的に、屋上は開放的な雰囲気だった。頭上には抜けるような青空が広がり、広々とした敷地には休憩にぴったりなベンチも設置されている。


「ふう、風が気持ちいいですね。あ、あっちにも何かありそうですよ!」

 月美は軽々とした足取りで敷地中央の小屋に向かっていく。それを横目で見ながら、辰真は敷地を取り囲む鉄柵へと歩み寄る。4階建ての屋上だ、地上の眺めも悪くないだろう。が、柵に近寄るにつれ、次第に違和感が大きくなってきた。鉄柵の間から見える景色は頭上と同じく青一色、路上に並んでいたはずの他の建物はどこにも見えない。しかも所々が霧のようにぼやけている。まるで、このビルの周辺だけ霧で隔離されたかのようだ_


 辰真が自分の想像に強烈な不安を感じ始めたその時、どこかから奇妙な音が聞こえた気がした。微かながらも空間を切り裂くように何度も鋭く響き、聞く者の心を揺さぶるような音だ。辰真は反射的に屋上を見渡した。日光が降り注ぐ敷地には誰の姿も見えない。目に入るのは今しがた月美が入っていった小屋とベンチ数脚、そして周囲の鉄柵と、その周りに広がる青い空間だけだ。では、今の音は?辰真の不安感が急激に膨張する。最後に真後ろをゆっくりと振り返り、残念ながら不安が的中した事を知った。彼らが上って来た階段が、厳密に言うと階段に繋がっているドアと小部屋が、屋上から完全に消失していたのだ。


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