第19話 波動温室の植物園 2/4
〜異次元植物グレーピ他登場〜
アベラントエリア探索隊は森林地帯を進む。視界全体に繁茂する緑の草木は、一見するとこちらの世界の植物と変わらないように思えるが、よく見ると花や葉がどれもこれも見慣れない形をしている。それに気付いた途端に不気味な気分になり、辰真は緑から目を逸らした。
「森島くん気付いてますか?この辺に生えてるの、全部異次元植物です!」
隣を歩く月美は嬉々として周囲を撮影しまくっている。
「あまり撮ってると容量無くなるぞ。巨大生物に遭うまで我慢しとけ」
「でも、この一枚が後に異次元生物学史を塗り替えるかもしれないんですよ!あ、向こうの木も撮っといていいですか?」
「ちょっと待てって」
森の中に分け入ろうとする月美と追いかける辰真に、しんがりを務める高見が声をかける。
「おーい学生共、勝手にルートから外れるなら置いてくぞ」
後ろの方の隊員がそんなやり取りをしている間も、先鋒の時島と宇沢はコンパスを確認しつつ黙々と前進していた。
『そっちの様子はどう?』
通信機から袋田の声が届き、時島が回答する。
「周囲には見慣れない植物が大量に生えているが、特に危険な様子はない。このままエリアの中央に向かって前進する」
『そうか、何か異変があったらすぐに連絡してくれ。ところで宇沢君、そろそろ波動を放射してみてくれない?』
「了解」
宇沢が波動放出機のスイッチを入れた瞬間、ザザザザザという雑音が周囲に響き渡る。
「な、何だ!?」
一行はすぐに警戒体制に入るが、音の出所は外部ではなく時島の通信機だった。宇沢がスイッチを切ると雑音も止まる。
『ザザ……ごめんごめん』
袋田からの通信が回復する。
『うっかり忘れてたんだけど、通信機と放出機を一緒に使っちゃいけなかったんだ。どっちも同じ波長の波動エネルギーを使ってるから、同時に使うとこういう風に混信が起きるんだね』
「ったく、驚かせやがって」
『じゃあ一回通信を切るね』
こちらはクリッター内部のコントロール室。城崎教授・駒井司令・袋田の3人が、ラジオニクス装置で探索隊と通信しつつ外部にも指示を出している。室内中央の巨大モニターには、今しがた宇沢が放射した波動エネルギーを元に探索隊周囲の地図が作られ始めていた。といっても画質は非常に粗く、8bit時代のモノクロゲームレベルである。
「画面中央にいる点が彼ら5人か。両脇に並んでるのは木のようですね」
「やや分かりにくいが、そうでしょうな」
「すみません、現状ラジオニクス通信では音声のやりとりが限界で、画像は送れないんです」
「別にお前を責めてるわけじゃない。だがまあ、通信と波動放出は並行してできるようにした方がいいな」
「そうだよ、新たな知見が得られて良かったじゃないか」
「そ、そうですね。……うーん、やっぱり実現には研究材料が足りないよな。どこかに超科学装置落ちてないかな……」
彼らがそんなやり取りをしている間にも探索部隊は前進を続けていたが、突然視界を遮るように並んでいた木々が途切れ、平地へと辿り着いた。そこは森の一部を丸くくり抜いて作られた花畑のような印象の場所で、色とりどりの見知らぬ花々が咲き乱れていたが、中でも一番目立つのは中央辺りに密集している紫色の花々だった。花は一見すると円盤状だが、よく見ると小さな花びらが放射状に並んで円を形作っている。こちらの世界のキク科植物、特にタンポポによく似ていた。しかし大きさは大人の膝下くらいまであり、茎も大分がっしりとしている。
「わー、綺麗ですね!」
月美が早速花に近付き撮影を始める。
「そうか?ちょっと不気味な気がするんだが」
「森島くん、先入観で物を言うのはよくないですよ。こっちじゃ普通の花なんですよきっと」
『どうした?』
「いや大した事ないっすよ。妙な花が沢山生えてるとこに出ただけで」
『ほうほう、どんな花かな?』
「なんつうか、紫色のデカいタンポポみたいな」
『紫色のタンポポか……』
「先生、何か心当たりが?」
コントロール室内で袋田が教授に尋ねる。
「いやあ、残念ながら植物にはあまり詳しくなくてね。どうしたものかな、権田教授も専門は動物だし」
だが、植物愛好家は意外な所にいた。
「紫色か。クレピスのようなセイヨウタンポポの仲間なら可能性はあるな」
「駒井司令、詳しいですね」
「いえ、少しだけですよ」
「おーし、そろそろ進むぞ」
一行は、花の間を縫うように伸びる自然の小道を通って進もうとしていた。
「残念だけどそろそろお別れですね……え?」
最初に異変に気付いたのは、撮影を終えて立ち上がりかけていた月美だった。
足元から聞こえてくる妙な音を察知し、紫の花を改めて眺める。紫タンポポの茎は何本かに枝分かれしていて、それぞれの先端に花が載っていたが、一本だけ途中で切断されたかのように断面が見えている茎があった。そのホース状の茎の先端から、地面に向けて白い液体が流れ落ちている。
「な、何だこれは!?」
その一本だけではない。彼らを取り囲むように生えている花々の全てから同様に白い汁が地面に注がれ、探索隊の足元にはみるみるうちに白い池が形成されていく。
「何だか分かんねーけどヤバイぞ、逃げろ!」
「でもこれ、くっついてますよ!」
月美の言うようにその液体は粘着性があるようで、池から餅のように伸びて一行の靴の裏に付着している。
『おいどうした?状況報告しろ!』
「例の紫の花が粘性のある白い液体を分泌して通行を邪魔しています」
一行がパニックに陥りかける中、宇沢はあくまでも冷静である。
『白い液体か……とりあえずその場から離れてくれ。有毒物質の可能性もある』
『タンポポで白い液体……恐らくラテックスだろう。天然ゴムの成分なので粘性は高いだろうが、毒性は無いはずだ』
『司令、やっぱ植物にめっちゃ詳しいじゃないですか!』
『たまたま知っていただけだ』
「稲川、じっとしてろ」
辰真が腰からスイコを引き抜き、月美の靴裏に向ける。両手でグリップを握り、恐る恐るトリガーを引くと、圧縮された熱湯が矢のように直線を描いて噴出された。湯気を立てながら熱湯が着弾すると、固まりかけていた粘液が僅かに溶ける。そのままスイコを連射し、何とか粘液を靴から剥がすことに成功した。
「凄いです森島くん!」
更に宇沢と時島が蛇口状の茎をスイコで片っ端から狙い撃ち、白い液体の流出を止めさせる。周囲一帯に硝煙のように湯気が立ち込める中、一行はどうにか花畑から離れることができた。
「ふう、助かったぜ」
「白い池から脱出しました。花畑を迂回して先に向かいます」
『了解。気をつけてくれ』
一行は森林地帯の奥深くに分け入っていく。進むにつれ、今まで周囲を覆っていた樹木特有の爽やかな匂いは少しずつ薄れ、嗅いだことのない、恐らく花の香りと思われる匂いが混じってくる。同時に視界の一部に白い霧がうっすらと立ち込め始めた。
「森島くん、ちょっと嫌な予感がするんですけど」
「ああ、何かいるな。この先に」
「何だお前らもか。やっぱ異次元事件に関わってると直感が鍛えられるのかもな。おい時島、聞いてただろ?本部への通信頼む」
「分かった。宇沢君、放出機を一旦止めてくれ」
「了解」
『もしもし?』
「おう袋田、例のやつでこの辺の地図って作れるか?」
『うん。宇沢君が定期的に波動を出してくれてるおかげで君達の周辺の地図はできてる。そこから先は霧が出てるみたいだけど、波動レーダーならある程度無視して地図を出せるはずだ。ちょっと待ってて』
やがて大型モニターに、探索隊周囲の地図が徐々に描き出されていく。画面中央には彼ら5人を示す5つの赤い光点が点滅している。そしてその右斜め上方向に、彼らの数倍はあろうかというほどの大きさの光点がくっきりと映し出されていた。
『そこから1時の方向に20mくらい進んだ所に巨大生物反応あり!』
「了解。何か特徴は分かるか?」
『画面上の話だけど、さっきから一切点滅してない。つまりその場を動いてないから、君たちに気付いてない可能性が高いよ』
「よし、それじゃ早速行ってみようぜ」
「こちらが気付かれていないのなら、二手に分かれて挟み撃ちにするのはどうだ?」
「……いや、視界も良くないのに下手に分かれるのは危険だ。ひとまず遠距離から様子を見るべきだろう」
一行は袋田の指示通り、北北東の方向にそろそろと進んでいく。10mほど進むと大樹が生えていたので、その影から巨大生物がいるとされる場所を覗いてみることにしたのだが、樹の裏側は濃い霧が立ち込めていて全く見通すことができない。
「よーしタツ、出番だぜ。巨大生物の姿をその目で確認して来い」
「あ、はい」
高見さんに仇名で呼ばれるほど仲良くなった記憶はないぞと思いつつ、辰真は再び暗視ゴーグルで霧の中を覗き込む。本部からの情報が正しければ、そこには動かない巨大生物が赤い影として映るはずだ。しかし……
「見えないですね、巨大生物なんて」
霧の背後の景色を見渡してみても、熱源として確認できるのは地面すれすれに生える小さな草花のみ。巨大生物の影などどこにもない。
「なんだと?ちょっと貸してみ……見えねーな、何にも」
高見の目でも、やはり巨大生物を確認することはできなかった。
「おい袋田、その地図間違ってんじゃねーのか?」
『そんな馬鹿な。確かに波動レーダー装置はまだ不完全だけど、そんな大きなミスをするとは思えない。何か大きな見落としがあるのか……?』
本部での原因解明には時間がかかりそうだったので、とりあえず高見と時島の2人だけが先に行って様子を見ることになった。ウモッカとスイコで武装した2人が霧の中をそろそろと進んでいく。5mも歩くと霧は薄まり、周囲の景色が肉眼でも見えるようになる。だがやはり、視界に入るのは小さな草花だけで巨大生物は影も形もない。
「やっぱりデカい奴なんていないよな。装置の故障なんじゃねーのか?」
「静かにしろ。何らかの方法で身を隠したのかもしれないだろう」
2人の隊員は、前後左右を警戒しながら草地の中央へと歩を進める。周囲全体を見渡せる場所に来ても、やはり生物の姿は確認できない。それにしてもこの辺りの花は、小さい割に随分匂いが強い_
「ん、ありゃ何だ?」
それを先に見つけたのは高見だった。おそらくは植物と思われる、リボンのように細長くひらひらした物体が、地面と垂直に伸びている。あまりに細すぎて暗視ゴーグルでは気付かなかったのかもしれない。
「気をつけろ、巨大生物反応と関係があるかもしれない!」
「まあ警戒はするけどよ」
2人はその物体にじりじりと接近し、2mほどの距離をとって観察する。
この距離にまで近付いて初めて分かったことだが、その蔦状の物体は地面から真っ直ぐ生えているのではなく、上から垂れ下がっていた。だが、上方は霧に覆われてよく見えない。
「やはり怪しい。罠の可能性が……って高見!何をしている!?」
時島が思案している隙に、いつの間にか高見は垂れ下がっている蔦を掴んで引っ張っていた。
「あ、悪い。実家の電気紐を思い出してつい」
「君という奴は……」
呆れながらも周囲を警戒する時島。しかし特に変わった様子はない。
「……何も起きないな」
「やっぱただの紐だったか_」
数秒後、緊張感が途切れた瞬間。いきなり何本もの蔦が、2人を取り囲むように落ちてきた。
「I?」
反射的にしゃがみ込む2人。しかし追撃は来ない。恐る恐る上を見上げると、蔦状植物の先端は彼らのすぐ頭上をゆらゆらしている。どうやら射程は地上1mが限度のようだ。だが、2人に安堵する暇は無かった。彼らの頭上を覆っていた霧は今や薄れ、上空に潜んでいた異形の存在がその姿を現し始めたのである。




