第19話 波動温室の植物園 1/4
午後1時、城崎研究室。朝からの苦労の甲斐あって現時点で積まれていたレポートの全消化に成功した森島辰真は、ここに来て新たな課題に直面していた。夏休み後半に控えるYRKの夏合宿。その手配を任されていたのを完全に失念していたのである。
まず宿泊場所をどこにすべきか思いつかない。折角だから揺木市を離れて観光地に行きたいという気持ちもあるが、今から予約するんじゃ遅すぎる気もするし何よりプランニングが面倒くさい。というより、この手の準備をした事がないので塩梅が分からないというのが実情だった。
もう開き直って、近くの角見神社にでも一泊して適当に済ませればいいかもしれない。どうせ合宿といっても課題があるわけでもなし、いつもの飲み会のように米さんがUMAに関する与太話を吹聴し、それに玲が噛み付いて月美がはしゃいで結果的にグダグダになる流れが目に見えている。そうだ、角見神社にしよう。あの巫女に頼んでみるか––
辰真が合宿案件を適当に処理しようとしていたその時、研究室に稲川月美が飛び込んできた。
「森島くん、揺木中央公園にアベラントエリアが発生したらしいです!公園一帯と角見神社に注意報が出てますよ。早速調査に行きましょう!」
「……」
やっぱり揺木市外の方がいいかもしれない。
一方揺木消防署の特災消防隊ルームでは、隊員の一人にして異次元研究者の袋田直己が机でうなり声をあげていた。
「うーん、波動、波動……」
「どうしたよ袋田、腹でも痛いのか?」
通りすがりの高見が声をかける。
「違うよ!波動エネルギーについて考えてたのさ。波動の本質とは一体何なのか、ラジオニクス通信以外の用途に最適化する方法は何か。まだまだ課題が山積みだよ」
そして袋田は、聞かれてもいないのに異次元エネルギーについて語り始める。
「波動やオド、オルゴン、あとマナとかエロプティクとか、今まで数多くの異次元エネルギーが発見されてきたし、それぞれ異なる性質を持つことも分かってる。最近じゃエスパーじゃなくても超科学装置が使えるようになってきたし。ま、超科学装置なんて大抵はインチキ扱いされてるから、現代に本物は殆ど残ってないんだけど。それに、異次元エネルギーについての体系的な理論が発見されてないから、研究が基礎的な段階から中々進まないんだ」
「ふーん。でもよ、こっちに来てから異次元事件は沢山起きてるだろ。それで何か分かったりしてないのか?」
「うん、揺木市に来てからデータは沢山集まってる。城崎研究室の皆さんの協力もあるし。でもまだサンプルが足りないんだ。あともう少し、何かきっかけがあれば仮説が立てられそうなんだけど……」
再び袋田がうなり始めたその時、室内にアベラント事件発生を告げる警報が鳴り響いた。
揺木大学から街道を挟んで反対側、角見神社を擁する旭山の麓に広がる森林地帯。揺木中央公園は、この森林地帯をくり抜くように作られた市内最大の自然公園である。東側はヒャクゾウで有名な百畳湖が広がっているが、西側には運動場やアスレチック施設が点在している。そして今、4レーンの楕円形をした運動場の半分は完全に霧に覆い隠されていた。
「いやー、久しぶりに綺麗なアベラントエリアが出たね!」
「これに綺麗とか汚いとかあるのか?分からねえ……」
運動場の残り半分の方には、大型の消防車が堂々と停車している。特災消防隊専用車両「クリッター」だ。ちなみにもう一台の「ムベンベ」は、グラゴンとの戦闘で破損したため未だ修理中である。袋田達が調査準備をする間にも、アベラント事件調査の関係者が続々と集結してくる。
クリッターの横では市役所職員達が机を並べて調査本部を作り始めているし、味原警部補率いる地域課警察官の一団も公園周辺の警備のため集まっている。そして霧のすぐ傍には、城崎教授率いるいつもの研究室メンバーがいた。
「森島くん、何か見えます?」
「そうだな」
辰真が暗視ゴーグルを装着しアベラントエリアを覗き込む。エリア内は霧のせいで肉眼で見通すことができないが、サーモグラフィー映像ならばある程度の様子は分かる。眼前には黄色の木々が立ち並び、青い草花が地面にびっしりと生えているが、巨大な熱源は確認できない。
「すぐ向こうから草木が密集してるな。森みたいだ」
「ついさっきまで運動場だった所に森ができてるんですか?すごい繁殖力です」
「いや、既に空間のねじれが発生しているのかもしれない。今後エリアが更に膨張する可能性があるな」
市外から駆け付けた城崎教授の分析に、特災消防隊の駒井司令が反応する。
「では、怪獣がいなくとも浸食が広がる場合があるという事ですか?」
「ええ、報告事例はあります。ただ今回の場合は、エリア内に巨大生物がいる可能性も依然として高いです。いずれにせよ、早急にエリア内を探索すべきですね」
こうして、アベラントエリア探索部隊が結成された。メンバーは、城崎研究室から森島辰真と稲川月美、特災消防隊から高見、宇沢、時島。「未知の森林地帯に車両で突っ込むのは安全上も環境上も望ましくない」という教授の意見から、クリッターはエリア横で待機し、袋田は通信要員として残ることになった。
「それじゃ、装備を確認するよ」
袋田が作業台の上に異次元装備を置き始める。
「まずはこれ。特災消防隊専用アクアランチャー「ウモッカ」だ。前回は色々あって使えなかったけど、今度こそデータを取りたい」
「そういやまだ使ってなかったな。楽しみだぜ」
テンションを上げる高見とは対照的に、時島は疑問を投げかける。
「しかしこれは、消火栓に繋いでいない限り数発で弾切れになった筈だ。こういう探索には向かないのではないか?」
「お、鋭いね時島君。確かにウモッカは水源が無いと撃つことができなくなる。だから今回は、ホースをクリッターに繋いだまま持っていってほしい」
「つまり、ホースを引きずって行けってことか?」
「その通り。少し不便だろうけど、こっちで位置を把握するのに便利だから」
「迷った時の道しるべにもなるわけか。合理的だな!」
「分かってくれて嬉しいよ。次はこれ」
続いて袋田はハンドガンらしき武器を複数並べていく。銀とオレンジという特災消防隊らしいカラーで塗装されているが、本物の銃なのかモデルガンなのか、素人の辰真達にはよく分からない。
「これは?」
「新たに開発した特災消防隊専用熱湯銃「スイコ」だよ。要するに熱い水鉄砲だから、特に免許がなくても誰でも使える優れものさ。今のところは」
「じゃあ、1つお借りしてもいいですか?」
「森島くん、玩具じゃないんだから無闇に撃っちゃダメですよ」
「分かってるって」
「あとはこれかな」
最後に袋田は拡声器のような物を取り出した。
「これは波動レーダー装置用の放出器。中に入ったら定期的にこれを周囲に放射してほしいんだ。波動の反射をクリッターのレーダーでうまくキャッチできれば、周辺地図が作れるかもしれない」
「……それは俺が引き受けよう」
「よし皆、準備はいいか?」
アベラントエリア探索部隊が各々の装備を整え、エリア横に集合する。ウモッカは高見が担ぎ、波動放出機は宇沢、本部とのラジオニクス通信機は時島が持つ。更に高見以外の消防隊2人+辰真がスイコを携行し、月美は記録係としてデジカメを構えている。
「それでは探索に出発します!」
先頭を務める時島が通信機越しに駒井司令に宣言し、一行はアベラントエリアに入っていった。




