第18話 南島の雷 2/4
店に入った時点で月美は相当体力を削られていた様子だったが、運ばれてきたアイスコーヒーを一気飲みしたことで一息ついたらしく、驚くべき情報を辰真達にもたらした。
「え、停電?」
「そうですよ、昨日の夜からこの辺り一帯はずっと停電状態なんです。結構大きな騒ぎになってるんですけど、知らなかったんですか?」
「ずっとここにいたから全然知らなかった。というか、この店はずっと電気通ってたぞ」
「そこです!周りのお店はぜーんぶ閉店なのに、ここだけ営業してるから変だと思ったんですよ。……わたしが暑い中停電の原因を調査してるあいだ、森島くんに何度も連絡したのに全然出ないから、この近くで調査してるのかなと思ってたら、ずっとメリアのお店でバカンス気分だったんですか。羨ましいですね」
SDAHLが普段以上に繁盛して、いつまでも居座ろうとしてた客もいたのはそういう理由だったのか。
それはそうと、いつもより月美の態度が辛辣な気がする。辰真も別に怠けていたわけではないが、仕事が忙しすぎて着信に全然気付いてなかったのは確かだから何も言えない。
「そ、それで、停電の原因は分かったのか?」
「今のところ異次元生物の目撃情報はないですけど、怪しい光の球が街中を浮遊してるのを何人かが目撃してます。それが弾けた瞬間、周囲の建物の明かりが全部消えちゃったとか。プラズマ現象かもしれませんね」
「なるほど。停電はしばらく直らないのか?」
「絵理さんが送電所に問い合わせたんですけど、停電自体は短時間で復旧できるそうです。でも現在進行形で各地で停電が起きてるから、対処が間に合わないって」
「つまり、原因を突き止めて叩かないと解決しないわけか……」
「そうなんです。停電の正体は、異次元生物なのかプラズマなのか。わくわくしますね!」
月美は今にも調査に再出発しそうな勢いだが、体調は大丈夫なんだろうか。
「そう言えば、どうしてこの店は停電しなくて済んだんだろうな。そのプラズマか何かが偶然ここをスルーしたのか?」
「今日は朝からお店にいましたけど、オープンの時もタツマとお仕事してる間も特におかしいことはなかったですネ」
「だよな」
「いえいえいえ、ちょーっと待って下さい。森島くんってここでバイトしてるんですか?初耳なんですけど」
「アエ、とても助かってます。タツマはもうオハナ、家族と同じですヨ」
「……はい?」
「いやメリア、その言い方はちょっと日本語的にだな、稲川もそんなに冷たい目で見ないでくれよ……」
いつのまにか話が妙な方向に進んでいる。仕方ないので、昼にメリアと会ってからの経緯を詳しく説明することにした。事件の解決には役立ちそうにない情報ではあったが、話を聞いているうちに月美の気分も落ち着いてきたようだ。
「そうだったんですね。森島くんが遊び歩いてたわけじゃなくて安心しました。ところでメリア、今度わたしもSDAHL でバイトしてもいいですか?一度でいいからカフェで働いてみたかったんです!」
「ヒキ ノー(分かりました)!ツキミもいつでも大歓迎ですヨ」
話が一段落したところで、今後の調査についての打ち合わせに移る。
「送電所からデータを貰ったので、次に停電が起きそうな場所は絞り込んでいます。プラズマ現象を実際に目撃すれば正体が分かるかもしれませんし、早速行ってみましょう!」
「よし、出発するか。メリア、今日はありがとうな」
「ワタシも調査に行ってもいいですカ?」
「え?いいですけど、どうして?」
「強いマナを持った子が近くにいる、そんなヨカンがします。このお店が無事だったのも、同じようにマナの強い場所をケイカイしてるからかもしれません。マナのことなら力になれると思いますヨ」
確かにメリアの推測は説得力があるし、本当にマナ生物が関わっていたとすると、専門家の意見を聞けるのは心強い。というわけで、メリアも加えて調査に出発することになった。
辰真達3人は調査の協力者である綾瀬川絵理と合流、彼女の小型バンに乗って現場に向かうことになった。絵理は揺木日報社会部の記者で、現在はアベラント事件の取材を中心に活動している。
最近はアベラント事件の発生が増加し、城崎研究室からの情報提供もあってアベラント事件の記事が連日載るようになり、ちょっとした名物状態になっている。
「あなたがSDAHLの看板娘ね?最近話題になってるって聞いたわよ」
「アロハ、メリア・ミサ・マヒナウリです」
「あーん可愛い!ねえ、今度お店に取材に行ってもいい?」
後部座席で綾瀬川記者がメリアを質問攻めにしている間にも、辰真が運転する小型バンは繁華街の外れを進んでいく。
「はい、次の信号を右に曲がって、倉池の方に向かってください」
助手席で地図を広げる月美が行き先を指示する。
「倉池か、なんか嫌な予感がするな。どうすんだ、俺達の手に負えない奴が出てきたら?」
「大丈夫ですよ。わたし達の役目はあくまで初動調査ですから、まずは原因を突き止められれば充分です。それに市外調査中の先生も、連絡を受けてこっちに戻ってきてるとこですよ」
「そういや先生は最近しょっちゅう遠出してるが、市外調査って具体的に何をしてるんだ?」
前学期も半分くらいは研究室に居なかった気がする城崎教授だが、夏休みに入ってからはグラゴン事件の時しか顔を見せていない。
「もちろんアベラント事件の調査ですよ。最近は揺木市以外でも異次元事件とか、怪獣の出現する予兆とかの観測例が増加してますから、全国各地の自治体から引っ張りだこなんです。事前に手を打ってアベラント事件の発生を予防したりしてるみたいですよ」
「それは凄いな。できれば市内の事件も予防しといてほしいが」
「やだなあ、先生がいない時こそわたし達の腕の見せどころじゃないですか。揺木の平和はわたし達の手にかかってますよ!」
「俺は単位が欲しかっただけなのに、いつのまにか揺木の平和を背負わされていた……」
そんなことを話している間にも小型バンは前進を続け、やがて周囲には寂れた様子のビルや家屋が目立ち始める。市内でも随一の荒廃度合いを誇る地域、倉池に既に入っているようだ。
「次に停電が起きる可能性があるのはこの辺りです。さっそく怪しい場所を探しま_」
その時、突然バンの右側から爆竹が破裂したような音が聞こえた。車内全員の動きが止まる。
「何だ?」
「あっちです!」
破裂音が聞こえてきたのは車道の右側に広がる区画内だ。そこは一見空き地のようだが、奥には古びた倉庫のような建物が見える。
「ここは……?」
「ちょっと待って。ええと、元々自動車部品とかを手がける町工場だったらしいけど、今は廃棄されてるみたい。当然誰もいない筈よ」
絵理は既に周囲一帯の情報を把握しているようだ。辰真がゆっくりとハンドルを切り、フェンスの隙間から車を敷地内に侵入させる。だが数mも進まないうちに、辰真の視界の隅に何か異様な物が映った。彼は即座にブレーキを踏み、バンは軋り音を立てながら急停止する。
「きゃっ」
「カイ(なんですか)?」
バチバチと火花を散らす光の球が、ゆっくりと浮遊しながらフロントガラスに接近してくる。急ブレーキのおかげで衝突は免れたが、光球が車体を掠めた瞬間、閃光と共に車両が大きく揺れ、4人は思わず下を向いて目を閉じた。
「み、みんな大丈夫?」
「ワタシはOKですヨ」
「こっちも平気ですけど、車が……」
辰真が座る運転席周りのダッシュボードからは、光が完全に消えていた。エンジンもかからず動かすことができない。
「みんな無事で良かったです」
「これ保険効くわよね?会社の車なんだけど……」
「車はひとまず置いておきましょう。怪しい場所は分かりました」
4人がかりでバンを押して敷地の隅に移動させ、先生への目印のために発煙筒を打ち上げた後、彼らは改めて廃工場に向かい合った。よく見ると入り口のドアは開け放たれており、光の球はそこから出てきたようだ。




