第17話 ハワイアン・イリュージョン 3/3
派手な見た目で空を飛び回り、木々や電柱に尾ビレで攻撃を加えるハーハラニの姿は当然ながら他の人々の目にもつき、市に通報が相次いだ。
「つーわけで、俺達に招集がかかったってわけだ」
間もなく第一校舎を訪れたのは、辰真達とも顔見知りの、特災消防隊員の高見と袋田だった。高見はオレンジと白に塗装されたごつい金属の筒を背負っている。
「高見さん、それは?」
月美の質問に袋田が答える。
「特災消防隊専用アクアランチャー「ウモッカ」。昨日配備されたばかりの新装備だよ」
「他の装備と違って持ち運べるってのがいいよな。早くぶっ放したいぜ!」
「……ちなみに、それはどれだけの殺傷力があるんですか?」
「うん。ウモッカは原理的には水鉄砲の強化版だけど、猛獣でも一撃で気絶する程の威力があるよ。あのマンタも一撃で__」
「アオレ(ダメ)!」
突然、2人の前にメリアが立ちはだかった。
「えっ誰だよこの子、留学生か?」
「ハーハラニはホントは大人しくて、みんなにマナをくれるいい子ですヨ!攻撃しないでください!」
「そうですよ、可哀想じゃないですか!」
「国家権力が市民から神秘を遠ざけるなんて横暴だぞ!」
「ややこしくなるから米さんは黙ってて」
「他の方法を検討することはできませんか?」
いきり立つ3人を玲と共になだめながら、辰真が提案する。
「そうは言ってもね……なにも僕達だって攻撃したいわけじゃないけど、あのマンタがそこら中で木を枯らしたり、電柱を傾けたりしてるって大勢から苦情が来てるんだ」
「ま、俺たちの立場上市民の声を無視するわけにはいかねーからな。あいつが今すぐ大人しくならない限り、ウモッカを使うしかない」
「袋田、点検はどの位かかる?」
「うーん、10分もあれば終わると思うけど」
隊員二人は、装備の最終点検を行うため校舎裏手の倉庫に入っていく。
「……どうする?」
「コウゲキの前にハーハラニを大人しくさせるです。協力してください!」
「もちろんです!」
「うむ。国家権力の横暴を見過ごすことはできん」
その場にいた全員がメリアに賛同する。
「さっきの話だと、残された時間は10分くらいね。いい方法はあるの?」
「強いマナでハーハラニを呼んでから、皆さんで少しだけ動きを止めてください。そしたらワタシがプレ、お祈りして悪いマナを消します。うまくいけば5秒くらいで大人しくなるはずですネ」
「そういえばハーハラニはマナの強い物に襲いかかるんだったな」
「アエ。木とかケーブルをコウゲキするのも、ちょっとだけマナが流れてるからですヨ」
だからあの時、周囲でマナが一番強かったメリアを真っ先に襲ったという事か。待てよ、だとすると__
「じゃあハーハラニを誘き出しても、またメリアが最初に襲われるんじゃないか」
「え、それはマズいんじゃないですか?」
「ダイジョウブ、今はマナの強さを抑えてます。今ここで一番マナが強いのはそれですネ」
メリアが指差したのは、辰真の持つ繭玉だった。
「アウマクアのマナを持ってるモノ、多くありません。それを使えばハーハラニを呼べるはずです」
「ココムの繭玉なら私と月美も持ってるわ。3つもあれば充分でしょ」
「誘き出すなら、わたし達の研究室近くに丁度いい場所がありますよ!」
「消防隊の足止めは任せておきたまえ!」
迅速に話は進み、メリアとYRKメンバーによるハーハラニ沈静化作戦が決行されることになった。
数分後。
「政府の権力濫用!アストレイアによる情報統制!市民の目をいつまでも誤魔化せるとは思わない事だ!」
校舎裏の倉庫前にはバリケードが築かれ、米さんがメガホンを手に叫んでいた。演技なのか素なのか分からないが、とにかく凄い熱演である。熱演過ぎて消防隊とは別の公的組織にしょっぴかれないか心配になるほどだ。
「流石米さん、完成度が高いですね!」
「オー、あれがガクセイウンドウですカ?」
「メリア、ああいう人には関わっちゃだめって覚えとくのよ」
「ところでアストレイアって何だ?」
「世界を牛耳ってるって陰謀論で有名なイルミナティの下部組織で、情報統制を担当してるとか何とかだけど、信憑性はお察しね。さ、早く行きましょう」
その場を米さんに任せ、辰真達4人は作戦現場に向かう。
作戦の決行場所に選ばれたのは、月美の提案通り城崎研究室の周辺だった。この辺りは大学の敷地の端なので民間人が巻き込まれる心配は少ないし、つい先日は特災消防隊とグラゴンが戦闘を繰り広げるなど充分な広さがある。そのおかげで周囲のあちこちに戦闘の跡が残っていたりするが、それも彼らには好都合だった。
「森島くん、準備できましたー?」
「ああ」
辰真は一人、平地の中心に立っていた。少し離れた茂みの後ろに月美と玲、そしてメリアが隠れ、彼の様子を見守っている。
「じゃあ始めるぞ」
辰真は右手を掲げ、手にした細長い棒を頭上に突き上げるとゆっくり振りはじめる。この棒自体は研究室にあった単なる物干し竿だが、その先端には金色に輝く繭玉が3つ括りつけられている。これはハーハラニを誘き寄せる撒き餌であり、要するに辰真はマンタを一本釣りする役目を任されたのである。
間もなく、獲物はやって来た。東の空に菱形の影が現れたかと思うと瞬く間に巨大化、こちらに接近して急降下を始める。明らかに狙いはマナを放出するココムの繭玉だ。急いで棒から手を離し、その場から離れる辰真。物干し竿が地面に転がり、その真上から覆いかぶさるようにハーハラニが落下する。そして着地した瞬間、地面がまくれ上がりマンタは地中にめりこんだ。
「やりましたっ!」
月美が歓声を上げる。そろそろと穴の縁に戻った辰真が見下ろすと、ハーハラニは直下のに嵌ってもがいていた。ここはグラゴンの残した戦闘跡の1つで、埋め立て途中の穴がクレーター状に残っている場所。その上に布を被せて地面に偽装し、即席の落とし穴を作ったのである。辰真が手を上げて合図すると、猛獣捕獲用ネットを手にした月美と玲が近寄ってくる。ここまでは計画通りだ。後は3人がかりで上からネットを被せ、メリアのお祈りで大人しくさせればいい。
……しかし、そう簡単にはいかなかった。ハーハラニは穴から出ている長い尾ビレを振り回しはじめ、そこから分かれた影体がロープのように伸びると、一瞬のうちに辰真の足首に巻き付いた。
「!?」
状況を理解できないままに穴に滑り落ちていく辰真。そのままマンタの背に激突し、その反動かハーハラニは一層強く暴れ出す。
穴に駆け寄ってきた月美と玲が唖然として見守る中、ハーハラニは辰真を背に載せたままゆっくりと浮上を開始した。
「も、森島くーん!」
辰真が周囲を見回す余裕を取り戻した頃には、ハーハラニは既にかなりの高さまで上昇していた。周囲の景色はどんどん下降し、木々や人影はみるみる小さくなっていく。慌ててマンタの頭部あたりにしがみ付く辰真だったが、ハーハラニとしては彼を振り落としたいらしく、旋回や回転を何度も繰り返す。しかし辰真も落ちたら一巻の終わり、死にものぐるいでホールドを続け、結果としてハーハラニは強風を受けて飛ばされる途中の凧のように出鱈目な動きで空中を彷徨うことになった。
「森島くん頑張って!」
「落ちたら死ぬわよ!」
月美達の声援は、残念ながら辰真には届かなかった。激しく上下する視界、揺さぶられる三半規管。それに耐えながらマンタにしがみ付き続けていると、不意に揺れが収まった。
どれだけの時間が経ったのか分からないが、ハーハラニは姿勢を安定させていた。正面斜め下方向に浅く角度をつけ、一直線に下降している。どうして急に大人しくなったんだ?混乱する辰真だったが、マンタが向かう先を見て全てを察した。芝生から出て来たメリアが再度祈りのポーズをしている。おそらくハーハラニを誘き寄せるためにマナの濃度か何かを強めたのだろう。でもこのスピードで突っ込めば、メリアもマンタも自分も只では済まない。頼むから止まってくれ!彼の必死の思いとは裏腹にハーハラニは角度とスピードを上げ、翼竜型コースターも真っ青な速度で地表に急降下していった。
加速する景色の中、遠くにあった筈の地面が急激に拡大して眼前に迫ってくる。そして、その中央にいる人影に、勢いよく激突_する寸前、彼らに何かが絡みつき、衝撃を吸収して動きを止めた。
彼らを捕まえた猛獣捕獲用ネットがそろそろと地上に下ろされると、月美が駆け寄って辰真だけを網から引っ張り出す。
「森島くん、だ、大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな……」
「ったく、無茶しやがって」
両脇からネットを支えていたのは、特災消防隊の高見と袋田、ついでに米さんだった。ハーハラニの迷走中に、月美たちが呼んできてくれたらしい。
「でもそんな無茶、嫌いじゃないぜ」
「ウモッカを撃たせないために、わざわざハーハラニと一緒に空を飛ぶなんてよくやるよ」
「いや、それは……」
「うむ!世界を動かすのはいつだって市民の意思なのだよ」
何か勘違いをしている彼らは置いておいて、まだ問題は残っている。ネットを破りそうな勢いで暴れているハーハラニだ。
「メリア、お願い!」
「アエ!」
玲の叫びに応えてメリアがネットに駆け寄り、暴れるハーハラニに寄り添うように屈むと今度こそ祈りの言葉を紡いでいく。やがてハーハラニは大人しくなり、神々しい虹色の光を放ち始めた。
「ヒパヒパ(やった)!ハーハラニがホントの姿に戻りましたヨ」
メリアがネットを押しのけ、ハーハラニを解放する。その背面は既に赤と黒の縞模様から鮮やかな虹色へと変化していた。放たれていた禍々しい威圧感は完全に消え去っている。やがてハーハラニは緩やかに浮上すると、ふわふわとした動きで辰真の方に近付いてきた。思わず身構える辰真だが、次の瞬間にはマンタから伸ばされた半透明のヒレにハグされ、何とも言えない暖かな光に包まれていた。同時に体力が凄い勢いで回復していくのが分かる。もしも辰真のHPゲージがその場に表示されていたなら、一瞬で満タンになっていたことだろう。
「タツマにマナを返してくれてるですヨ」
「あ、ああ、ありがとな」
やがてハーハラニは辰真から離れ、周囲に虹色の粒子を振りまきながら空高く上昇する。虹の粒子が降りかかると、萎れていた木々や草花も瞬く間に生気を取り戻していく。
「すごい、とっても綺麗です!」
「それに、何だかとっても温かいわね」
「ハーハラニは、吸収したマナを増やすことができます。それをみんなにも分けてくれてるですネ」
「ま、あの分なら攻撃の必要もなさそうだな」
「今度は最初から機嫌のいい時に会いたいもんだ……」
空飛ぶマンタは、揺木中に虹の雨を降らせながら、天空の彼方へと消えていった。




