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第17話 ハワイアン・イリュージョン 2/3

〜南国幻鱏ハーハラニ登場〜


「!?」

「ハーハラニ?」

 彼らの頭上のパラソルが一瞬で吹っ飛ばされ、同時に二人は地面に投げ出される。平らな菱形の影は左右の鋭角をひらひらとはためかせ、空中を泳ぐように舞いながら上空へ戻っていく。よく見ると菱形の鈍角の片方から長い糸のような物質が伸びており、もう片方には小さな突起が二つ生えている。


 その姿は凧のようにも見えたが、もっと似てる物体を辰真は見たことがあった。空ではなく海中を舞うように泳ぐ大型魚、マンタだ。と言っても、そいつは辰真が以前水族館で見たことのあるマンタとは少々違っていた。空を飛んでいる点もそうだが、全身が僅かに発光しているし、背面は赤と黒の縞模様で、なんとも言えない禍々しさを滲ませている。


 空飛ぶ菱形の影は再び地面に向けて急降下してくる。その先にいるのは、起き上がりかけているメリア。明らかにマンタは彼女を狙っていた。

「危ないっ!」

 間一髪メリアを突き飛ばして逃がす辰真だったが、代わりに自分が地面に転がることになり、真上からマンタが覆い被さってきた。

「タツマ!!」

「うぐ……」

 うまく身動きが取れない。何しろ体の大部分が分厚い毛布に覆われてるような状態な上、その毛布がバタバタと暴れまわっているのだ。というか、重い。早く脱出しないとヤバいぞ。もがく辰真の上で、マンタは長い尾ビレをブンブン振り回し始める。すると、突然尾ビレが二つに分裂した。片方は元の色だが、もう片方は半透明の影のようだ。そして半透明の方の尾ビレを下に伸ばし、辰真の体にぶすりと突き刺した。

「ぐぁっ……」

 痛みは感じなかったが、体から力が抜けていくような感覚に襲われる。尾ビレを通してエネルギーを吸い取られているらしい。段々と身体の自由が奪われ、指一本も動かせなくなる__

 寸前、マンタの動きが止まった。同時に誰かの囁きが辰真の耳に届く。声の主はメリアだ。目を瞑って両手を組み、祈るような姿勢で何かを唱えている。その声を聞いたためなのか、マンタは突然辰真から離れて浮かび上がり、空中へ逃走した。メリアが祈りを中断し駆け寄ってくる。

「タツマ、しっかりするです!タツマ!」



「タツマ、着きましたヨ」

「……ああ、サンキュー」

 辰真はメリアに支えられながら、どうにか研究室へ辿り着いた。メリアは医務室に連れて行きたがっていたが、それほど重症なわけではない。救急箱で充分だろう。

「悪いなメリア、もう大丈夫だ__」

 一人で歩こうとする辰真だったが、すぐにバランスを崩してよろめき、前方のソファーに倒れ込む。

「アウエー(まあ)!」

「大丈夫だって。少し休んだら、また大学の案内するから」

「ダメです!」

 メリアがぴしゃりと言う。

「タツマはハーハラニにマナを吸収されたですから、しばらくアンセイにしててくださいネ」

「な、何に?」

「ハーハラニ。伝説の空飛ぶマンタで、海の神カナロアの化身の一つと言われてます」

「ハーハラニか……日本では聞いたことがないな」

「アエ。ワタシも日本にいるとは思いませんでした。でも……」

 メリアの声が沈む。

「怒ってるハーハラニは、マナの強いモノに近付き、吸収するシュウセイがあります。タツマはワタシを守って……ワタシのせいで」

「いや、それは違う」

「いえ、あの子はたぶんワタシを狙ってました。だから、ワタシのマナをタツマに分けてあげますネ」


 真剣な眼差しでそう言うと、メリアはソファーに近付いてくる。

「ホントは、ムヤミに力を使っちゃダメなのですが」

 そう呟き、メリアは辰真の上半身を起こすと彼の右手を両手で包むように握る。次の瞬間、メリアの手から何か温かいものが辰真の体内に流れ込んでくるような不思議な感覚に襲われ、体内に少しずつ力が戻ってくる。

「これは……?」

 驚きを隠せない辰真だが、メリアの謎めいた治療はまだ終わっていなかった。今度は辰真の顔面に、メリアが顔を思い切り近付ける。

「メリア?」

「動かないでくださいネ」

 言われずとも動けなかった。テラス席の時より更に近く、お互いの吐息がかかるほどの距離。南国に咲く花のような芳香。月夜の海のように黒く輝く瞳。やがて辰真の意識はその瞳に飲み込まれ_


 ガチャン。

「こんにちはー!やっぱりここに居ましたね森島くん!未確認生物の情報はどうです……か…………」

 とんでもないタイミングで同期が入ってきた。いつものように元気良く入って来た月美だったが、中の光景を見るなり硬直し、やがて真顔になる。

「森島くん…………?」

「稲川、いやその、これはだな……」



「そうかそうか、メリア君はカフナの末裔なのだな!それなら強いマナを持っている事にも納得できる!」

 ここは揺木大学歴史研究会、略してYRKの部室内。先程の接触事故から月美が妙に不機嫌になり困り果てた辰真は、とりあえず2人を連れて部室に移動し、休み中も部室に陣取っている白麦玲や米澤法二郎を巻き込んでメリアの事を改めて紹介していた。そして話がハーハラニとマナに及んだ途端、オカルト好きの米澤先輩が並々ならぬ関心を見せ始めたのである。


「米さん、マナについて知ってるんですか?」

「当然知っている。超常現象研究家なら基礎教養に等しい」

 米澤先輩は、近くにマナの専門家がいることも気にせずマナについての解説を始めた。

「マナとは南洋の文明圏に伝わる超自然的エネルギーの総称だ。あらゆる物や動物、もちろん人間にも宿り、その力を使いこなせば人を癒すことから呪い殺すことまで自由自在と言われている。南洋諸国の王族はいずれも強力なマナを持っていたが、実際にはマナの行使は専門職、つまり神官が行なっていた。彼らはマナの扱いに習熟した特権階級であり、王族の次に高い地位を持っていた。この神官こそがハワイの言葉でいう「カフナ」だ。そして、メリア君はカフナの血を引いている。そうだね?」

「アエ。ワタシの祖母の家系、カフナの一族でした。今はもう、カフナって制度もなくなっちゃったですけど」

「じゃあ本当にメリアはマナを使えるんですね。凄い!」


「うむ。著名なマナ研究家マックス・フリーダム・ロングによると、人間には三種類の霊が憑いている。低位霊「ウニヒピリ」、中位霊「ウハネ」、高位霊「アウマクア」。カフナはこの三種の霊の力を借り、「キノ・アカ」と呼ばれる影体を通じてマナを行使する。その中でも高位の存在を司り、守護霊のような役割を持つのが「アウマクア」だ。先ほど森島君の持つ繭玉が「アウマクアの加護がある」と言われたのは、それだけ強い霊力が込められているということだろう」

「オイア ノー(そうです)。アウマクアの力は神サマの領域ですヨ。昔のカフナならともかく、現代でこんなに強いマナを扱えるヒトはいないです」


「つまり、「ココムの繭」にはそれだけの力が宿ってるってことね。メリアの話、わたしも信用するわ」

「ほう、この手の話をあっさり信じるとは、君にしては珍しいな白麦君」

「そりゃ、メリアは米さんより信用できそうですし」

「メリア、ハワイやマナの話、もっと聞かせてください!」

「アエ!」


 月美の機嫌はすっかり直ったようで、メリアとも打ち解けた様子である。良かった良かった。安堵する辰真の視界の隅、窓から見える景色の上方を、一瞬何かの影が横切った。窓に駆け寄って見上げると、赤と黒に光るマンタが上空を我が物顔で遊泳している。

「ハーハラニ!戻ってきたんですネ」

「あー……すっかり忘れてた」


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