第16話 実録!異次元社会学教室 4/4
揺木大学西部に鎮座する揺大体育館。築後30年以上が経過し、既に改築済の他校舎に遅れを取り続けていた体育館だったが、最近ようやく改修の手筈が整い、資材の搬入を待つだけとなっていた。しかし今、そんな体育館を前代未聞の事態が襲っていたのである。
「こ、これは一体……!?」
大学職員からの急報により現場に駆け付けた一行は、眼前の光景に唖然とさせられた。彼らの前に建っているのは見慣れた体育館ではあったが、その内部からは何かが集団で暴れまわるような音と壁への激突音が響き、激突音の度に建物全体がガタガタと揺れている。
「何が起こってるんだ?」
「確か、ここに異次元生物を保管してたんじゃ」
「ああ、そうか」
それを聞いた辰真の顔が密かに青ざめる。バロナの収容場所として体育館を提案したのは他ならぬ自分だ。
「いや、他にも原因があるはずだ」
先生が彼を庇うように言明する。
「バロナもノクターもメンダスも、基本的には大人しい生物なんだ。一緒の場所に置いておいたとしても、反発して暴れ出すとは考え辛い」
しかし、体育館の中で何かが暴れているのは事実だった。室内の照明が落とされているのか、窓から覗いても中の様子は分からないため、事態の究明には正面扉を開けて突入する他ない。万一に備えて警官隊が先陣を切ることになった。
「3,2、1、行くぞ!」
合図と共に警官隊が扉をぶち開け内部に突入、研究室メンバーも後に続く。そこで彼らが目にしたのは、薄闇に包まれた館内を乱舞するバロナの群れだった。その凄まじさたるや、稼働中の洗濯機の中で高速回転する洗濯物のごとし。突入部隊は巻き込まれないよう慌てて壁際に移動する。
「あれだ、あれを見たまえ!」
城崎教授が周囲の騒音に負けないよう声を張り上げる。彼の指差した先、天井付近に群がるバロナの隙間から、緑色の光が漏れている。それが室内の唯一の光源のようだったが、体育館の照明はあんな色だっただろうか。彼らの疑問を解消するようにバロナの群れが割れ、光源の正体が露わになる。浮遊しながら緑色の光を放つ岩石状の物体。それは明らかに、彼らが先ほど捕獲したメンダスだった。
「この暗闇、メンダス、そして緑の光……まさか!」
「先生!?」
先生は突然何かを思いつくと体育館を飛び出していく。辰真と月美が急いで先生の後を追って建物の裏に回り込むと、そこには見覚えのあるトレーラーが停車していた。確か最初にバロナの群れが出現した交差点で足止めを食らっていた車両だったような。行き先は体育館だったのか。
「やはりそうか」
「先生、何か分かったんですか?」
「ああ、体育館があんな状態になった理由が推測できた」
城崎教授は、驚くべき真相を語り始めた。
「おそらく最初に行動を起こしたのはノクターだろう。ノクターがここに連れてこられた時、体育館内には先客としてバロナの群れが既に収容されていた。中には天井近くを飛んでいる奴もいたことだろう。その場合、ノクターが警戒心を強め「影の天幕」を発生させるのは容易に想像できる」
「じゃあ、バロナ達が暴れはじめたのはノクターが原因で?」
「いや、それだけとは思えない。周囲が暗くなった程度でバロナがあそこまで暴れ出すとは考え辛いんだ。僕が見るにあと2つほど要因がある」
「あと2つ……」
「1つは勿論メンダスだ。体育館に運び込まれた時、メンダスはドラム缶に閉じ込められていたはずだが、バロナがぶつかったために解放されたに違いない。暗闇の中で自由になったメンダスは、習性として周囲にある光をコピーしようとした。でも影の天幕の中は光など全く無い。メンダスの能力は不発に……ならなかったんだ。あれが来てしまったから!」
先生がトレーラーの方向を指さしながら言い切る。
「あ、あれってトレーラーですよね。ひょっとしてあれが最後の……?」
「そう、あれが最後の要因だ。車両の上の方を良く見たまえ。何かがくっついていないか?」
「何かって言われても、上にはランプくらいしか……あ」
「ああ、あの色は……」
ようやく二人も気付いた。トレーラーの上部に付いているランプが、青信号と同じ緑色の光を放っていることに。
「自動車に備え付ける回転灯については、道路交通法を始めとする法令によって用途毎に色が指定されている。例えば赤は緊急車両、青は自主防犯車両、黄色は道路工事用車両といった具合だ。そして緑は、一定以上の大きさを持つトレーラーが使用できる色なんだ。そう、改修工事用の資材を運んで来たトレーラーを発見したメンダスは、回転灯が放つ光を増幅させて自らが緑色に強く輝いた。青信号どころではない光量の光を見てしまったバロナは更なる興奮状態に陥り、暴動を引き起こして今に至る。それが今回の事件の真相だよ」
「バロナ、ノクター、メンダス、そしてトレーラー。この4つが偶然揃っちゃったから起きた悲劇だったんですね。ようやく納得できました!」
「ああ、ある意味では奇跡的な事件だったとも言える」
「……って、納得してる場合じゃないですよ。どうすんですかこれから!」
辰真のツッコミに呼応するように、体育館が轟音と共に揺れ動く。
「せんせー早く戻ってきて!体育館が危ないわ!」
館内はもはや手がつけられない状態だった。バロナの群れが雪崩のような勢いで壁や柱に体当たりを繰り返し、その度に建物が悲鳴を上げる。
「みんな落ち着くんだ。まずはAMシートでメンダスを捕獲して、いや、先に化石でノクターを捕まえるか?っ駄目だ、もう手遅れか!」
「絵理さんカメラ止めて!」
「崩れるぞ、逃げるんだ諸君!」
(直後に大音響が鳴り響き、映像が途切れている)
「はあ……」
数日後、城崎研究室。辰真と月美は今回の件に関するレポートを書くために集まっていたが、全然筆が進まない。結局あの後体育館は崩壊。幸いなことに怪我人は出なかったが、体育館は一から建て直しになり、異次元生物も大半は逃してしまった。
「わたし達が研究室に来てから壊された建物、これで3つめですよね……」
「モグリの連中も逃げちまったしな……」
一時は研究室に入ってくれそうな空気だった見学の学生達も、体育館の崩壊を目の当たりにして全員が蒸発してしまった。今後うちについての悪い噂を流されないといいのだが。
「そう言えば、絵理さんが撮ってた授業ビデオはどうなったんだ?最後の方はとんでもない映像になってたけど」
「絵理さんは「いい動画が撮れた」って喜んでましたよ。うまく編集して、うちの宣伝用動画として提供してくれるそうです!」
「宣伝動画ねえ。あれで本当に宣伝になるのか……?」
結局、揺大のホームページ上で動画が公開されたのは夏休みに入ってからとなる。残念ながら宣伝効果で学生が入ってくるようなことは無かったが、映像そのものは一部の揺木市民の間でカルト的な人気を持つことになるのであった。




