第16話 実録!異次元社会学教室 2/4
〜夜鬼人ノクター他登場〜
揺木市東部に広がる住宅街の一画、藤ヶ丘の中にある小さな市民公園。ここに問題のモノはあった。
「ご覧ください。公園の中心に、突如として真っ黒いドーム型の物体が出現しています!」
綾瀬川記者の言葉どおり、公園の中央には漆黒のドームとでも言うべき半球形の物体が鎮座していた。ドームの表面は闇で塗りつぶされ、内部を見通すことはできない。
「先生、ずばり、あの正体はなんでしょう?」
「あれは一部の異次元人によって引き起こされる「影の天幕」と呼ばれる現象です。見た目ほど危険なものではありませんが、一応調査に行くのは研究室メンバーだけにしましょう。君達、準備はいいかい?」
「「はい!」」
先生の声を聞くなり、学生2人はすぐに鞄から懐中電灯を取り出した。
城崎研究室メンバーが闇のドームの中へ突入する。別に内部が異界と化しているような事はなかったが、中だけ昼夜が逆転しているかのように真っ暗で、光源がないとまともに進むこともできない。城崎教授が先頭に立って正面を照らし、辰真と月美がそれぞれ左右に光を当てる。更にその後ろから、ビデオカメラを夜間モードに切り替えた綾瀬川記者が続く。よく考えると綾瀬川さんは研究室メンバーじゃない気もするが、そこを指摘する人は誰もいなかった。
「本当に暗いですねー」
「ああ。こんなに暗くなっているから分かりにくいが、この公園は意外と狭いから遊具にぶつからないように気をつけてくれ。怪しい影を見つけたらすぐに知らせるように」
「了解」
数分後。
「先生、あっちで何か動きました!」
辰真の言葉を受け、二本のライトとカメラの光が一斉に向きを変える。やがてライトに照らされ、闇の中から人型のシルエットが浮かび上がった。体色は周囲に負けず劣らずの黒一色だが表面はつるっとしたマネキンのような質感。顔面はのっぺらぼうだったが両眼にあたる部分からは角が生えていて、鬼か悪魔のような姿にも見え不気味な印象を強めている。
「先生、あ、あれは……?」
「うん、やはりノクターか」
少し怯えた様子の綾瀬川記者とは対照的に、教授は合点がいったような顔で頷いている。そうしている間に異次元人はムーンウォークのような動きで移動を開始した。
「あ、異次元人が逃走を始めました!」
「待ってくださーい!」
「まあ落ち着きたまえ、暗闇での追いかけっこはこちらが不利だよ。一旦戻ろう」
教授は追いかけようとする月美と絵理を呼び止め、ドームの外に出るよう促した。
「ノクターは二本の角と巨大な翼を持った異次元人だ。その外見から鬼や悪魔の伝承の起源だという説もあるが、実際に人間に危害を加えた例はほとんど無い」
城崎教授は公園の片隅に学生達を集め、講義を再開していた。
「でも先生、さっきの異次元人には翼なんてなかったです!」
月美が質問を飛ばす。
「ああ、それにはノクターの能力が関連している」
「能力ですか?」
「あそこにある闇のドームの事さ。あれはノクターが翼を広げて自分の周囲の空間を包み込む事で生み出されたもので、一般には「影の天幕」と呼ばれている。発生条件ははっきりとは分かっていないんだが、ノクターは低空でしか飛べないから、自分の頭上を何かが移動したときに警戒心を強めるんじゃないかというのが有力説だ。今回に関しては公園の上空をヘリコプターか何かが通過したのかもしれないね」
「ドームに害はないんですか?」
一般学生からも質問が上がる。
「基本的には無害と言われている。だがごく稀に、天幕の中に長時間滞在した結果精神状態が不安定になったという報告があるから油断はできない。特にここは公園の中だからね、児童への悪影響は避けたいところだ。そこでノクター対策となるのが__」
そこに、公園の入り口で待機していた辰真が駆け込んできた。
「先生、例の物が届きました」
「お、早かったね。生物学教室にあったのかな?」
「いや、生物学教室には置いてなかったけど地学教室に化石があったらしいです」
辰真が金属製の頑丈そうなケースを城崎教授に手渡す。留め金を外すと、中に入っていたのは螺旋状に巻かれた貝殻の化石だった。
「不思議なことにノクターは、巻貝の仲間を目撃すると激しく動揺して天幕を解除するという習性が知られている。巻貝は彼らが仕える上位存在を象徴しているというなんて仮説もあるが、まだ真相は闇の中だ。これはアンモナイトの化石だから厳密には巻貝とは言えないんだが、まあ代用可能だろう。それでは早速試してみようか」
研究室メンバーが再びドームに突入する。先ほどとの違いは教授が化石ケースを抱えている点と、代わりのライト役として警官が一人同行している点だ。更にドームの周囲には、先生の要請を受けた警察官が等間隔に並んでいる。
「あ、向こうにいます!」
間もなくノクターが発見され、教授が即座にケースを開ける。再び背後に滑ろうとしていたノクターは、ケースの中の化石を見て痙攣したかのように震え出す。ケースを手にした教授が一歩一歩近づいていくと異次元人はその場にへたり込み、同時に彼らを覆っていた天幕がガタガタと震えだし、やがて強風で飛ばされたかのように闇が剥ぎ取られ、周囲に光が戻ってくる。闇はみるみる小さくなって異次元人の背中へ集まっていき、黒い翼を形作った。
「皆さん、お願いします」
先生の声を合図に警官隊が異次元人に駆け寄り、ノクターはあっけなく確保された。
「流石先生、達人の技ですね!」
「いやいや、大した事じゃないですよ。それじゃ大学に__」
だがしかし、教授達の帰還はまたしても延期された。その場に本日三度目となる電子音声が鳴り響いたのだ。
「はい、城崎ですが……え、今度は商店街に隕石が!?」




