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第15話 飛ばし穴のツチノコ 4/4

 そんなこんなで、辰真達は武道場の全ての飛ばし穴の位置を調べ終わった。

「そ、そんな馬鹿な……」

 米澤ががっくりとうなだれ、両手と両膝を畳につく。

「米さんのお陰で飛ばし穴の場所は全て分かりました。後は煙玉で飛ばし穴を消すだけなのに、どうしてそんなに元気ないんですか?」

「そうですよ、あと少しじゃないですか」

「いいや、君たちはまだ考えが甘い」

 米澤が立ち上がりつつ言った。

「確かに飛ばし穴の位置は全て判明したが、煙玉を投げ込むにはまだ早い。ハリノコが全然見当たらんではないか。あ、ハリノコというのはあの水色のウロコから僕が命名した品種名だが、目撃証言によると奴らは群れで存在するはずだ。しかし、今までの僕らの前に現れたのは一匹、多くても二匹程度。恐らくどこかの穴に群れで潜んでいるのだろうと思い、試しに全ての穴に落ちてみたというのに、どこにもいないではないか!」

 米澤の奇行の意味が明らかになったのは良いが、確かにツチノコが見えないのは気になる。辰真は道場内を見渡すが、既に粗方を調べ終わっている。これ以上探すなら岩をひっくり返していくしかない。


 月美も同様に室内を見回していたが、やはり何も見当たらなかったらしく、頭を振って言った。

「どこに行っちゃったんでしょう?うちの研究室ならともかく、ここは隠れる場所なんてほとんど無いのに」

 確かに、城崎研究室ほど散らかっていれば隠れ放題だろう。辰真はぼんやり考える。散らかってるだけじゃなく建物全体が傾いてるし。

「ん?」

 そういえば最初に里中主将が訪ねて来た時、「うちの道場も傾いてる」みたいな事を言ってなかったか?だが考えてみれば、数年前に建ったばかりで怪獣にも襲われてない武道場が傾いているのは妙だし、こうして中から見る限りは傾いてるようには思えない。ということは……


「里中主将、ちょっと来てくれないか」

 辰真が呼びかけると、襖の影から主将が顔を出す。

「室内にヘビは?」

「いや、全然いない」

「そうですか」

 そう言うが早いか、里中主将は飛ばし穴を避けるような華麗なステップを踏んで3人の居場所までやって来た。

「何でしょうか?」

「さっき武道場が傾いてるって言ってたが、具体的にはどの辺なんだ?」

「ああ、内側から見ると分かりませんけど、外から見るとあちらの壁が全体的に傾いているんです」

 里中は部屋の奥側を指差す。

「そうか……ところで、その辺りに気を感じたりしないか?」

「少々お待ちを」

 彼女は周囲の壁に手をかざし、少しすると驚いたように言った。

「気付きませんでした。ここに大きな気の溜まり場があります」

 主将が指差したのは奥の壁中央に備え付けられた床の間、正確に言うとそこに掛けられた掛け軸だった。

「そうかそうか壁面か!これは盲点だった」

 改めて掛け軸を眺めてみる。毛筆で力強く「燃えよ栄光」と書かれた、特に変わった所のない掛け軸だ。

「これはこの武道場建設に出資されたOBの方の筆によるものです。ちなみにボクシング部の」

「でも、本当にここに?」

「間違いないです!ほら、オーラメーターも大きく反応してますよ」

 月美の言うとおり、二本の金属棒は掛け軸方面に大きく振れている。


「では早速行こうじゃないか。それっ!」

 米澤はそういうが早いか、辰真達が止める暇もなく奥の壁に向かってジャンプした。すぐに壁に激突すると思われた米澤の全身は、掛け軸の手前に開いた大穴に吸い込まれるように消えていく。

「米さん待ってくださーい!」

「おい稲川……あーもうっ」

 月美、そして辰真も後を追って壁に飛び込む。漆黒の飛ばし穴を通過すると、やがてふわりとした感触が足を包み込む。周囲に広がる銀河を見る限りここもワームホールの内部のようだが、今までのように落下したりはしない。どうやら真横に発生しているワームホールの壁面に着地したらしい。なんとも不思議な空間ではあるが、それを気にしている余裕はなかった。壁面に貼りついた大量のハリノコが、内部に侵入した3人を取り囲んでいたからである。


「おお、これは……」

 ハリノコは3人の真横から真上まで、水色の流星群のようにびっしりと群れをなしている。どれもが舌を出したり鎌首をもたげていて、あまり歓迎的なムードではない。

「これは、素晴らしい光景だ……」

「感動してる場合じゃないですよ米さん。明らかに警戒されてます」

「おお、そうだった。稲川君、あれを!」

「はーい!久しぶりの登場、発煙筒ですっ!」

 月美がカメラから手を離し、見覚えのある赤い筒を取り出す。先ほどの会話の中で、月美もまた一つの仮説に達していた。煙でワームホールが消滅するというのは少し不自然だ。でも、本当に煙が苦手なのは中に住んでるツチノコなのだとしたら?煙玉を投げ込む事で中のツチノコが燻されて逃げ出すというのなら、筋は通るのではないか。試してみる価値はある。

「えいっ!」

 月美が火の付いた発煙筒をハリノコの只中に投げ込む。群れがざわつき、少しずつ後ずさり始める。間もなくワームホール内に煙が充満すると、ハリノコ達は一斉にホールの奥へ逃走を始めた。

「やりましたっ!」

「待て待てーい!一匹くらい捕まえさせろぉー!」

 米澤が虫取り網を振り回しつつ後を追いかけていく。辰真も月美と共に走り出すが、その途中でふと思い当たる。ちょっと待てよ、ハリノコが逃げればワームホールも消えるというなら、今その中にいる自分達は……?だがそれについて深く考える時間はなかった。彼らの背後からいきなり突風が吹き込み始めたからだ。

「う、うわあぁぁ……」

 3人はなすすべもなく突風にさらわれ、ワームホールの出口へと吸い込まれていった。


「!?」

 同じ頃、武道場内に残っていた里中主将も異常事態に直面していた。道場内の空気が振動を始め、畳に隠れていた飛ばし穴が一斉に開き始めたのだ。

「これは……」

 やがて飛ばし穴から空気が吹き出し始め、道場内の大岩小岩は残らず宙に浮き上がる。主将は急いで道場を飛び出すと、外に待機していた学生達を呼びに行った。


 それから数秒後、またしても西の裏山に落下していた辰真達3人は突然嫌な予感に襲われ、急いでその場を脱出。間もなく裏山に、武道場からワープしてきた岩の雨が降り注ぎ始めたのだった。


 数日後。辰真がハリノコ事件レポートの仕上げに取り掛かっていると、外出していた月美が研究室に戻ってきた。何枚かのチラシと小包を手にしている。

「里中さんからお中元が届きましたよ!」

 何重にも包装された小包の中には、綺麗な字で書かれた御礼状と菓子折が入っていた。

「本当に良かったですよね。武道館も元通りになって、体連の皆さんも練習できるようになったみたいですよ」

「まあな……」

 晴れやかな表情の月美とは対照的に、辰真は何故か浮かない顔をしている。

「どうしたんです?」

「いや、ちょっとな」

 事件は確かに解決したが、幾つか妙に気になる点がある。例えばハリノコ捕獲にあれだけ執念を燃やしていた米さんが、結局捕獲に失敗したのに悔しがる様子を見せず「ハハハ、こういう時もあるさ」などと笑って去っていったのは不自然だし、武道場の前にたむろしていたカメラ軍団の目的が不明なままなのも気になる。更に言えば、この御礼状と菓子折も学生同士にしては丁寧すぎやしないか。いずれも大きな違和感ではないのだが、こうも重なると何かある気がしてくるのだ。


「うーん、きっと気にしすぎですよ。気分転換に紅茶でも淹れてきますね」

「そうだな、頼む」

 確かに考え過ぎかもしれない。辰真は大きく伸びをしたが、その時テーブルの上に置かれたチラシに目が止まり、その一枚に釘付けになった。正確にはそれはチラシではなく、揺木大学新聞部が発行する「揺木タイムズ」の号外だったのだが。

「稲川、この新聞は?」

「え?ああ、校舎前で配ってたから貰ってきたんですけど、何か書かれてました?」

 辰真は無言で紙面を指差す。一面トップに大きく載っているのは武道場をバックにした里中主将の写真で、「合気道部主将、武道場の怪事件を華麗に解決」などという見出しが付いている。更に中段には「UMA研究家」という肩書きで米さんの写真付きコメントまで載っていた。

「えーと、これってどういう事なんです?」

「……やっぱりあの主将は油断ならないって事だな」


 武道場を解放した功績により合気道部は大きく発言力を強め、夏季練習の優先使用権を手中に収めた。そしてこの事件をきっかけに、体連でもトップクラスの権力団体へとのし上がっていくのだが、辰真達がその恩恵に与るのはまだまだ先の話である。


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