第14話 地底からの挑戦 3/4
「つまり城崎君の研究室はあの巨大生物によって地の底に沈んだわけか。なんと羨ましい……どうせなら私の研究室にして欲しかった」
「ははは、世の中なかなか思い通りにはいきませんね」
グラゴン対策本部には、揺木大学理工学部の権田生物学教授の姿があった。教授は動物全般に造詣が深いが、特にモグラの研究に関しては日本有数の権威であり、今回の事件にはうってつけの人材と言える。
一度地上に姿を現したグラゴンはすぐに大穴の中へ戻って行ったが、波動レーダー装置による測定の結果、まだ洞窟入り口から10mほどの位置に留まっている事が分かっている。どうにかしてグラゴンを再度地上に引っ張りだし捕獲するというのが対策本部の方針となり、権田教授が呼ばれたのも助言を仰ぐためだった。
「ううむ、見れば見るほどモグラを思わせる姿だ。いや待てよ、あんなに巨大化しているが、ひょっとしてあれは一年前に脱走したモグ吉なのか?ローヤルゼリーを与えすぎた影響でああなったのか、それとも例の薬品が_」
「先生、薬品はマズいって事でクルミに変えたじゃないすか」
「おお、そうだった」
権田教授と助手の学生の会話が妙な方向に行きかけているので、城崎教授が修正をかける。
「教授、あれはグラゴンと言う種族の怪獣で、モグラの変異体ではありません。近縁種ではあるかもしれませんが」
「そうか、それは残念。では資料を見せてくれ」
本部中央で権田教授がグラゴンの写真や映像に目を通し始めると、助手は辰真達の方に歩いてきた。彼の名は幕野紅介、通称マーク。揺木大学理工学部所属の三年生で辰真の友人である。
「ようタツ、まだ大学にいたのかよ」
「お前もな」
「お久しぶりです!」
「あ、稲川さんもお疲れ様!研究室が沈んじゃったんだって?休み早々大変だね」
「いえ、いつもの事ですから」
「いつもの事……?」
「そうだマーク、お前に謝らなきゃならない事があったんだ」
「何だよ急に」
「前に「モグラは研究室を壊さない」と言ったよな?あれは嘘だった」
「お、おう」
学生達がいまいち緊張感のない会話を交わしている間に、権田教授は資料に目を通し終えていた。
「ふむ、だいたい分かった」
「それで教授、早速で申し訳ないのですが、あいつへの対抗策を何が思いつきませんか?」
「仮説レベルだが、無いこともない」
駒井司令の問いかけに、権田教授はやや勿体振りながら答える。
「まず、モグラが暗い地中でどのように周囲の状態を把握しているか知っているかね?彼らは視覚が殆ど発達していない代わりに優れた嗅覚を持っているが、それだけではない。モグラの鼻先にはアイマー器官と呼ばれる特殊な感覚器官が備わっている。このアイマー器官で地中の振動を感じ取り、視覚の代わりとしているわけだ。そして」
教授はグラゴン(A)の写真の顔付近を指差しながら続ける。
「この巨大生物の頭部先端にも同様の器官が備わっている可能性がある。写真を見る限りでは視覚が発達しているようには見えないからな。こいつはこの尖った部分を土に当てて掘削しているのだから、器官があるとすればここが最も効率的だ。そして、それがモグラの器官と同質であるとすれば……紅介、例の物を」
「げ、あれを使うんですか教授?大学に無理言って特許取ったのに出願料分の儲けすら出せなかったあれを?」
「いいから早よ持ってこい!」
数分後、本部の前には2リットルペットボトルくらいの大きさの金属筒が大量に置かれていた。
「教授、これは一体?」
「私の発明品だ。モグラの嗅覚とアイマー器官を刺激する匂いと振動を地中に放ち、どんなモグラでも引き寄せる万能モグラ誘引装置。その名もモグライジング!」
「モ、モグライジング……」
「本当に効果あるのかこれ?」
「そりゃもう」
困惑を隠せない一行を代表した高見の質問に答えたのはマークだった。
「あまりに効き目が強すぎて地中のモグラが殺到するせいで全国から苦情も殺到、すぐに販売中止になった程です」
「紅介、余計な事まで言わんでいい!」
「成る程、それだけ効き目があるのなら勝機はある。教授、感謝しますよ」
駒井司令はそう言うと周囲を見回し、鋭い声を上げた。
「特災消防隊集まれ!これよりグラゴン捕獲作戦を開始する!」
十分後、大穴の表面には、特災消防隊員の手で巨大なネットが覆い被せられていた。これは消防庁御用達の紡績メーカーが開発した猛獣捕獲用ネットで、「耐久性と柔軟性に優れた新型素材製!もちろん緊急時の使用を想定して耐熱性もばっちりだ!」(時島談)。ネットの四隅には鉄製の重りが括りつけられている。そして穴の周囲を取り囲むように、モグライジングが何十本も地面に突き刺さっていた。
「よし、準備できたな。戻れ!」
本部から司令が隊員達に呼びかけ、付近で待機中のムベンベに移動させる。全員が現場から離れたのを確認すると、司令は教授二人の方を振り返った。
「これで問題ないでしょうか?」
「ええ、後はやってみるしかないでしょう」
「そうだな」
「分かりました。では、お願いします」
「よし」
権田教授が手元のスイッチを押すと、地面に刺さった全てのモグライジングが一斉に起動、地底に振動を送り込み始めた。すると間もなく、それより遥かに巨大な揺れが地の底から湧き上がるように周囲を包み込んでいく。
「来た来た来たぁ!」
ムベンベ内のコントロール室で袋田が叫ぶ。眼前のモニター内では、円筒形の物体が穴の中を急上昇している。そして、再び地底の弾丸列車ことグラゴンAが地表に勢いよく飛び出し、ゴールネットに蹴り込まれたサッカーボールのように網に包み込まれた。
「やりましたっ!」
本部の月美が歓声を上げる。網の抱擁を受けたグラゴンは地上でもがき暴れようとするが、身体をほとんど動かせずにいた。衝突の勢いを利用してネットと重りはグラゴンに何重にも巻き付き、怪獣の動きを完全に封じている。事前に計算していた通り、捕獲用ネットはグラゴンAを捕らえるのに充分な大きさだった。
「権田教授、うまくいきましたね」
「うむ、私の発明のお陰だな」
モグライジングで地下のグラゴンを誘き出し、出て来た所を網で拘束する「グラゴン捕獲作戦」は見事に成功、後は連行するだけになった。しかし_
「よし、それじゃとっとと捕獲を」
『待て!』
グラゴンに近付こうとするムベンベを、駒井司令が無線越しに制止する。隊長は気付いていた。少し前から怪獣の動きに僅かな変化がある事に。先程までは闇雲にもがくだけだったグラゴンは、今や小刻みに震えていた。
「!?」
突如、グラゴン頭部先端の角が分裂して網を押し広げ始めた。6枚の三角形に分かれた角は2本の棒状器官と各3枚ずつ繋がっており、その棒は首の付け根あたりから生えている。同時にグラゴンの後背部にも変化が起きていた。胴体に巻き付いていた鉄パイプ状の甲殻物質が2本の鉄塔のような形に変形、地面に垂直方向に着地し、その反動でグラゴンの胴体が高く持ち上げられる。既に限界まで広がっていたネットはその圧力でついに破れ、バラバラに弾け飛ぶ。
網の拘束が打ち破られた跡地に立っていたのは、二足歩行の怪獣だった。鋭い爪が三枚ずつ生えた巨大な上腕、胴体を支えるがっしりとした後ろ脚。全身のあちこちから生えているヒレ状の器官は、前の姿の時に雪かき板に見えたパーツと同じである。もはや見間違えようがない。その姿は、辰真達が本で見たグラゴンBと同じだったのだ。




