第14話 地底からの挑戦 2/4
「それで、お前らの研究室はそのまま地中に飲み込まれたってわけか?」
「そうなんですよ、あっという間でした」
「ちなみに研究室が怪獣に襲われたのは2回目、大学の施設が無くなったのは通算4回目ですね!」
「……移転した方がいいんじゃねーの?」
高見は教授達からの通報を受けて現場に駆けつけ、小型の梯子を下ろして3人を救出した後、学生から話を聞いていた。プレハブ小屋とはいえ建物一つが丸々消えるとは無茶苦茶な話だが、現場に未だ残る大穴と地下に広がる洞窟を見ては信じざるを得ない。そして学生達の話によれば、洞窟の奥に何か巨大な影が見えたらしく、稲川月美は「怪獣の仕業に違いないですよ!」と強く主張していた。尚、同じような陥没事故が市内の複数箇所で同時多発的に報告されているため、揺木消防署員が手分けして対応に当たっている。
「おーい、ちょっと来てくれ!」
話の途中で先生に呼ばれ、学生達は現場付近に急遽設置された対策本部(簡易テントとパイプ椅子数脚、テーブル一台で構成されている)へ向かう。本部では城崎教授と特災消防隊の駒井隊長が話しあっている所だった。
「先ほど洞窟の奥に見えたという黒い影について、教授に確認していた所だ。君達の話も聞かせてほしい」
「はい!と言っても、一瞬しか見えなかったんですけど……」
隊長の問いに月美が答える。
「黒くて先端が尖った物体が、洞窟の奥から突き出てました。大きさは2mくらいあったと思います。森島くんも見ましたよね?」
「ああ。俺は暗視ゴーグルを通して見たんですが、赤かった、つまり熱を持ってたから、多分生き物なんだろうと思います」
「ふむ。その尖った物体よりも下の部分については見ていないわけだな?」
「はい……」
「うーん、尖った部分か。爪なのか鼻先なのか、それが問題だ」
先生が意味深に呟く。
「えっと、どういう意味ですか?」
「地中を高速で掘り進み、洞窟を作ってしまう異次元生物の目撃例は、今までにも数多く報告されている。今回の場合、洞窟の形状からして恐らくはグラゴンの仕業だろう。ただ、少し問題があってね」
「問題?」
先生は持っていた本を開く。異次元生物に関する文献の一つだが、研究室の中に置いてあった筈だ。脱出の時に咄嗟に持ってきたのだろう。
「これが目撃されているグラゴンの姿の一つだ」
開かれたページには、何とも奇妙な怪獣の挿絵が載っていた。一言でいうと、モグラとラッセル車(除雪車両)を足して二で割ったような姿の代物だ。全身は毛皮に覆われた円筒形で、顔は黒い甲殻のような物質に覆われ、その先端は嘴のように尖って前方に突き出ている。更に体のあちこちに雪かき板のような器具が付属し、後ろの方には燃料パイプのような物体まで付いている。全体的に見ても、機械なのか生物なのかよく分からない。
「じゃあこの、これが洞窟を?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
そう言いながら教授が次の頁をめくる。そこには先程とは別の挿絵があった。今度は二足歩行の怪物だ。頭部はモグラっぽいが、胴体は一見するとカンガルーのように見える。全身に魚のヒレのような器官があるのも気になるが、最大の特徴は両腕で、其々の腕先からは分厚い爪が3枚ずつ生えている。穴を掘るのは勿論、攻撃にも充分使えそうだ。
「先生、こっちの子は何て言うんですか?」
「そっちもグラゴンだ」
「え?でも、グラゴンは前のページの……」
「そう。今問題なのはそこなんだよ」
城崎教授が改めて語り始める。
「モグラのような地底生物は、滅多に地上に姿を見せないだろう?グラゴンも基本的には同じで、本体が地表に出てくることは稀なんだ。現にグラゴン本体の目撃例は非常に少ない。そして更に困ったことに、数少ない目撃証言も2種類に分かれているのさ。すなわち、円筒形の姿と二足歩行の姿だ」
「じゃ、じゃあ、グラゴンって2種類いるんですか?」
「この2種が全く別の生物なのか、どちらかが見間違いなのかはまだ分からない。今の所学会では、円筒形の方をグラゴンA、二足歩行の方をグラゴンBと便宜的に区別している」
学生達は資料のページをめくり返し、二種類の挿絵を見比べる。除雪車両のようなAとカンガルーのようなB。この2体が同じ名前で呼ばれているというのも奇妙な話だ。
「いま地面の下にいるのは、一体どちらなんでしょうね?」
「そう!まさに今日、長年の謎が解決するかもしれないんだ」
先生の口調が急に熱を帯びる。
「幸い、今回は特災消防隊の皆さんもいる。うまくすればグラゴンを地上に引っ張り出せるかもしれない。本当の姿はAなのかBなのか、それとも知られざる真の姿があるのか。とても楽しみだよ」
「ま、俺たちに任せてくださいよ」
後ろで話を聞いていた高見が口を挟む。
「ん?そういや隊長、こういう大穴が市内の5箇所くらいで発生してんですよね?他の場所での目撃証言はなかったんすか?」
「いい質問だ高見」
無線で外部と連絡を取っていた駒井司令が振り返って答える。
「丁度、他の現場の隊員から連絡が来たところだ。怪獣本体の目撃証言も数件出ているようだな」
「そ、それで、証言ではどんな姿だったんですか?Aですか、それともB?」
「ああ、それがだな……」
珍しい事に、司令はやや困惑した様子で言った。
「証言者は4人いるんだが、2人は円筒形、2人は二足歩行型の姿だったと主張しているんだ」
「え?それって、どういう事なんでしょう」
「あくまで可能性の話だが、例えばグラゴンは幼生と成体で姿が変化する性質で、今回は親子連れが目撃されたという説が考えられるね」
「いや、怪獣が単体だったという点については目撃者全員が一致してまして」
「こんなのはどうよ。グラゴンは二つの形態に自在に変形できるとか」
「な、なるほど。地上用と地下用でモードを使い分けるんですね」
「高見さんも森島くんも、ロボットアニメの見すぎでは?」
一行ががやがやと意見を出し合っていると、周囲に突然サイレン音が鳴り響く。
「おーい!」
大学敷地内を颯爽と進んできたのは、鮮やかなオレンジ色の消防車だった。側面には白字で「特災」の文字。どう見ても特災消防隊の車両だが、辰真達が知っているクリッターでとは違い、その屋根には長大な金属製の梯子が積まれている。運転席には隊員の宇沢、助手席の窓から手を振っているのは袋田だ。消防車は大穴の近くまで進んで停車し、降りてきた隊員たちに月美達が駆け寄る。
「こ、これって、ひょっとして特災消防隊の新兵器ですか?」
「その通り!」
奥から出てきた時島が得意げに答える。
「特災消防隊専用車両第2号、通称ムベンベ。見ての通り梯子車ベースのカスタマイズ車だ。ちょうど点検が終わった所で、今回が記念すべき初出陣となる」
「おおー!」
「メイン装備の最新式ラダーは地上60mまで伸ばすことが可能!更にメインラダーの他、30m級のサブラダー2本を備えている。これにより、同時に3箇所の高所救助を可能としているのだ!」
「す、すごい!」
「確かに凄いですけど……」
辰真がムベンベと地表を交互に見比べつつ指摘する。
「今回はあまり役に立たないような……」
「え?」
「まー確かに、どんなに梯子を伸ばしたところで下方向には行かねーからな」
「……」
「…………」
「いやいやいや、そんな事はないよ!」
袋田が慌ててフォローに入る。
「ムベンベに搭載しているラダーは最新式だって言ったろ。なんとサブラダーはマニピュレーター、つまりロボットアームに変形が可能なんだ。あの洞窟の中も探る事ができる筈さ」
「そ、そうだぞ!ムベンベを見くびってもらっては困る!」
「マニピュレーター形態なら地下深くまで伸ばす事が可能だ……うまく動けばだけど」
「何いっ!?どういう事だ?」
「ごめん、メインラダーに予算をとられ過ぎて、ロボットアームのコンソールは簡易的な奴しか用意できなかったんだ。ジョイスティックで動かすんだけど、うまく動かすには慣れが必要なんじゃないかな……」
「慣れが必要?ただでさえ時間がないというのに__」
不満を言う時島の肩に手を置き、ドヤ顔で割り込んできたのは高見だった。
「どうやらジョイスティックの操作に慣れてる人間をお探しのようだな!クレーンゲームが得意な人は誰だったかな時島君?」
「こ、こいつ……」
やたら得意そうな笑みで高見がムベンベに乗り込むと、消防車はすぐに発進し、徐行しながら大穴の付近まで移動していく。やがてサブラダーの一本が天高く伸びるとガシガシと折れ曲がり、先端部が二つに割れ、巨大なマジックハンドのような風貌になった。アームは根元から屈折して下を向き、洞窟の内部へとまっすぐ降りていく。
「こうか?」
「うん、順調だ」
ムベンベ内部のコントロールルームでは、モニターに映し出されたモノクロの画面を見ながら高見が手元のスティックを動かしていた。画面にはアーム先端から放射された波動エネルギーの反射によって得られた洞窟内部の地図、及びアームの現在位置が表示されている。クリッターやムベンベに搭載されているラジオニクスシステムの機能の1つ、波動レーダー装置である。隣では袋田が画面をチェックしながら指示を出す。
「その先、内壁の間に何か挟まってるみたいだ。アームが実際に動くか確かめたいから、ちょっと掴んでみてくれない?」
「まかせろ」
高見の巧みなスティック捌きによりアームは柔軟に角度を変え、壁の間から突き出ている尖った影をガシッと掴んだ。
「よし、このまま引っ張ってみるか」
スティックが逆方向に倒され、アームが移動を開始する。が、途中で引っかかっているのか数m動いただけで止まってしまう。
「くそ、この、動け!」
高見がスティックを乱暴に動かす。
「もっと丁寧に扱ってくれよ!」
袋田の抗議の声をよそにガシガシ倒し続けていると、突然ガチャリと何かのロックが外れたような音がした。
「ん?」
次の瞬間モニター上のアームは猛烈な勢いで大穴の直下まで戻り上昇を始め、同時に激しい震動が車体全域を包み込んだ。
「な、何だ!?」
「あれ見て、あれ!」
混乱する高見に、袋田が鋭く声をかける。彼が指差した先のモニターには、地中から上昇してくるシルエットがはっきりと映し出されていた__
「な、ななな、何ですかぁぁ?」
激しい揺れはムベンベのみならず、周囲の地形全てに及んでいた。穴の縁に近付いていた学生達は慌てて本部へ避難する。やがて震動の激しさが最高潮に達した時、地面の下から巨大な円錐体が弾丸のように飛び出してきた。弾丸は土煙を巻き上げながら大地に着地する。それを最後に震動は収まり、砂煙が少しずつ晴れていき、怪物はゆっくりとその全貌を見せ始めた。
茶色い毛皮に包まれた円筒形の胴体。頭部からは黒く尖った角が突き出ているが、よく見ると角の部分だけドリルのように回転している。後ろ半身には鉄パイプくらいの太さの甲殻物質が大量に巻き付いており、全体的に機械のような印象を受けるが、それは紛れもなく生物だった。
「こ、これは……」
「とうとう正体を突き止めたぞ。地底怪獣グラゴンの真の姿は、Aだったんだ!」




