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第0話 角見神社の霊鳥 3/4

「なあ稲川」

 山頂付近にあるという祠を目指し、学生2人は淡々と山道を登っていく。その途中、先頭を行く辰真が後ろの月美に話しかけた。

「何ですか?」

「どうして異次元社会学を専攻しようと思ったんだ?」

「そうですね、お祖父様が揺木の怪奇事件に関する資料を集めてまして、小さい頃から書斎でよく眺めてたんです。大学に入ってから異次元社会学の研究室ができる予定だって聞いて、絶対そこに行きたいって思ってました。わたし以外に志望者が0人とは思わなかったですけど」

 少しトーンを落としながらも明るい声で語る月美。その笑顔が辰真には眩しく見える。どんな方向であれ、彼女は自分の行きたい道をはっきり決めているのだ。大学生後半にもなれば進路について考え始めるのは当然なのかもしれないが、辰真は未だ進路とまともに向き合えずにいる。始めの一歩になるであろう研究室選びさえも上手くいかない有様だ。怪奇事件を専攻したいという考えは理解し難いが、少なくとも自分よりは立派だと言える。


 そんな事を考えつつ歩いていると、不意に月美が声を上げた。

「あ!あれが祠じゃないですか?」

 月美の指差した先、山道から脇に逸れた小道の奥に、確かに小さな木製の祠があった。中にはトバリの羽根を象った例の鳥居のミニチュア版が入っている。相当な年代物らしくあちこちが変色しているが、定期的に掃除されているのか目立った汚れは無い。そして、その祠の両脇からはこれまた古ぼけた綱が地面と平行に張られている。背後の森への人間の侵入を防いでいたのだろうが、成長し膨張した木々に押し出されつつある現在では逆に森の拡大を防いでいるようにも見える。


 辰真と月美は綱の下をくぐり、森の中へと足を踏み入れた。おそらく数十年間放置されていたであろう内部は木々が好き放題に繁茂し、人間の通行もかなり難しい状態だったが、かつての歩道の一部と思われる敷石が辛うじて地面に残っていたため、そこを辿れば先に向かうことはできそうだった。

 苔むした石を頼りに進んで行くと、突然巨大な樹が2人の行く手を塞いだ。今まで見てきた樹の中でも群を抜いて太く、どこか荘厳な雰囲気を漂わせている。敷石がその樹の直前で途切れている事からも、これが「御神木」で間違いなさそうだ。


 根本に辿り着いた2人は御神木を見上げてみるが、緑の葉に覆い隠され上の様子は分からない。

「ここからじゃトバリがいるかも分からないか。登ってみるしかなさそうだな」

「そうですけど……うーん」

 ここまで来ておいて躊躇いを見せる月美。どうやら御神木によじ登るのに不安を感じているようだ。まあ気持ちは分からないでもない。そこで辰真が無言で一歩前に出る。

「森島くん?」

「俺が行ってくる。鞄が上にあるかもしれないしな」

 ここがトバリの住処なら、確かに勝手に入るのは失礼にあたるかもしれない。が、鞄を取られている今の自分にはトバリに文句を言う権利があるはずだ。そう理屈付けた辰真は、月美が止める間もなく御神木の枝に飛びつき、登り始めた。


「森島くーん、気をつけてくださいねー!」

 月美の声援を背に、辰真は少しずつ上に進んでいく。幸いこの樹には細めの枝が何本も生えているので、登るのはそう難しくなかった。やがて視界は緑の葉に包まれ始め、そのうち景色のほぼ全てが緑色になってしまったが、それでも上がり続けていると突然視界が開けた。

「ここは……?」



 緑の防壁に包まれた御神木の内部には、巨大な皿が載せられていた。小さな枝を沢山組み合わせて作られたものらしく、辰真が上に乗ってもびくともしないほど頑丈だ。おそらくはトバリの巣なのだろう。だが、その姿はどこにも見当たらない。まだ戻っていないのだろうか。辰真は周囲を見回す。巣の中にはトバリが持ち込んだと思しきパイプ椅子やらカラーコーンやらのガラクタが散在していたが、その中に見覚えのある物体が交じっているのに気付く。巨大な皿の反対側の端に転がっているのは、この数年苦楽を共にした辰真の学生鞄だった。


 今のうちに鞄を回収しようと巣を横切り始める辰真だったが、皿の中央あたりまで来た所で別の物が落ちているのに気付く。足元に散らばる緑色の細長い物体。一見すると葉っぱだが、見覚えのあるこの形は間違いなく鳥の羽根だ。他ならぬトバリの尾羽であることも今なら分かる。ただ、さっき見たのとは何かが違うような……


 尾羽に気を取られていたせいで、辰真は直前まで気付かなかった。御神木の上空に巨大な影が現れ、巣に向かって急降下してくる事に。赤茶色の翼が辰真の背後に降り立ち、彼の方に鋭い眼光を向ける。それに気付くが早いか、辰真は一目散に皿の縁に駆け寄り、巣の上から転がり落ちるように脱出した。


「森島くん、森島くん!大丈夫ですか!?」

「な、何とか……」

 辰真は無我夢中で御神木から滑り下り、気付けば地上への帰還を果たしていた。一歩間違えれば落下して脊髄損傷してもおかしくなかったのに、我ながら大したものだ。

「上の様子はどうだったんですか?」

「巨大な巣があった。鞄を見つけたところであいつが帰ってきて……そうだ、鞄は?」

 もちろん彼の鞄は地上に戻ってきていない。奪還するにはもう一度巣に登る必要があるが、トバリが帰還した今、その難易度は格段に増している。


「そうですか……他には何かありました?」

「役に立たなそうなガラクタ類が大量にあった。他に落ちてた物と言えば、あいつの羽根くらいだな。そうそう、これだよ」

 辰真が、自分と一緒に地面に落ちてきた緑の羽根を拾い上げる。

「それはまさしくトバリの尾羽!それに目をつけるなんて鋭いですね」

「さっきも同じのを拾ってたからな。いや、待てよ……」

 羽根を眺めて再度考え込む辰真。

「森島くん?」

「そうか、色だ!あいつの尾羽は全部緑色だけど、最初の羽根だけは赤かったんだ。なんだろうな、気になる……」

「赤い羽根、ですか。それ、今も持ってます?」

「いや。さっき衝突した時に落としたらしい。多分まだ中庭に落ちてると思う」

「じゃあそれを一旦探しに行って、それから研究室に戻りましょう。赤い羽根には、少しだけ心当たりがありますから」

 そう言うと、月美は城崎教授に電話をかけ始める。

「もしもし先生ですか?はい、ちゃんと繋がってます!こちらはトバリの巣を突き止めましたけど、ちょっと行き詰ってます。トバリの資料で幾つか確認したいのがあるんですけど、研究室にあるなら探しておいてほしいんですが_」


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