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第十二話 繭衛門の金塊 中編

                         ~巨大蚕ココム登場~


 こうしてYRKの3人は調査に出発した。最初の目的地は絹村の片隅にある「蚕神堂」。玲によると、建立以来改装や場所の移転は一度も行われていないので手掛かりが現存している可能性は高いらしい。辰真達が到着した時には小さい祠の周囲には誰もいなかった。

「絹村にしちゃ地味な所だな」

「わたしもこの辺はよく通りますけど、いつも静かですね」

「では、ちょっと失礼して」

 玲が祠の扉を全開にし、中に懐中電灯を差し込んだ。内部は小さな畳が敷かれ、中央の高台に毛糸玉のような物体が鎮座しているだけのシンプルな空間だ。毛糸玉は茶色っぽい色合いからしてかなりの年代物のようだ。

「これは?」

「ここのご神体で、蚕神の繭と呼ばれているわ。これこそ繭衛門が常に身に着けていた幸運のお守りだって言い伝えもあるけど、はっきり言って胡散臭いわね。……あれ、今ちょっと光らなかった?気のせいかしら」

 玲が訝しみながら懐中電灯で小屋の内側を照らしていく。誰かが定期的に掃除しているらしく、内部は古びてはいるが綺麗な状態を保っている。

「うーん……この中には手掛かりなんてなさそうだぞ」

 辰真の言うとおり、内部には何かを隠すような場所や意味深な模様などは見当たらない。すると、一歩引いた位置にいた月美がこんな事を言いだした。

「古文書には「朝陽差す場所」って書いてましたよね!つまり、朝日が昇る方角にヒントがあるんじゃないですか?」

「朝日が昇るっていうと、東か?」

 辰真が取り出した方位磁石を3人で眺める。蚕神堂は真上から見ると正方形だが、その四隅は東西南北とほぼ一致しているようだ。玲が祠の内部、東側の柱に光を当てる。

「やっぱり特に変わった所はないわね」

「いや待て、外側かもしれないぞ」

 辰真が祠の東側に回り、屋根や外壁を確認する。

「屋根瓦のどこかに何か挟まってる可能性はあるが……全部調べるの面倒だな」

「慌てずに一つずつ確認しましょう!」


 辰真と月美が手がかり探しに苦闘する中、再び古文書に目を走らせていた玲が突然声を上げる。

「……あっ」

「どうしました?」

「いえ、根本的な話なんだけど、揺木で朝日って言えば真っ先に思い出すべき場所があったわ」

「……ああ、旭山か」

「わ、忘れてました」

 揺木の北に聳える旭山の存在は、揺木市民にとっては一般常識の範疇だ。


「旭山は確か、ここから北東の方角でしたよね」

 辰真は方位磁石を眺めつつ祠の北東に移動し、再度壁を点検していく。すると、壁の最下部に何か小さい図柄が書き込まれているのが見えた。触ってみるとデコボコした感触がある。壁に彫り込まれているらしい。

「おい、何かあるぞ」

「本当!?何て書かれてる?」

「いや、よく分からない模様だ」

「見せて」

 玲が辰真を押しのけて壁を照らす。浮かび上がったのは円が3つ重なり合ったような模様である。

「これ、何でしょう?」

「見覚えが全くないな」

「これと同じの、地図で見たわ……!」

 玲が震える手で古地図を広げ、分析を開始する。


「ここが蚕神堂なのだとすると、恐らくこれが大通りで……となると北がこっちで……つまりこの×印が……月美!揺木の地図持ってない?」

「すみません、今は持ってないです」

「そう、じゃあ今すぐ取ってこないと」

 その場でUターンして走り出した玲に月美が慌てて呼びかける。

「レーイ、待ってください!どこ行くんですかー?」

「決まってるでしょ、大学よ!」

「大学よりわたしの家の方が近いですよ。地図くらい置いてありますって!」



 月美の家こと稲川邸は、絹村内でも一際目立つ小高い丘の上に聳えていた。真っ白いコンクリートで覆われた無機質な外観は、稲川一族が経営している揺木中央病院を連想させる。初めて訪れる屋敷の門前で、辰真はしばし圧倒されていた。時々忘れそうになるが、月美はお嬢様なのである。

「森島くん、行きますよ!」

「あ、ああ」

 月美は二人を先導して広い邸内を歩き出した。幸いにも家人はいないらしい。塵一つない廊下を渡り、エレベーターに乗って二階に上がり、辿り着いたのは大きなドアの前。

 そんなわけで、現在辰真は月美の私室にいる。部屋の広さは彼の住む学生寮(六畳一間)の軽く2倍はあり、部屋のあちこちに置かれた古風なインテリアや観葉植物が落ち着いた雰囲気を作り出している。しかし、インテリアに交じって異次元生物らしき骨格標本が置いてあったり、本棚にはアベラント事件関連の書物が詰まっていたりと、月美らしいセンスも感じる。

「…………」

 辰真は大きなソファーに一人腰かけていた。玲は一階の書斎に地図をコピーしに行ってしまった。月美は部屋の反対側の机の方で何かを探している。何故だろうか、妙にそわそわした気分だ。というか、以前異次元屋敷に行った時よりも緊張している。女子の部屋なる場所に入ったのが小学生以来だというのは関係ないと思うが……


「森島くんっ」

 そんな事を考えていると、突然真横で声がした。いつの間にか隣に月美が座っている。いつもより距離が近い。……前から思っていたことではあるが、改めて見ると月美は結構な美人だ。大人しくしていれば知的美少女枠で学園祭のミス揺大コンテストでもいい所までいけそうな雰囲気ではある。大人しくしていれば。

「ど、どうした?」

「これ、見てください!」

 月美は『揺木の妖怪目録』なるマニアックな本を手にしていた。先ほどから探していたのはこれだったようだ。月美が書物を開き、白い芋虫の挿絵が描かれたページを辰真に見せてきた。芋虫はかなり大きく、手前にいる人間と比べると全長5mくらいはありそうだ。

「これがさっき言ったココムですよ!口から黄金の糸を出して繭を作るんです。出会った人間に災いを与えますが、選ばれし者なら幸運を与えるという言い伝えがあります。あとキュウリが好きらしいです。玲は妖怪にあまり興味ないみたいですけど、わたしは繭衛門が大きな蚕を見たっていう伝説は本当だと思うんです。だって揺木市なら、こんな大きな蚕が異次元生物として迷い込んできたって全く不思議じゃないですから。森島くんはどう思います?」

「あ、ああ。そうだな」

 辰真としてはココムなどより月美が更に距離を寄せてきた事の方が気になる。単に自室だからリラックスしてるだけなのか?天然なのかそうじゃないのか?いや、妙な事を考えるのはやめよう。相手に動揺を悟られないよう、ココムに無理矢理思考を繋ぐ。

「というか、芋虫は大丈夫なのか?ほら、色々と」

 そう、月美は巨大な虫型の生物がやや苦手なのである。以前病院でテクスチュラに遭遇した時も、そのせいで結構大変なことになった。

「はい!異次元社会学専攻なのにいつまでも虫が苦手じゃダメですからね。でも、この間は本当にありがとうございました。森島くんが居てくれなかったら……」

「…………」

「…………」

 何故か無言で月美と見つめ合う状況になってしまった。相手の眼力が強すぎて目を離せない。どうすればいいんだ。


「分かったわ!霧の洞穴の場所がっ!」

 そんな状況をぶち壊すように地図を両手に抱えた玲が飛び込んできた。ほぼ同時に辰真達も左右に離れる。

「あ、ああ。やったな!」

「やりましたね!」

 幸運なことに玲はUMA話をする時の米さん並みに興奮しており、二人の様子には全く無頓着だった。


「予想のとおり、これは江戸時代の絹村を描いた地図だったわ」

 玲がテーブルの上に先ほどの古紙を広げて説明を始めた。

「これは書斎にあった絹村の古地図のコピー。ほら、ここが蚕神堂、この線が中央の大通りと考えると、構図が似ているでしょう?」

 辰真と月美は横に並べられた二つの地図を眺める。なるほど、そう言われると建物や道の形も所々符合しているように思える。

「そして絹村の全体図は、200年前から現在までほとんど変わってない」

 更に三枚目の地図が並べられる。今度は現代の絹村の地図のコピーだ。建物の形などは大きく変わっているが、道路の位置などの全体的な構図は江戸時代のものとそっくりだ。


「つまり、この三枚は同じ場所の地図なんですか?」

「イエス。後は霧の洞穴の場所を特定するだけだけど、それは恐らくここ」

 玲が1枚目の地図の一点を指差す。蚕神堂の南西、旭山とは正反対に位置する片隅に、小さな×印が書かれている。

「そして、この3枚をこうすれば……」

 古紙の上に2枚目、3枚目の地図が重ねられていく。この二枚は半透明の紙に印刷されていたため、現代の地図の中に×印が浮かび上がるような状態となった。


「じゃ、じゃあここに繭衛門の洞窟があるんですね!」

「間違いないわ」

「……立ち入り禁止だけどな」

 ×印があるのは絹村から外れた揺木の外縁部で、緑色に塗りつぶされた範囲の中だ。

「え、入れないの?」

「この辺は市の管理区域ですからねー」

「公式な許可がないと無理なんじゃないか?」

「そう」

 そう聞いても玲は全く落ち込む様子を見せなかった。

「なら、誰かに荒らされてる可能性も低いわね。あなた達市役所にコネがあるんでしょ?ささっと許可貰ってきてよ」


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