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第十一話 深夜の怪獣グルメ 後編

                        ~偏食怪獣アリクワズ登場~


 深夜の自然公園に突如現れ、居座り続ける巨大アリクイ型怪獣。揺木市は総力を上げてこの珍客をもてなす判断を下し、怪獣対策班はその準備に駆り出される羽目になった。まず、動かない怪獣の眼前に巨大なベニヤ板が敷かれた。これをテーブル代わりにして、現在職員達が買い出しに行っている食料を並べる手筈である。もちろん怪獣との接触には最大限の注意を払わねばならない。

 権田教授によると、空腹時のアリクイは非常に凶暴になる事があり、鉤爪で人を殺害した事例もあるらしい。この怪獣はアリクイと確定したわけではないものの鉤爪は健在で、空腹で暴れ出す可能性が充分に予想された。接近と食事の配膳は特災消防隊に一任され、それを遠巻きに見守る形で本部が設置された。


「いよいよですね!」

「本当に大丈夫なのか?」

「俺もここにいていいんだよな……?」

 職員達が慌ただしく動き回る中、辰真と月美、そしてマークが本部の端で情勢を見守っていると、ビデオカメラを持った人影が近付いてきた。もちろん綾瀬川記者だ。

「チャオ!元気にやってる?」

「絵理さん!中に入れたんですね!」

「なんとか先生に頼み込んで、生放送したり勝手に怪獣に接触したりしないって条件で許可してもらったの。独占間違いなしだからそれで充分だしね。あ、買い出し組が戻ってきたわよ」


 綾瀬川記者が慌ただしくビデオカメラを構える。後で公式サイトにアップしてアクセス数を稼ぐ気だろう。ビニール袋をどっさり抱えた買い出し組が、巨大アリクイから5m程の距離に停車している特災消防車「クリッター」に近付いていくのが見える。

 一方怪獣との親善大使役を務める特災消防隊は、クリッター内部のコントロールルームに集合していた。

「隊長、食料届きました!」

「よし。袋田、準備はいいな?」

「オーケーです!」

 壁際の座席に陣取った袋田が答える。その図上に掲示されたモニターには、クリッターのすぐ外に職員達が食料を積んでいる光景が写し出されていた。

「よし、それでは今から怪獣給餌作戦を開始する!」

 駒井隊長の命を受け、袋田がコンソール上のレバーの一つに手を伸ばす。すると、機械音と共にクリッター外壁の一部が開き、細長い金属製の棒状物体が伸びてきた。これぞクリッターに搭載されている装置の一つ、ロボットアームである。

 辰真達が見守る中、特災消防隊はロボットアームを操って食料を掴み、怪獣と板の方に運んでいった。


 最初に運ばれたのは、公園の奥から掘り出されて来たアリの巣だった。なにしろ外見がアリクイなのだからアリを好む可能性は当然予想される。しかし、怪獣は目の前に巣ごと運ばれてきたアリの群れには一切の興味を示さなかった。月美が残念そうに言う。

「駄目ですねー」

「サイズ差がありすぎて餌と認識されてないのかもな」

「あの外見なのにアリを食わないのかよ。アリクイじゃなくてアリクワズだな、ははは」

「……」

「……」

「ははは……」

「ちょっと、静かにしてよ。ほら、次の食べ物が来るわよ」


 やがて、買い出し組がスーパー店主を叩き起こして頼み込み調達してきた食料が並べられ始めた。まず現れたのは肉類だった。板の上にはトレイに載った牛肉や豚肉、鶏肉の切り身がずらりと並び、すぐにでもバーベキューパーティーを始められそうな豪勢な雰囲気になったが、怪獣はやはり口吻を伸ばそうとはしない。

「なんて贅沢な奴だ。世の中の一人暮らし連中がどれだけ食事に苦労してると……」

「森島くん落ち着いてください!」

「お嬢さん覚えときな、タツは時々食にうるさくなるんだ」


 続いて野菜や果物等の色とりどりの青果物が並べられ始めた。以前ヒャクゾウに効果があった揺木梨もある。10m以上離れた本部にも届くほど芳しい香りが一帯に漂い、怪獣も口吻を伸ばして匂いを嗅いでいたが、持ち上げようとはしなかった。

「揺木梨もダメでしたかー」

「まあ好みが偏ってるんだろうな。何しろアリクワズって名前だし」

「そうですね、アリクワズですもんね」

「もういいだろその名前は……」


 今度はパンや卵、牛乳等が運ばれてきた。怪獣は牛乳にやや興味を示し、長い舌で白い水面に少しだけ触れたが、結局それ以上口に運ぶことはなかった。そのうちアリクワズは再度奇怪な唸り声を上げて身体を揺らしたが、どうやら今のは腹の音のようだ。

「うーん、あの子は何が主食なんでしょうね?」

「早く突き止めないと、アリクワズの奴暴れだすかもしれないぞ」

 この時たまたま、撮影のため怪獣に少しだけ近づいていた絵理が戻ってきた。

「なになに何の話?あの怪獣アリクワズって言うの?」

「ああ、そうらしいですよ」

「おいタツ何言って」

「なるほど。ちょっと先生達にアリクワズについて聞いてくるわね!」


 絵理は怪獣の名前をアリクワズだと思い込んだまま、城崎先生達がいる方向に向かって歩いて行ってしまった。城崎教授と権田教授は、本部として設置された簡易テント中央のパイプ椅子に陣取り、怪獣の様子を観察しながら意見を交わしていた。

「牛乳もダメだったみたいですが、どう思います権田先生?」

「いや、少しだが手応えはあった。次は飲み物中心で並べてみたらどうかね」

「先生も背中のあれが気になりますか?」

「誰だって気になるだろうさ、あれは」

「すみませーん、アリクワズについて何か分かりましたか?」

「アリクワズ……?城崎君、あの怪獣の名前かね?」

「え……まあ、それでもいいでしょう。ではいい機会なんで、現時点の僕達の意見を皆さんにも聞いてもらいましょうか」


 数分後、職員のほとんどが本部の中心部に集められた。城崎教授が机の端の無線機に話しかける。

「駒井隊長、聞こえていますか?」

「はい。要請通り、配膳は一旦中止させています」

 特災消防隊との通信も問題ないようだ。二人の教授は周囲を見回して話を始めた。

「さて皆さん、あの異次元生物_アリクワズについてですが、我々が最も注目しているポイントは背中の突起物です」

 城崎教授が机上のノートパソコンを指差す。モニターに映っていたアリクワズの画像が拡大され、円錐体がアップで表示されると一同にざわめきが走った。それは疑いなく、アサガオに似た長い花弁を持つ巨大な花の蕾だったのである。

「先生、これは」

「見ての通り、異次元植物の蕾でしょう」

「それだけじゃない。よく見れば分かるが、枯れかけておる」

 権田教授の言う通りだった。どの花も無残に色褪せ、蕾の先端は地面に向かって力なく垂れ下がっている。

「さて、体の一部に植物を生やしている異次元生物は今までにも数多く報告されていますが、ほぼ全ての事例でその異次元生物と植物は共生関係にありました。アリクワズの場合もそうだとすると、怪獣の空腹の原因はあの植物の可能性があります」

「だとすると……」

「そうです、あの植物に栄養を与えるのを第一に考えるべきでしょう。次は飲料類を並べてください」


 作戦は変更され、今度は日本茶やオレンジジュース、コーヒー、コーラ等が注がれた桶が板上に並べられ始めた。やはり液体の方が好ましいのか、アリクワズは桶に次々と舌を伸ばして味見していったが、どれもお気に召さなかったのか吸引しようとはしない。それどころかコーラに至っては桶をひっくり返す始末だ。

「アリクワズちゃんはコーラが嫌いなんですね!メモしておかなきゃ」

「いつか役に立つといいな、その知識」

「あーダメだ、あいつが色んな物を食い散らかすのを見てたら俺も腹が減ってきた」

 マークがそんな事を言いだす。こんな時間に何を言いだすんだ、と思いかけた辰真だったが、よくよく考えると自分も腹が減っていることに気付いた。


「え?別に食べてもいいよ。この辺のはアリクワズも口をつけてないからね」

 先生の許可はあっさりと下りた。確保した食料を前に、マークは嬉々として懐から小瓶を取り出す。中には赤い粉末が詰まっており、蓋を開けると周囲に刺激臭が漂い始める。

「な、何ですかそれ、劇薬ですか……?」

「そうじゃない」

 警戒しながら尋ねる月美に、辰真が答える。

「それはSDAHL名物「南海の悪魔スープ」用特製スパイスだ。マークがSDAHLに行くと必ず買い込んでくる。ま、一般人にとっては劇薬に違いないか」

「へー……」

 月美が赤い粉末をチーズに振りかけるマークを引き気味に見守る。味覚に関しては自分とかけ離れていないようで安心した辰真であった。


 その時、前線の特災消防隊がいる辺りが俄かに騒がしくなった。今まで動きが鈍っていたアリクワズの動きが急に活発になったのだ。口吻を左右に激しく振り、何かを探している様子だ。

「権田教授、あの動作は?」

「うーむ、何かを嗅ぎつけたようにも見えるが、このタイミングで何を……?」

 教授達を始めとする本部の人々が周囲を見回す。やがて彼らの視線は、刺激臭の発信源であるマークへと集まった。城崎教授が代表して問いかける。

「幕野君、さっきの話だと、アリクワズは最初に出現した時森島君ではなく君を捕まえたそうだけど、その時もその瓶を持ってたのかい?」

「はい!今思い出しましたけど、あの時少しつまみ食いしようと蓋を開けてるところだったんすよ」

「なるほどね。恐らくアリクワズはその匂いを嗅ぎつけてやってきたんだろう。これで彼の好きな味覚が分かった」

「そういえばマーク」

 辰真も思い出したことがあった。

「確か実家に唐辛子ジュースが大量に貯蔵してあったよな?」

「当然だろ」

「急いで持ってきてくれないか?」


 十数分後、怪獣のための食卓が再び準備された。アリクワズは赤い粉末がかかったチーズやパンに夢中になって食いつき、幕野家秘蔵の唐辛子ジュースをゴクゴク飲んだ。周囲に刺激臭が漂う中、アリクワズの背中の植物は活力を取り戻していく。茎は天に向かって再び立ち上がり、鮮やかな深紅に染まった蕾はゆっくりと開花した。わずかに曙光がさし始めた薄暗い空を彩るように紅色の花が揺れ、真っ赤な花粉をまき散らす。周囲の臭いは一段と強くなったが、とにかくアリクワズは大人しくなった。


 もう夜明けが近い。多くの職員が撤収準備をする中、学生三人も帰宅することにした。月美が感心したようにこんな事を言いだす。

「いやー、今回は本当にマークさんの手柄でしたね!アリクワズちゃんを最初に見つけたのも、好物に気付いたのもマークさんでしたし!」

「そうだな。それにアリクワズってナイスな名前をつけたのもマークだしな」

「何とでも言うがいいさ。俺は唐辛子ジュースの味を分かってくれる奴に会えて感動してるんだ。あいつのためにも、もっとジュースの改良を重ねないとな。タツ、味見は頼むぜ!」

「……いや、悪いが用事があるし、疲れたから家に帰らないと」

「でも先生が後で研究室に来るように言ってましたよ。記憶が新しいうちにレポートも書いちゃいません?」

「まだそっちのがマシか。でも頼むから、少し仮眠をとらせてくれ……」


 結局自然公園の封鎖は数日間続き、柵の中でアリクワズはマークが持ち込む唐辛子ジュースを飲み続け、満腹で異次元に帰っていった。怪獣が去った後も公園の一角には強い刺激臭のする赤い花が咲き続け、その花粉は新たなスパイスとして辛味愛好家の間で珍重されているらしい。


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