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第十話 特災消防隊VS火焔蟹獣 3/4

            ~火焔蟹獣ダイガ登場~ 


 森島辰真は現在、梢ヶ原の端に立っている。梢ヶ原に着いてからすぐに机運びを手伝わされ、それが終わるのとほぼ同時に朧山の方角から火炎ガニが姿を現し、間もなく駆け付けてきた消防車の方へ先生に連れられていき今に至る。この間に具体的な説明は一切なかったが、残念なことに彼には今後の展開が予想できてしまった。


「駒井隊長、お疲れ様です」

「もう来られてたんですか。流石は城崎教授だ」

 辰真の前方で城崎先生と消防隊の隊長が話している。そして、彼の目の前には風変わりな消防車が停まっていた。車体はオレンジ色で、屋根には大砲のような物体を積み、側面に大きく「特災」と書かれている。こんな消防車は日本中探してもここ揺木でしか見れないだろう。

「なあ稲川」

 辰真は自分の横で月美に話しかけた。

「この消防車って……」

「もちろん、この前見た消防車の完成版ですよっ。怪獣対策用の異次元装置を搭載した特災消防車。消防庁と異中研の全面協力のもと開発された通称クリッターちゃんです。わたし達もこれから中に入れるんですよ!」

 月美は興奮を隠しきれない様子だ。

「ああ、やっぱりそういう流れなのか……」

「隊員でもないのに完成したばかりのクリッターの内部を見学できるなんて、とっても名誉なことなんですよ!」



 辰真としては、それほどの名誉は綾瀬川記者あたりに喜んで譲りたい気持ちだったのだが、何故か対策本部に潜り込んでいる綾瀬川女史は大ガニの写真を撮るのに忙しいようだ。

 そして間も無く城崎教授と隊長との間で合意が得られたため、学生達はクリッターに乗り込むことになった。


「こんにちは!城崎研究室の稲川ですっ」

「どうも、森島です」

「ああ、よろしく頼む!」


 非常に暑苦しそうな消防士が彼らを出迎える。

「君達の話は聞いているよ。若いのに研究熱心な学生達だと先生が言っていた。実に素晴らしい!さあ袋田君、コントロールルームに案内してあげたまえ」

「OK」


 袋田と呼ばれる研究職らしき男が、2人を連れて消防車の奥へと進む。クリッター内部は車外から見た印象よりも広々としている。やがて3人は、車内の中心部と思われる大型の部屋へと辿り着いた。壁の一方はモニターで埋め尽くされ、その下部は制御盤が搭載された机と一体化している。

「ご覧の通り、ここがクリッターのコントロールルームさ。あ、自己紹介が遅れたけど、僕は袋田直己。特災消防隊に所属してるけど消防士じゃなくて、異中研の職員だよ」

「え、異中研の方なんですか?じゃあこの設備って」

「もちろん異次元装置さ。ちょっと動かしてみようか」


 袋田が制御盤の右側にあるダイヤルをカチリと回す。すると、壁中央に陣取っている一番大きなモニターに変化が現れた。真っ暗だった画面に緑色の波紋のような模様が現れたと思いきや突然真っ白く点灯、外の景色が映し出される。画面中央に火炎ガニが居座っているので、おそらく車体正面に設置されたカメラの映像だろう。続いて袋田は、別の場所のダイヤルを回しながら小型マイクに向けて呼びかけた。

「こちらコントロールルーム。運転席聞こえますか?」

 間もなく、ノイズ一つない音声が返ってくる。

「……こちら運転席、聞こえている。大ガニはまだ動きを見せない……」


「アベラントエリアの中なのに、どうしてこんなに綺麗な映像や音が出るんですか?」

 月美の質問を受け、袋田がやや自慢気に答える。

「ああ、ここは最新鋭のラジオニクスシステムが搭載されてるんだよ。主に僕が開発したんだけどね」

「ラ、ラジオニクスシステム……凄い、こんなに大型のラジオニクスですか!だから沢山ダイヤルがあるんですね!」

 辰真が改めて制御盤を注視してみると、確かにボタンやスイッチではなくダイヤルが大量に設置されていた。最新鋭のシステムにしてはやや古風な気もする。


「ラジオニクスと言えばダイヤルだからね!これは外せないよ」

「やっぱりそうですよねー」

「……」

 辰真は2人の会話についていけていなかったが、それに気付いた月美が説明をしてくれた。

「ラジオニクスというのはですね、万物に宿ると言われる未知の波動エネルギーを利用して治療などを行う超科学装置なんです」

 袋田が説明を引き継ぐ。

「19世紀ドイツの科学者、アルバート・エイブラムスが発明して以降、世界中で改良が進められている歴史ある装置なんだよ。ここにあるのは僕が開発した、おそらく日本最大のラジオニクス通信装置。今回うまく作動すれば学会で発表するつもりなんだ。君達も動かしてみるかい?」


「で、でも、ラジオニクスって一部のエスパーな人しか動かせないんですよね?わたし、そういう才能は無いみたいなんです……」

「心配ないよ。確かにラジオニクスは一部の人しか使えないと言われて昔から批判されてきたけど、アベラントエリアの内部なら誰でも安定して使えることが最近の研究で分かったんだ。つまり、波動エネルギーも異次元エネルギーの一種だったということだよ」

「オルゴンだけじゃなく、波動もなんですか?」

「そう」

「異次元……エネルギー……」


 辰真を見かねてか、袋田が更なる説明を始めた。

「波動エネルギーを始め、クラウドバスターの出力源であるオルゴンエネルギー、こっちの装置で使うオド・パワーもだけど、昔から数多くの超エネルギーの存在が世界中の科学者によって提唱されてきた。その多くは科学的根拠に乏しいとされてインチキ扱いされてきたんだけど、アベラント事件研究の発展によって分かったんだ。これらは全て異次元由来のエネルギーだということがね。だから異中研では異次元エネルギーを使用した装置をどんどん開発してて、それを特災消防隊で試験運用してるというわけさ」

「はあ、なるほど」

「ちょっと待ってください、オド・パワーを使う装置も!?」

「そうそう!これはどう使うかっていうと……」


 この時、運転席の方から響いてきた声が袋田の解説を遮った。

「袋田君、クラウドバスターの準備はできているかー?」


(途中省略)


「今回使うのは、神秘のオド・パワーさ!」

「で、そのオドとやらはどう使うんだよ」

 周囲を代表した高見の問いに袋田が答えようとした直前、床がいきなり動き出して中の全員がよろめいた。クリッターが急発進したようだ。

「おい宇沢危ないだろ!もっと静かに運転しろよ」

「……動き出した」

 外を見ると、いつの間にか大ガニは高速で真横に移動していた。実にカニらしい動きだ。そしてクリッターも、カニと平行の位置関係を保ったまま加速。更に急カーブし、梢ヶ原から飛び出そうとするカニの行く手を阻む。


「よし、いいぞ宇沢!」

 しかし、大ガニは素早く脚の動きを止めると、右の巨大鋏を空高く振り上げ、そして振り下ろした。

「!!」

 クリッターが急停車して高見達の姿勢が大きく傾く。彼らの眼前、ほんの数m前に赤銅色のキチン質の塊が叩きつけられ地響きを起こす。直撃していれば運転席ごと潰されていた可能性もある。隊員達が沈黙する中、宇沢はじりじりとクリッターを後退させて距離を取った。


『こちら作戦本部。皆さん聞こえますか?』

 沈黙を破ったのは消防無線の声だった。その声に学生達がすぐに反応する。

「先生!」

「何か分かったんですか?」

『ああ。あの大ガニの正式名称はダイガ。「焔の海から現れし化け蟹」として室町時代の文献に記載があった。日本以外では、中東の古代帝国を一晩で滅ぼしたという伝説も残っている。炎に包まれた環境に適応した生物のようで、背中から火柱を噴き出して周囲を火の海に変える厄介者だ。残念だが退治するほかない』

「炎に包まれた環境に住んでるって、そいつ本当にカニなのか?」

「南洋の島に生息するブロメリアガニは樹上寄生植物の葉軸の中で一生を過ごすという。炎の中で生活するカニがいてもおかしくはない」

 運転席の宇沢も意見を述べる。

「そ、そうかあ?」

「それにしても、どんな原理で火を起こしてるんだろう……生体発火現象……?」

 考え出す袋田を押しのけて高見が前に出てくる。

「そんなん後でいいだろ!なんか弱点はないんすか?」

『あの火柱を鎮火すれば動かなくなる。川に誘い込んで倒したという記録があるから、普通の水でも大丈夫だろう』

 駒井隊長も無線の向こうから隊員に発破をかける。

『いいな、消防隊の意地を見せてみろ』

「了解!袋田君、僕と高見が放水するから、その間に異次元装置の準備を!」

「OK。人手が足りないから君達もサポートしてくれない?」

「もちろんです!」

 袋田が学生2人を連れてコントロールルームに戻っていく。


「よし、我々は放水だ。急げ!」

「一度言えば分かるっての」

 高見はぶつくさ呟きながらも時島の後に続き車体側面に駆け寄る。窓から身を乗り出して壁面のホースを引き入れると窓枠に固定。狭間の後ろで鉄砲を構える狙撃兵のように筒先をダイガの方に向けると、窓脇のレバーを片手で倒す。間もなく二つの窓に並んで設置された筒先から水流が白い霧状になって舞い上がり、聳え立つ火柱に降り注ぎ始めた。


 一方コントロールルームでは、袋田が忙しなく動き回りながら学生2人に指示を飛ばしつつ今度こそオド・パワーの解説をしていた。彼の話を要約すると以下のようになる。

「オド・パワーというのは、18世紀ドイツの科学者カール・フォン・ライヘンバッハが発見したエネルギーさ。オド・パワーは活性化すると周囲の物質に様々な効果を付与するんだけど、最大の特徴は双極性だ。つまり、一つの物体にオドの力を与えると、その左側はオド・ポジティブの特性を持って涼しく、右側はオド・ネガティブの特性を持って生暖かくなる。詳細な理論は解明されてないけど、温度などの操作に長けたエネルギーだと推測されているんだ。そして異中研では研究の結果、この双極性を更に引き出すことに成功したのさ」


「それってつまり、どういう事ですか?」

 本部との通信とダイヤルの微調整を担当している月美が尋ねる。後ろでは辰真がタンク室から天井へのケーブルを繋ぎ終わったところだった。

「準備できたみたいだね。じゃあ実際にやってみようか」

 袋田が制御盤に近付き左側に並ぶダイヤルの一つを回す。すると室内が大きく振動を始めた。特に揺れが大きいのはタンク室から天井に伸びるケーブルだ。そしてモニターの一つが切り替わり、クリッター屋上に鎮座する放水管を映し出す。この大砲もよく見ると振動している。


「こちら司令室。発射準備できました!」

「よし、屋上に向かう!」

 通信を聞いた高見が、時島の指示を待たずにホースを放棄して梯子を登り屋上に出る。そして放水管に駆け寄り、ダイガに照準を合わせはじめる。

「オド・システム作動!出力源はクリッター全域!」

 袋田が部屋の振動に負けじと声を張り上げる。

「この装置は!アベラントエリア内の物体に発生するオド・パワーを活性化させ!双極、つまり熱気と冷気とに分離して引き出す!今回の出力はポジティブ!」

 ダイヤルをPの文字に合わせるとモニターに青い光が走り、間もなく大砲の筒先から、炎のように揺らめく水色の光流が撃ち出された。


 光流は霧雨によって足止めされていたダイガの真上から降り注ぎ、大ガニの全体を包んでいく。すると、鋏を振り回していた怪獣の動きが鈍くなった。モニターの一つがダイガを大写しにする。見ると甲羅表面が凍り始めている。怪獣の全身を覆いつつあるオドの冷気は背中の炎をも封じ込めようとするが、燃え盛る炎柱は頑強に抵抗。だが、外殻を冷気で包まれた本体の動きは殆ど止まりかけていた。

 クリッター内の辰真達も、後ろの作戦本部にいた隊長達も、誰の目から見てもオドの効果は絶大で、ダイガの無力化は時間の問題に思えた。

「いいぞ!あと少しで完全に凍り……」

 袋田の言葉が終わる直前、周囲の空気が急速に淀む。一瞬の後、室内を猛烈な熱気が襲った。

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