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第0話 角見神社の霊鳥 2/4

 揺大北端に佇む古風な旧社会学部研究室棟。その一室、城崎研究室に辰真は招かれていた。厳密には研究室のオープンは4月以降なのだが、既に室内には大量の書物が積まれ、ベテラン研究室のような風格を漂わせている。

 そして、室内にいるのは先ほどのアカデミック女子こと稲川月美と、研究室の主である城崎教授だった。他に学生の姿は見られないあたり、祭姉の言うとおり人は集まってないらしい。


「君が森島君だね。僕は城崎淳一、異次元社会学の講師をやらせてもらってる。以後よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします……異次元社会学って具体的に何を研究してるんですか?」

「うん、いい質問だ」

 よくぞ聞いてくれたとばかりに、教授が一冊の本を机から取り上げる。年季の入った分厚い本の表紙には、『揺木怪事件全集』と書かれていた。

「君は揺木市出身かい?」

「はい」

「じゃあ小さい頃、怪物とか超常現象とか、そういう話を色々と聞かされなかったかな」

「まあ、一応は聞いてますけど」

 どこの地域にも妖怪だの霊能力だのが絡んだオカルト的な伝承はあるものだが、揺木は特にその手の話が多い。その類にあまり興味がない辰真でさえ幾つも暗唱できるほどだ。


「やっぱりね。ところで、そういう話に出てきた怪物とかが現実にいると言ったら信じるかい?」

「いてもおかしくはないと思います。実際に見たことは無いですが……さっきまでは」

「そうか!いやー、やっぱり揺木の人は話が早くて助かるよ。市外の人だと、この前提からして受け入れない人も多いからね。実は各地に残された証拠を総合的に検討すると、そういう怪奇事件が実際に発生したことはほぼ確実視されているんだ。それらの事件の背景には、この世界とは違う世界、すなわち異次元の存在が大きく影響していると推測される。例えば神話や昔話に出て来る怪物や妖怪も、その正体は異次元生物という説が近年有力になってきているんだ。超能力や怪奇現象といった超常現象についても、その多くは超科学的な異次元エネルギーが原因となっていると考えられる」

「そういう異次元関係の事件に、先生は「アベラント事件」って名前をつけたんですよ!」

 先生が一呼吸おく隙に月美が口を挟む。


「そう!このようなアベラント事件は、過去100年ほど発生報告が少なくなっていた。でもここ数年、各地で再びアベラント事件の報告が増え始めているんだ。ここだけの話、怪物どころか怪獣とでも呼ぶべき巨大な危険生物さえも数年前から出現が予想され、政府がようやく対策を検討している所だ。でも今後、アベラント事件は政府の予想を遥かに上回る勢いで増加していくだろう。だからこそ、これからの時代には専門家が必要となる。過去の文献を読み解き、蓄えた知識を応用し、新たなアベラント事件の解決に繋げていく。それが異次元社会学なんだ」

「…………は、はい」

 城崎教授の熱弁に、辰真は完全に圧倒されていた。


「以上が異次元社会学の概要だけど、何か質問はあるかな?」

「すみません、ちょっと時間をください」

 異次元社会学は意外にもまともな学問らしいことは分かったが、一度に入ってきた情報量が多すぎて処理しきれない。

「ええと、じゃあさっきの鳥も異次元から来たって事になるんですか?」

 考えを整理しつつ、頭に浮かんだ疑問を投げかける。


「そうなんですよ!ちょっとこれを見てください」

 今度は月美が前に出て来て、『揺木怪事件全集』を開いて中のページを見せてくる。そこには、空を羽ばたく鳥のような生物の挿絵が毛筆で描かれていた。

「この子がさっき会ったトバリですよ」

 言われてみれば確かに、全体的なシルエットや尾羽の形が先ほどの鳥に似ている。

「解説文を読みますね。「異郷を飛び渡りし霊鳥「渡羽璃」、古来より揺木の民に幸福を与えん」。トバリの姿を見た人は幸せになるって言い伝えがあって、信仰の対象にもなってたんですよ」

「そういえば、角見神社では鳥が守り神として祀られてるって聞いたことがあるな。それがトバリなのか」

「そうなんです!森島くん詳しいですね。やっと話が分かる人が来てくれました!」

「待て待て、俺はそんなに怪奇事件に詳しいわけじゃないぞ。あんなのに実際に会ったのも初めてだし。というか、ここだとああいう、アベラント事件ってのが実はよく起きてるんですか?」

「いや、そうでもないよ」


 今度は城崎教授が話を引き継ぐ。

「トバリは渡り鳥の一種と考えられていてね。毎年春頃に揺木を訪れていたという記録が江戸時代初期頃まで残っている。でもある時期以降、突然記録から姿を消しているんだ。まあ、それはトバリに限った話ではないんだけど。そしてそれから300年近くが経過した今日まで、トバリの出現記録は残っていない。つまり、本物のトバリに遭遇できた現代人は我々が初、かもしれないわけだ!」

「本物のトバリに会えて、研究することができるなんて夢みたいです。わくわくしますね!」

「ああ、僕としても揺木に来て正解だった。文献も豊富にあるし、研究には最高の環境だよ」

 嬉しそうに話す2人の瞳は、アベラント事件に対する情熱で輝いている。さすが異次元社会学の専攻者は心構えが違うというか、今の辰真には少々着いていけない。


「さて、我々はこれから研究室の活動として、トバリの調査に向かおうと考えている」

 城崎教授が辰真に向き直る。

「本当は研究室のオープンは4月だけど、まあ前哨戦みたいなものだ。ただ人手が不足していてね。良ければ君も手伝ってくれないか?」

「…………」

 先生の本心は分からないが、残念ながら辰真に選択の余地は無かった。何しろ現在トバリによって一番被害を受けているのは辰真なのだ。トバリの居場所を突き止めなければ鞄も戻ってこないかもしれない。

「いいですよ。協力します」

「やった!それじゃ森島くん、さっそく出発しましょう!」



 揺木市北端に並び立つ揺木三山の一つ、旭山。この中腹に居を構えるのが、500年以上という市内最古の歴史を持つ角見神社である。その入り口、下界から伸びる階段の上に聳える鳥居の真下に2人の学生が立っていた。

「見てください、あの鳥居の横木の両端、よく見ると鳥の羽根みたいな形になってますよね。あれはトバリの翼をイメージしてるらしいですよ。全国的にも珍しい形だそうです」

「そうだったのか。むしろあれが普通なのかと思ってた」


 学生2人というのは勿論辰真と月美である。城崎教授がトバリに関する資料を研究室から発掘している間、先に角見神社に行って情報収集するよう指令を受けたのだ。トバリを祀っていた角見神社ならば、トバリの生息地などについての情報も残っているかもしれない。

 本殿の横手にある小さな社務所を訪ねると、中から巫女服姿の少女が応対に出てきた。

「トバリに関する資料ですか?確か蔵の中にしまってあったと思いますが……ちょっとお待ちください」

 まもなく少女は、古めかしい巻き物を手にして戻ってくる。

「ありました、こちらは当社に江戸時代頃から伝わる物です。あ、中を見たいなら観覧料を頂きます」

「え、金取るのか?」

「トバリに冠する資料は立派な文化資産ですから、是非とも保全にご協力を!」

「そのトバリに俺は鞄ごと財布を取られてるんだけどな……」

「まあまあ、ここはわたしが払いますから。領収書貰えます?」


 経費は後で研究室に請求する事にして、2人はさっそく巻き物を広げ解読に取り掛かる。中には縦書きの文章が草書体で書き連ねられているが、辰真にはさっぱり読み取れない。

「えーと……やっぱりここにはトバリに関する情報が書かれてるみたいですね」

「これ、読めるのか?」

「少しくらいなら。いちおうYRKに所属してますし」

「YRK……?」

「揺大の歴史サークルです。古文の専門家がいるから、後で部室に寄っていきたいですけど、今はトバリの探索を優先しましょう。手がかりはありました」

「手がかり?」

 月美は巻き物の中央あたりを指差す。

「この辺、トバリの生態について書かれてるみたいなんです。異界からやってきた渡羽璃は角見の霊木を寝床とする、と言うような事が書いてあります。今もそうだとすると、ここに行けばトバリに会えると思いますよ。でも残念ながらわたし、そんな場所があるなんて初耳なんですよ。森島くんは心当たりあります?」

「角見の霊木ねえ。聞いたことないが、名前からしてこの神社に関係あるんじゃないか。意外と近くにあるかもしれないぞ」

「そうですね!さっきの子を呼んでみましょう」


 2人は再び巫女服少女を呼び、角見の霊木について聞いてみる。すると案の定、彼女には心当たりがあるようだった。

「うーん、うちの神社で霊木っていうと、山頂にある御神木のことですかね?」

「御神木?そんなのがあったのか」

「はい。この旭山の山頂近くに、むかし当社が建てた小さな祠があるんです。トバリを祀っているその祠の裏手に小さな森があるんですが、その中に一際大きな樹が生えていて、その上にトバリが巣を作ってたって話を小さい頃に聞いたことがあります」

「それですっ!トバリが住んでるって話も一致するし、それが角見の霊木に間違いないですよ。その木、今でも生えてるんですか?」

「実はその森、かなり前から立ち入り禁止でして、現在の状態は不明なのです。トバリが来なくなってから御神木の影も薄くなってしまいましたから。当社としても安全上、今の森に入るのは許可できません」

「そうですか……残念です。せっかくトバリが戻ってきたかもしれないのに」

「え?」

「そうだな。俺たちに任せてくれればトバリを角見神社のマスコットにできるかもしれないし、そうなればここも大繁盛間違いなしだっただろうが、入れないんなら仕方ないか」

「!!」

 辰真が適当に言い放った台詞に、少女は予想以上に食いついてくる。

「ま、まあ、トバリは当社の守護鳥でもありますし、もし戻ってきたのなら確認が最優先なのは当然です。本当なら入場料を頂きたいところですが、お2人はもう観覧料を払ってますし、今回は特別に許可してもいいかなって思っちゃったり……」

 というわけで立ち入り許可を貰った2人は、トバリの手がかりを得るために山頂に向かった。


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