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第九話 ミステリーサークルの育て方 前編

                ~???????登場~


 早朝、揺木市北東部の田園地帯。まだ日光も薄く、鳥の声一つも聞こえない静かな世界の中で、一人の農家が農地の様子を見に外に出てきていた。妙な夢から覚めたばかりでそれ以上寝付けなかったのである。自分の農地に何かが大量に侵入し、作物に何かしているというのが夢の内容だった。侵入したのが誰だったのか、どんな悪戯をしていたのかは思い出せないが、いずれにせよ彼が怒りのあまり目覚めるには十分な内容だった。

 さっきのは正夢だ。起きた時から彼はそう考えていた。今も誰かが農地に忍び込み、作物を盗もうとしているに違いない。昨年に梨泥棒の被害に遭って以来、彼の猜疑心は強くなっていた。


 彼はまずビニールハウスに向かった。見たところ、揺木梨が荒らされた様子は無い。考えてみれば梨の旬はまだまだ先だ。周囲に植えてある他の野菜も見て回るが、特に不審な点はなかった。次に彼は畑へと向かった。黄金色の穂が農地一面を覆い尽くし、そよ風に揺れている。ここではすぐに異常を発見できた。畑のあちこちに、不自然に刈り取られた跡が残っている。

 やはり誰かが侵入したのだ。防護柵を設置するべきかもしれない。彼は怒りながら被害の点検を始めた。まったく腹ただしいことこの上ない。しかし。彼は軽い疑問を抱いた。どうしてこんなに痕跡がバラけているんだ?仮にこの時、誰かが空高くから畑を見下ろしていたとすれば、その疑問に答えてくれたかもしれない。上空から見ると、畑全体に巨大な円形の幾何学模様が刻まれていたのだ_


 昼刻、揺木大学文連会館二階。森島辰真はYRK(揺木歴史研究会)の部室で暇をつぶしていた。具体的には、部室中央の丸テーブル上に放置されていたクロスワードパズルをぼんやりと解いていた。本当は溜まっているレポートを消化した方がいい。現実逃避である。隣の椅子には月美が腰かけているし、その向こうにはYRK現代表の白麦玲もいる。玲は相変わらず、揺木神社から買い取った謎めいた古文書の解読に熱中しているようだ。……何故か生のキュウリを齧りながら。


「あ、今朝また怪奇現象が起こったみたいですよ!」

 タブレット端末でニュースを検索していた月美が弾んだ声を上げる。

「本当か?」

 辰真が画面を覗き込む。どうやら彼女が見ているのは「揺木怪奇事件情報局」の新着記事であるらしく、どこかの畑を空撮したような写真が大きく掲載されている。

「またそのサイト?月美、そこの情報は信用しない方がいいわよ」

 画面をちらりと見た玲が眉をひそめる。

「で、この写真は?心霊写真か何かか?」

「違いますよ、よく見てください!これは__」


「ミステリーサークルだよっ!!」

 そう叫びながら、カーキ色の探検服を着た不審人物が部室に飛び込んできた。髪はボサボサ、服は木の葉まみれで、今しがたジャングルから戻ってきたばかりの旧日本兵のような出で立ちである。街中で会ったら即座に通報するレベルの怪しさではあるが、幸いなことに(若しくは残念なことに)この人物は彼らの知り合いだった。

「今日未明、気まぐれに衛星写真で揺木市表層を眺めていた情報局ユーザーの一人が、北東部の畑の一つに奇妙な物を発見した。彼が送った写真は瞬く間に市民に拡散した!畑に残された奇怪な円形模様!円内には未知の象形文字らしき物も刻まれている!果たしていかなる超常現象によるものなのか?新たなる怪奇事件の幕開けだ!」


 部室に入るなり熱心に演説を始めたこの人物こそが、ここ数週間行方不明になっていた、YRK前代表にして怪奇現象研究家の米澤法二郎である。

「米さん、お久しぶりです!お元気でしたか?」

「どこかで力尽きたのかと思ってました」

「今までどこに行ってたんですか?」

「うむ!古の伝承に残る半魚人を捕まえるために長崎のとある島でサバイバルしてたのだよ。結局目的は果たせなかったが、なかなか面白かった。川辺で魚を捕っているところを目撃されて河童に間違えられたりもした」

「河童って……この間の河童事件の正体って米さんだったんですか!?」

「その通り。UMAを捕まえに行ったら自分がUMAになってしまったわけだな!貴重な経験だとは思わんかね?」

 自慢気に話す米澤だったが、目を輝かせて話を聞いているのは月美だけ。辰真は引き気味だし玲に到っては理解できないという顔をしている。

「どうやら僕が遠征に行っている間に市内でも色々あったようだね。巨大雲に大怪獣にモノクロ事件、どれも立ち会えなかったのは残念だ。だが、今回のミステリーサークル事件にはしっかり参加させてもらうとしよう」


「なにがミステリーサークルですか、馬鹿馬鹿しい。YMC(揺木大学ミステリー倶楽部)は隣の部室ですけど?」

 話にならない、といった調子で玲が口を挟む。

「やれやれ、最近の若者は知識が足りないから困る。いいかね、ミステリーサークル_英語圏ではクロップサークル(crop circle)という呼び名が一般的だが_というのは、カラスムギ畑などに刻まれた謎の模様のことだ。1980年代に相次いで発見され全世界で話題となった。製作者については、宇宙人説や黒魔術説、プラズマ説など多くの説が唱えられ、現在に至るまで真相は明らかになっていない」

「知ってますよそれくらい。そもそも今までに発見されたミステリーサークルは全てが人為的なイタズラだったと結論が出ている筈です。「化物と義弘は見たことがない」とはよく言ったものですね」

「失敬だな!確かに多くのミステリーサークルは製作者が名乗り出たり、人間の手でも簡単に作れることが証明されているが、全てがそうと決まったわけではない!」

「人間以外が作ったと認められたミステリーサークルは一件も無いじゃないですか。問題をすり替えないでください。それに米さんも、昔ミステリーサークルを作ったことがあるって自慢してませんでした?」

「作ったことはあるが、イタズラ目的なんかでは断じてないぞ。あれは宇宙人との交信のためにだな……」


「森島くん、ちょっと」

 口論を続ける2人を見守りつつ、月美が小声で囁く。

「ん?」

「わたし達も今度ミステリーサークルを作りに行きましょうよ!」

「……何故?」

「前から作ってみたいと思ってたんです。きっと楽しいですよ!」

「ああ、うん、そうだな。行けたら行くよ」

 出会ってから数ヶ月が経っているのに辰真には月美の思考回路が未だに理解できなかった。


「だいたい君だってそんなにキュウリを食べているではないか!それは心の奥底で河童に惹かれているという思いの表れではないのかね?」

「失礼な!キュウリは金山繭衛門ゆかりの伝統食です。ご存じないかもしれませんが、キュウリは江戸時代まで苦みの強い完熟物しか出回っていなかったため非常に評価が低かったんですよ。揺木で青いキュウリの味に初めて気が付いたのが繭衛門で……」

「君は本当に好きだな繭衛門が!」

「……明らかに脱線してるけど止めなくていいのか?」

「そのうち戻ってくるから大丈夫ですよ。それよりサークルの基本的な作り方なんですけど_」


 そんな調子で十分ほどが経過し、巡り巡って議論はミステリーサークルへと戻ってきた。

「とにかく!ミステリーサークルには信憑性がないって結論がとっくの昔に出てます。議論の余地はありません」

 玲が断定的な口調で言い放つが、米澤は全く動じずに言い返す。

「それは早計と言うものだ。当初は少数派だった意見でも、その後の発見によって正しさが証明されたという例はいくらでもある。学問を志す者なら、あらゆる説を偏見なく検討すべきだとは思わないか?」

「偏見なく検討するのにも限度ってものがあります。宇宙人がUFOに乗ってやって来て畑に落書きしたなんて、今時小学生でも信じませんよ」

「まあ確かに、UFOに乗った宇宙人というのはステレオタイプすぎて説得力をやや失っているのは否定できない。だが、この件について画期的な新説が出たのを君はまだ知らないようだね」

「新説?」

 辰真と月美が目配せする。二人にはこの後の流れがなんとなく予想できた。


「つまり、今まで宇宙人だと思われていたのが実は異次元人だったとしたらどうだね、再検討の価値があるんじゃないか?」

「それって結局宇宙人を異次元人に言い換えてるだけじゃないですか。説得力はむしろ下がってますけど」

「だがまだ反証もされていない。君だってこの間UMAを認めない発言をしていたが、異次元生物のヒャクゾウは認めていたではないか」

「それは……ヒャクゾウは自分の目で見ましたから。証拠があれば私だって認めます」

「その通りだ!やはり机上の空論ではなく、自らの足で調査に赴くのが大事だということだな。すると、これからどうするべきだと思うかね?」

「あーもう、分かりましたよ。現場に行って白黒はっきりさせましょう」


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