第八話 脱色された街 後編
~奪色怪人カラビアン登場~
辰真達は異次元人を追って倉池の表通りへと戻ってきた。いつものように人気の少ない通りを見渡すが、異次元人の姿は見当たらない。
「畜生、どこに逃げやがった?」
味原警部補が呟いたその時、繁華街の方向から女性の悲鳴が聞こえてきた。急いで声の方に向かうと見えてきたのは花屋である。
「あ、あそこ知ってます!「フラワーショップJULAN」ですよ。うちの病院でもよく使わせてもらっているんですよ」
「花屋か……嫌な予感がする」
JULANの店先に駆け込むと、辰真の予感は的中した。店内に並ぶ色とりどりの花々のうち、中央に置かれた一群は黒と白の希少種へと変貌していた。その部分だけ眺めていると、自分がモノクロの花畑の中にいるようで非常に不気味だ。横ではエプロンを付けた女性店員が呆然としている。
「大丈夫ですかっ」
「怪我は?」
月美と味原警部補が駆け寄ると、店員はどうにか話しだした。
「は、はい、大丈夫です……あ、月美ちゃん、お花なんだけど今日はちょっと待ってもらえる?品種に変更があって、値札つけ直さないと……」
「いえ、むしろ変わったの全部欲しいくらいです!」
「買い物は後だ。お姉さん、ここの花に悪戯した犯人分かります?店先で怪しい人影見ませんでしたか?」
「は、はい。さっき奥から出てきたばかりなんですけど、花の近くに真っ黒い布を被った大きな人が立ってました。私が叫んだらすぐに逃げ出しましたけど」
「どっちに逃げたんです?」
「あ、あっちです」
店員が指差した先は、繁華街が更に続く方角だった。それを聞くが早いか警部補が走り出す。月美達も店員に礼を言うと後に続く。大通りに異次元人の姿は見えなかったが、怪人は行く先々で跡を残していた。通り沿いに立ち並ぶ洋服店のウインドウは割られて一部の服が地味なモノトーンになっているし、中華料理屋の食品模型も味気ない色になってしまっている。
「こりゃ参った。また色んな所から苦情の嵐だな」
味原警部補が学生2人にボヤく。他の警官達は分散して捜索及び事情聴取に出かけたため近くにいない。
「厄介ですね。それにしても……」
辰真が周囲を見回しながら話す。
「妙に人が少ないような」
「確かにそうですね、ちょっと寂しすぎます。倉池ならともかく、この辺は繁華街なのに」
先ほどから道路に車は一台も走っておらず、通行人もほとんど見当たらない。
「ああ、そりゃいいニュースだ。さっき本部に繁華街周辺を封鎖するよう言えって言っといたんだが、あいつがこっちに来るより先に通信が繋がったみたいだな」
通りの端をよく見ると、道路に繋がる幾つもの小道を遮るように立っているパトカーや白バイ隊員の姿が見える。
「こっちに来るのを予想して先手を打ってるなんて、すごいです!」
「大したことはねえよ、また市民の苦情が増えるだけだ。勝手に交通課動かしたから上からも文句言われるけどな」
「いえ、素晴らしい手腕です。これであの異次元人、いやカラビアンを捕まえることができそうです」
突然背後から第4の声が会話に割り込んできた。振り返るとスーツ姿の男がこちらに近付いてくるのが見える。あれは__
「やあ諸君、待たせてすまなかった」
「「先生!」」
疑いようなく、我らが城崎教授だった。
「先生、今までどこにいたんですか?」
「病院で目撃者に話を聞いて、それを元に過去の異次元人情報を漁っていたんだ。もちろん森島君からのメールも全て確認している。さっき倉庫で警察の方々からも話を聞いてきた。おかげで正体をほぼ絞り込むことができた」
「それで、あの異次元人の正体って何なんですか?早く教えてください!」
「落ち着くんだ稲川君。今から手短に説明する」
繁華街の中心である駅の方角に向けて歩きながら、城崎教授の講義が始まった。
「あの異次元人はカラビアンと呼ばれている。出現記録は数えるほどしかないが、その特異な能力から出現の度に必ず記録に残っているようだ。その能力というのは、もう知っているだろうけど、周囲の色を奪うことだ」
「色を奪う……」
その光景を実際に目の当たりにしたとはいえ、改めて聞かされると理解に苦しむ。
「この場合の色を奪うというのは、生物の色素を奪うとか、光の反射を調節するという理屈ではないようだ。原理は不明だが、周囲の物から一切の色彩を奪っていく。カラビアンの通った後には黒と白と灰色の世界が広がるだけだ。もちろん人間も例外ではなく、白黒映画の登場人物のようになってしまう。ずっとそのままというわけではないが。人間の皮膚の細胞は1ヶ月もあれば入れ替わるからね」
「良かった、モノクロになった人達も元に戻れるんですね!」
「そういうことだ。で、このカラビアンがどうやって色を奪うのかについては文献にも載っていなかったんだが、目撃者の話でとうとう明らかになったんだ。まずこの絵を見てくれ」
先生は懐から古い小冊子を取り出してページを開いて3人に見せる。どうやら異次元生物関係の資料らしく、異次元人らしきスケッチが載っている。真っ黒でひょろ長い身体、マントか何かを被ったように見える頭部、襟肩の辺りから垂れる複数本の紐のような物体。まさしく彼らがさっきまで追っていた異次元人、いやカラビアンの姿だ。
「これがカラビアンの一般的な外見で、今回の事件の証言とも一致している。そして、どうやらこの紐状の部分を伸ばして対象に突き刺し、吸い上げるようにして色を奪っているらしいんだ。これは凄い発見だよ!」
「あ、はい」
学者らしく興奮気味にまくし立てる城崎教授だが、残念ながら3人はその光景を目撃済みだった。
「それで、あいつへの対処法は見つかったんですか?」
味原警部補が警察官らしく現実的な質問を投げかける。
「え?ああ、そうですね。文献には特に有効策は載ってなかったんですが、皆さんの話を聞いて一つ思いつきました。既に警察の方に準備はお願いしてます。具体的には_」
城崎教授が説明し始めた時、駅の方面から複数人の叫び声が聞こえてきた。
「いたぞ!」
「交差点の方向に逃走!」
「捕まえろ!」
どうやら警官達がカラビアンを発見したようだ。
「来たな。よし、行くぞ」
警部補はそれを聞くなり近くに停めてあったパトカーに飛び乗り、研究室メンバーを乗せて発進させた。
パトカーは無人の繁華街を駆け抜ける。大通りは駅前から一直線に伸びており、他の車の通行が無いため進行方向をかなり先まで見通すことができた。
「あ、あれ見てください!」
はるか前方、こちら側の車線の先端を疾走する黒い影。パトカーとの距離が縮まないところを見ると、車両並みのスピードで走っているらしい。恐るべき速度だ。そして、辰真はもう一つ不思議なことに気付いた。
「先生、あの周辺の色……」
時刻は既に夕方。パトカーの周囲も一面オレンジ色に染まっているが、カラビアンの周辺は奇妙に灰味がかっている。
「ああ。カラビアンがいる周辺の空間は、紐を刺されなくとも次第に色彩を失っていくという事だろう。カラビアンをこのまま野放しにするわけにはいかない」
カラビアンは駅前交差点へと駆け込み、少し遅れてパトカーも交差点へ到着。待機していた警官達が交差点の四方を迅速に封鎖し、怪人は事実上包囲された形となった。それを知ってか知らずか、怪人はふらふらと無人の交差点の中央へ進む。
揺木最大の繁華街の更に中心。駅ビルや大型デパート、オフィスビルなどに囲まれ、日中は市内で最も人口密度が高いとされる駅前交差点は、いまやカラビアンの独占状態にあった。周囲をぐるりと見渡した怪人は、いきなり四方八方に触手を伸ばし始めた。緑色の街路樹、駅ビル側面の巨大な広告、コンビニのカラフルな看板、点灯したばかりの飲食店の煌びやかなネオン。カラビアンはこれら全てに触手を突き刺して色を吸収し始める。
灰色の夕陽が照らす中、全ての色彩は虹色の水流のように列をなして怪人の黒い胴体へと吸い込まれていく。色が溢れていたはずの駅前交差点はモノクロ映画の中の世界へと変貌しつつあった。脱色された街。
「先生」
警官隊の一人が城崎教授の元へ来る。交差点を包囲している警官達は今のところ手出しをせずにカラビアンの吸色を眺めている。一斉射撃もできそうなものなのに何故しないのだろう。辰真がそう思っていると、先生が口を開いた。
「そうですね、そろそろ始めましょう。さっき言った通りに準備をお願いします」
「了解」
警官が隊へ駆け戻ると、包囲網全体が慌ただしく動き始めた。人垣の後ろの方から何か平べったい物が出てきて、手前に並べられ始めている。辰真の見たところ、それは木製の板のようなのだが、表面に虹色のカラーチャートが貼り付けられていた。
警官達はカラフルな板を盾のように構えると、カラビアンを虹の中に閉じ込めるかのように包囲し、そのままゆっくり前進し始めた。虹の包囲網が少しずつ小さくなる。周囲の色彩を粗方吸収し終わっていたカラビアンは、迫り来る虹の壁にも紐を伸ばす。警官の接近を阻むように、全ての板に触手を突き刺し色を奪っていく。やがて幾つかの板が黒ずんでくると、後ろに控える警官がすぐに次の板と交換した。その間にも包囲網の歩みは止まることはない。
「あれは一体何をやってるんですか?」
「要するにだ」
先生が解説する。
「目撃者の話を総合して考えると、あいつは色を吸収している間、その場を動けない可能性が高い。そして、多数の色彩を吸収するにはやや時間がかかりそうだとも予想した。だから、ああして足止めしている間に捕獲するのが有効だと思ったんだよ」
「見事に読みどおりですね、流石です!」
しかし、事態は思わぬ方向に進んだ。警官隊が怪人まであと数mにまで迫った時点で、突然色を吸収する速度が落ち始めたのである。間もなくカラビアンは全ての触手を板から引き抜くと苦しんでいるかのようにもがき始め、地面に転がった。周囲の人間達が言葉を失う中、怪人は全ての触手を上空へと伸ばすと、体内に吸い込んでいた色彩を逆流させた。上空を虹色の光流が舞い踊る。その眩しさに目を閉じた人々が再び目を開けると、視界全体に色彩が飛び込んできた。その片隅に、色を取り戻した街とは対照的に真っ黒な怪人の死体が倒れていた。
翌日、辰真は研究室で3本に増えたレポートを消化していた。テーブルの斜め向かいでは月美が揺木日報を読んでいる。中央交差点で色彩を吸い取るカラビアンの写真が社会面に大きく掲載されていた。綾瀬川記者が本社ビルから激写したものだ。
「そういえば、あいつは結局何で死んじまったんだろうな」
辰真がふと思い出した疑問を口にすると、月美が返事をした。
「あの後先生が調べてましたよ。飽色状態になってしまったのが死因らしいです」
「飽色状態?」
「色を吸収しすぎた状態のことみたいです。わたしもまだ良く分かってないんですけど。でも、先生はかなり残念がってました。怪獣とも異次元人とも共存を考えるのが先生の目標ですから」
「共存ねえ」
例え悪意がなかったとしても、存在するだけで周囲から色を奪うような存在と人類とが果たして共存できるのだろうか。たった一体が街に現れたたけでもあれだけの騒ぎになったというのに。
辰真がそんな事を考えていると、突然室内にチャイムが鳴り響いた。ドアに近い位置に座っていた辰真が立ち上がりドアを開ける。そこには運送会社の制服を着た男が立っていた。
「お届け物です。品物は全て外に準備してあります」
「外に?……なんだこれは」
プレハブ小屋の外に出ると、一面に黒い花畑が広がっていた。鉢植えや籠に山ほど入った黒白の花々。辰真が唖然としている間にもトラックの荷台から次々と運び出されている。
「あ、ここに配達されちゃったんですか……」
月美も小屋から顔を出すなり気まずそうな顔をする。
「稲川、これは」
「はい、昨日JULANで全部注文しちゃいました!」
「……マジかよ」
それからしばらくの間、城崎研究室を訪れた人にはもれなく黒い花が配られるようになり、「あの研究室は呪われているのでは?」などという噂が大学中に広がったのだった。




