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第八話 脱色された街 中編

                ~奪色怪人カラビアン登場~


 揺木市南部の繁華街を市役所や絹村があるのとは別方向に端まで進んでいくと、徐々に人気が少なくなり、いつの間にか閑散とした地域へと迷い込む。この辺り一帯は倉池と呼ばれ、南部の中でも際立って不吉な言い伝えが多いことで有名な場所である。市民からの人気が低い故に住み付くのも得体の知れない人々が多く、治安も悪いため揺木警察も要警戒対象としていた。

 辰真達が今いるのはそんな倉池の一角、表通りから3本ほど奥手にある寂れた裏路地の入り口だった。路地の中は「侵入禁止」の黄色テープで封鎖され、テープの内側では物々しい防弾服に身を包んだ警官達が周囲を調べまわっている。

「なんか今日は人数多くないですか?ここに来るまでにもパトロールしてる人を結構見たんですけど」

 辰真の問いかけに、同伴の味原警部補が答える。

「ああ、警備課の連中だ。この前の怪獣事件で勝手に出動した挙句消防に出し抜かれただろ?あの件で冷井課長が謹慎になっちまって以降、部下の奴らが妙にやる気を出して自主的にパトロールしてんだよ。他の課では業務の邪魔だって文句言ってる奴もいる。俺は別に構わないけど」

「そんな事が」

 治安が良くなる分には辰真も文句はない。

「それに、今回の事件が早期に発見できたのもあいつらのおかげだしな」

「というと?」

「昨晩、この奥の路地で男が倒れているのを自主パトロール中の巡査が見つけたんだよ。その男は最近署内でそこそこ話題になっていた犯罪者だった。と言っても大物ってわけじゃなく、怪獣事件とかの騒動に便乗して盗みを働くこそ泥だけどな。アジトが倉池にあるとこまでは俺も突き止めてたんだがなあ。まあとにかく、倒れてたそいつは軽い錯乱状態だった上、ちょっと妙な外見をしていたからすぐに揺木総合病院に運び込まれた。具体的にどんな外見だったかは……嬢ちゃんが説明してくれるだろ」

 二人は通路の隅の月美に視線を移す。彼女は今まさに揺木総合病院へ電話をかけているところだった。総合病院は月美の庭のようなものなので、こういう場合にすぐに情報を得られるのはありがたい。


「お待たせしました!」

 電話を終えた月美が2人の方へ戻ってくる。

「被害者の人はまだ面会謝絶状態らしいですけど、どんな感じだったかは京子さんから聞いてきましたよ。つまりですね、ええと、なんと言うか……」

 月美は一旦言葉を詰まらせたが、やがて決心したように続けた。

「その人は、全身の色素が奪われて見た目がモノクロになっていたらしいんですよ」


「モノクロ……ってのはどういう意味なんだ?」

「言ったとおりの意味です。白黒テレビの中から出てきたみたいに、体色が白と黒の2色だけになってるらしいんですよ。それから着ていた服もモノクロになってたらしいですよ。服については元々そういう色だったのかもしれないですけど」

「それ、本当なのか?」

「本当だ」

 辰真の問いかけに答えたのは味原警部補だった。

「そいつはモノクロ状態になって路上に倒れていた。そして現場付近には奇妙な足跡が残っていた。足跡の大きさと歩幅から推測される身長は約2.5m、明らかに普通の人間のもんじゃない。被害者の状態からしても、恐らく異次元人の仕業だろうという見方が多数派だ」

「異次元人か……」

「どんな異次元人に会えるのか楽しみですね。早速見に行きましょう!」



 3人はテープを跨いで封鎖地帯へ入った。路地の中央あたりに人型の白線が引かれていて複数の警官が周囲を囲んでいる他、ブロック塀が並ぶ壁際にも捜査員が集まっている。

「あの人達は何をしてるんですか?」

「あれ見てみな」

 警部補が路地の隅にある自動販売機を指差す。一見なんの変哲もない自販機だったが、近付いていくとその異様さが明らかになる。

「これは……」

 ディスプレイに並ぶ缶のサンプルが全て黒と白の2色に塗り替えられていた。誰かの悪戯にしては手が込みすぎている。

「やっぱり、生き物以外も色を奪われてるんですね」

 月美が淡々と写真を撮りながら呟く。

「近くに貼ってあったポスターもモノクロになってたらしいぜ。鑑識の連中が持っていっちまったけどな。この近辺に異次元人が潜伏してるんだろうってことで、若い連中が付近を探索中だ」


 その時突然、味原警部補の持っていた警察無線が音声を受信した。

「増田より本部へ。異次元人と思われる不審者を追跡、潜伏先の建物を発見しました」

「でかしたぞ増田!増援を送るからそこで待機しててくれ」

「いえ、ホシの意図が読めないので待っているのは危険です。本官と多良巡査の2人で突入し取り押さえます」

「おい待て、早まるな!2人だけで行くのは危険すぎる」

 警部補が慌てて制止するが、その言葉が届いたかどうかは怪しい。というのも、ちょうどその辺りで無線にノイズが混じり始めたからである。

「おい増田、聞こえるか?返事をしろ!」

「……ザザザ……それでは今から突入します……ザザ……電波が悪いのか?……」

「ちくしょう駄目だ、こっちの声が届いてねえ」

「ひょっとして、もう霧が発生し始めてるんでしょうか?」

「かもな」

 無線は増田刑事の囁き声だけを一方的に発信し続ける。

「多良、お前は右から回れ……ザザザザ……どこにいる……っ、何だ今の音は?」

 突然遠くの方で何かが動いたような音が聞こえてきた。続いて警官達が走り出す音、更に何かが崩れるような音。複数の音がぶつかり合って反響し、無線越しでは状況を把握することができない。

「おい増田、聞こえるか?一旦落ち着いて状況を報告しろ!」

 警部補の呼びかけに応える声はなかったが、一拍置いて発砲音が鳴り響いた。学生達は思わず身を固くする。

「おい多良、大丈夫か……ザザザ……あの化け物め……しまった、見つかった!……ザザ……止めろ、く、来るな……ザザザザ」

 電波障害は徐々に強く、それに反比例して音声は小さくなっていく。

「増田、しっかりしろ!聞こえるか?今どこにいるんだ?」

「……三丁目……角の煙草屋……古い倉庫……ザザザザザ」

 刑事から帰ってきた弱々しい言葉を最後に無線は途切れた。


「三丁目の煙草屋に倉庫っていうと……あそこか。よし、行くぞ!」

 即座に場所の見当をつけた味原警部補が真っ先に走り出し、学生2人と警察官数人が続く。何度か角を曲がり、休業中の煙草屋の裏手に回ると広い敷地が見えてきた。敷地の中央には古びた倉庫がぽつりと建っている。

「この辺りには昔雑貨屋があったんだが潰れちまってな、今じゃ大量の在庫を詰め込んだこの倉庫だけが残ってる。増田が言ってたのは恐らくここだろう」

 倉庫の入り口へとゆっくり進みながら警部補が解説する。

「味原さん、倉池にもお詳しいんですね!」

「ガキの頃からよく来てたからな。ところで、教授への連絡はついたか?」

「いや、まだです」

 揺木市内にいるはずの城崎教授には辰真が状況を逐一メールで送信しているが、今のところ返信は無い。例によって通信障害があるため、届いているのかも怪しい。

「まあ仕方ないか。さて、そろそろ行くぞ」

 味原警部補は学生2人を退がらせると、正面入り口に3人、裏口に2人警官を配置した。そして、合図と共に一斉に扉を開け、銃を構えながら踏み込む。同時に倉庫の奥へ懐中電灯の光が当てられ、中の様子を照らし出す。


 倉庫内からは何の音も聞こえてこない。辰真と月美が後ろから覗き見るが、光に照らされて浮かび上がるのは年季の入った段ボールの山々だけ。ただし、その全ては濁った灰色に変色している。

「誰もいないのか?」

 警部補が呟いた直後、段ボールの間から微かなうめき声が聞こえてきた。段ボールをかき分け声の方向に向かうと、そこには警官2人が倒れていた。2人とも息はあるようだが、1人は紺色の制服の一部が巨大なシミができたかのように黒ずんでいるし、もう1人は右手を含めた右半身が黒と白に変色している。

「おい増田、多良!大丈夫か、しっかりしろ!」

「あ、味原さん……」

 増田刑事が弱々しい声で話し出す。

「気をつけてください……奴はまだ近くに……」

「近くに?奴の特徴は分かるか?」

「奴は全身真っ黒で……フードのような物を頭から被っていて……首のあたりから大量の細長い腕が伸びてます……その腕を突き刺して色を奪うんです……」

「色を奪うってのは?つまりどういう事なんだ?」

「だから腕を突き刺して色を吸い取るんです!逃げてください!まだこの近くにいるっ!」

「おい落ち着け!」

 錯乱した刑事が腕を振り回し始めたので警部補達が急いで押さえ込むが、その腕が当たって真横に積んであった段ボールの山が崩れてしまった。段ボールには元々切れ目があったため、内部に入っていた在庫が床に転がり出る。それは12色入りのカラフルな絵の具セットだった。

「これは……」

「まだ色が抜けてないですね。箱は灰色なのに」

 辰真達が絵の具を拾いに向かう。が、それより早く、奥の暗がりから何かが伸びてきた。


「待て!!」

 警部補が学生達を制止する。現れたのは先端が尖った太めの真っ黒い紐のような物体だった。それが複数伸びてきて、絵の具のチューブに次々と突き刺さる。間もなく、その物体は絵の具の色を吸い取り始めた。つまり、チューブの鮮やかな赤や青、黄色が先端から紐に移動し、チューブ本体はモノクロへ変色した。色の方はストローで吸い上げられているかのように紐の内部を移動し続け、奥の暗がりへと吸い込まれていった。

 辰真達はその光景を唖然として見ていたが、やがて警官の1人が右腕を持ち上げてピストルを構えた。最初は奥の暗がりへ銃を向けたが、思い直したのか上方に向きを変え、威嚇射撃を放つ。乾いた銃弾の音が倉庫内に響き渡ると、複数の紐は一瞬で奥へと引っ込んだ。そして奥の方から再び物音。こちら側から遠ざかっていく足音だ。

「おい、そっち行ったぞ!逃がすな!」

 味原警部補が裏口に回った警官達に呼びかけ、異次元人の後を追い始める。間もなく倉庫の扉が勢いよく開け放たれる音や何人かの足音、「捕まえろ!」といった叫びなどが前方から断片的に聞こえてきたが、何かが壁にぶつかる音と警官のうなり声が同時に聞こえたのを最後に音は途切れた。

「どうした!?」

 警部補が先頭に立って裏口に到達した時には異次元人の姿は見えず、壁際に警官達が倒れていた。

「すいません味原さん、取り逃がしました。紐みたいな触手で投げ飛ばされたんです……野郎、なんて力だ」

「どっちに行ったか分かるか?」

 警官が空き地の反対側にある出口を指さす。

「はい……あそこからまっすぐ逃げていきました」

「あの道は一方通行だったな。たしかあの先は……マズい」

 再び何かに思い当たった味原警部補は、倉庫に救助用に1人警官を残し、もう1人を捜査本部に向かわせると、自らは異次元人が逃げた方向に走り始めた。辰真と月美も他の警官と共に彼に続く。

「味原さーん、この先には何があるんですか?」

「表通りだ!繁華街へと続く道だよ!」


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