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第八話 脱色された街 前編

                ~???????登場~


 深夜、揺木市繁華街外れ。静かな裏路地を一人の男が帰路についていた。男は一仕事終えてきたばかりで、心地よい疲労と緊迫感が彼を包んでいた。今日の成果も上々だ。どうやら最近は市内で妙な事件が続発しているらしく、警察の注意が薄まっているので仕事がやりやすい。誰の仕業か知らないが、もっと事件を起こしてほしいものだ。男はそんな事を考えながら隠れ家への道を急ぐ。


 突然、強烈な胸騒ぎが男を襲った。反射的に路地の端に駆け寄り周囲を見回す。仕事柄警戒心が強いため断言できるが、仕事の際に誰にも目撃はされていないし、帰り際に尾行を受けていたということも無い。しかし今、明らかに何者かの気配を感じた。遠くない場所からこちらを凝視されているような感覚。だがその感覚は一瞬で消え、見渡すかぎり路地には男の他に誰もいない。

 男は再び薄暗い路地を歩き出す。やや急ぎ足で、警戒心を強めたまま。両脇には崩れかけたブロック塀やスプレーで落書きされた廃商店の壁が立ち並ぶ。男の靴音以外物音ひとつしない。誰かが近くで息を潜めているような静寂。もう5月だというのに空気が肌寒い。気付けば遠景が妙にぼやけている。霧が出ているのだろうか。路地に僅かな明るさを提供している古びた街灯の光も、霧のためか白ではなく灰色に見える。同様に灰色の光を放っている自販機の前を足早に通り過ぎる。数秒後、足が止まる。一瞬だけ視界を横切った風景が脳裏を離れない。何処かに違和感がある。男は懸命に記憶を探り、気付いた。自販機のディスプレイ上に並ぶ飲料缶のパッケージが全てモノクロになっていた。馬鹿な、気のせいに決まっている。霧で視界が悪いために暗く見えてしまっただけだ。男は自販機を振り返って確認することもせずに先を急ぐ。


 ブロック塀伝いに路地を進んでいくと、前方の壁にポスターが貼ってあるのが見えてきた。あれには見覚えがある。確か、子供向けアニメの2頭身の猫キャラクターが虹の橋の上に立って交通安全を訴えているというような内容だ。数日前に貼られたばかりだが、こんな裏路地に掲示しても効果があるとは思えなかった。男は徐々に速度を落とし、ポスターの前で立ち止まる。さっきのは勘違いだと証明するいいチャンスだ。仕事柄いつも持ち歩いている懐中電灯を取り出し、スイッチを押す。懐中電灯から照射された光は街灯が出しているような灰色ではなく、闇を切り裂くように眩い白だった。少し安心した男は懐中電灯をポスターに向ける。白い光が絵柄を照らし出す。原色が派手に使われているはずの猫と虹の橋は、光を当てられてもモノクロのままだった。

 男は愕然としてポスターを凝視する。一瞬ポスターの猫がニヤリと笑ったような気がして、思わず後ずさる。背後に誰かの気配を感じたのはその時だった。ゆっくりと振り返ると、わずか数m離れた場所に人影が立っていた。奇妙なほどに細長く、マントのような物を頭から被っているようで顔はよく見えない。マントの切れ目からは真っ黒い紐のような物体が何本も垂れ下がり、地面に引きずられていた。男は激しい恐怖に襲われながらも、職業柄持ち歩いているナイフを反射的に取り出して構えた。が、既に謎の人影は男の一歩手前まで近付いてきていた。触手が男の首に巻き付き、男はモノクロの世界に引きずり込まれた。



 正午、揺木大学の外れ。社会学部城崎研究室所属の大学生である森島辰真は、目下の研究室本部であるプレハブ内にいた。揺木市街からはオブロスの脅威が去ったばかりであり、城崎教授はその対応で留守にしている。しかし、教授がいなかったとしてもレポートの提出期限は伸びない。現在辰真は週一で出されるのとアベラント事件用の二本のレポートを抱えており、なるべくなら次の事件が起きる前に両方片付けてしまいたかった。

 テーブルの斜め向かい側では同期の稲川月美が新聞を広げている。「揺木日報」ではなく全国紙である。紙面を逆方向から見る限りでは、大した事件は起こっていないようだ。……そういえば、オブロス事件については揺木日報以外の新聞やニュースでは全く報道されていない。結構大きな騒ぎになっていたのに。まあ、大怪獣出現なんてニュースは揺木市外では冗談としてしか受け取られないのかもしれないが。レポートが進まない辰真がそんなことをぼんやり考えていると、不意に月美が声を上げた。


「長崎の方で河童が目撃されたらしいですよ!」

「……カッパ?妖怪の?」

「はい、あの河童です!いいな、わたしも一度でいいから見てみたいんですよね」

「そ、そうか」

 正直反応に困るニュースだ。

「そういえば、「河童異次元人説」ってのが最近発表されたんですよ」

「なんだって?もう一回言ってくれ」

「河童、異次元人説。つまり、河童の正体は異次元の住人なんじゃないかって説です。こういう説が出るってことは、アベラント事件の認知度が上がってきてるってことですよね!」

「……まあ、そうかもな」

 辰真個人としては胡散臭さしか感じないが、YRK(揺木大学歴史研究会)の米澤先輩なら目の色変えて飛びつきそうな説だ。その米澤は連休が終わっても連絡が取れていないままだが、誰も心配していないので辰真も気にしないことにしていた。

「日本河童の会も異次元人説の検討で盛り上がっているらしいですよ!知っての通りあそこって昔から「河童宇宙人説」が主流だから、異次元人説が出ても違和感が少ないのかもしれませんね」

「なるほど」


 無論辰真にしてみれば「日本河童の会」など初耳だが、面倒なので話を合わせる。

「で、森島くんはどう思います?河童異次元人説について」

「どう思うって、そうだな……」

 辰真は今度は正直に答えた。

「そもそも異次元人について全く知らないから分からん。先生達の話じゃよく聞くけど、実際に会ったことないしな」

「そっか、そうですよね……揺木だと異次元人の出現記録少ないですし、実はわたしも本物には会った事ないんです……でも大丈夫!きっとすぐに会えますよ!」

 月美は辰真が落ち込んでいると解釈したらしく、励ますような言葉をかけてくる。

「そうだ、異次元人の基礎知識についてわたしが教えてあげます!今のうちに予習しておけば、いざ遭ったときにも安心ですよ!」

「いやいやそんなに異次元人に興味は、じゃなくて、残念だけどレポートがまだ残ってるんだよ」

「大丈夫ですって、レポートならわたしが手伝いますから」

「……それなら、まあいいか」

 月美は嬉々として説明を始めた。

「まずは異次元人の定義なんですけど、一般的には異次元生物の中でも明確な知性を持っている存在を指します。異次元人の姿形は様々ですが、一般的には人類みたいに体長2m前後で二足歩行の場合が多いみたいですね」

「知性、ねえ」

「異次元人に遭った人の多くは「異次元人がこちらに何かを伝えようとしていた」とか「道具らしき物を使っていた」とか「誘拐されそうになった」とか、何らかの知性的な行動をしていたことを報告しています。怪獣に代表される他の異次元生物の知能は野生動物と同じくらいなので、今のところ怪獣と異次元人は明確に区別されています。でもわたしは高い知能を持った怪獣だっていると思いますけどね」


「まだよく分からないんだが、要するに異次元人ってのは宇宙人みたいなもんなのか?」

「あ、なかなか鋭いですね〜。異次元人の目撃報告は少ないんですけど、実はかなり昔から地球に来ていたのではないかと主張してる学者もいるんです。昔からあちこちで記録されている神隠し事件は、実は異次元人による異世界への誘拐事件なんじゃないかとか。それから世界各地に伝わる異人譚__例えば妖精や獣人、妖怪に吸血鬼なんかも、正体の多くは異次元人なんじゃないかって推測する人もいます。そこから更に進んで、近代に入ってから報告が増えた宇宙人事件も異次元人の仕業なんじゃないかって意見も広まってるんですよ」

「じゃあ、さっきの河童異次元人説ってのもそこから来てるのか」

「はい。ただ、何でもかんでも異次元人の仕業だって主張する人も最近増えてきてるらしいですけど」

「米さんみたいな人ってどこの世界にもいるんだな……」

「異次元学界には米さんみたいな人結構いると思いますよ〜。でもそれも仕方ないっていうか、異次元人が関わる事件って謎が多くて厄介なんですよ。怪獣と違って見つけにくいですし、接触できたとしても、相手の正体や目的や能力もまったく分からないで終わる場合も多いんです」


「異次元人って知性があるんだろ。目的くらい分からないのか?」

「それが、異次元人とまともに意思疎通ができた人は公式記録では一人もいないんです。学者の中でも意見が分かれていて、一つの事件だけを取ってみても、こちらの世界への侵略や誘拐目的で来たと主張する人もいれば、たまたま迷い込んだだけで害意はないって言う人もいます。海外には異次元人と友好関係を結ぼうとしてる団体があるんですけど、うまくいったって話は聞いた事ありません」

「なんとも面倒な話だな。それで実際のところ、異次元人には具体的にどんな奴がいるんだ?」

「そうそう、やっぱりそこが気になりますよね!異次元人事件の中で最も有名なのは……」

 その時、部屋の隅で電話が鳴った。旧校舎が破壊されて以来設置されていなかった外線電話が最近復旧したのだ。月美が話を中断して受話器を取る。

「はい、こちら城崎研究室です!味原さん?どーもお世話になってます!ひょっとして事件ですか?……はい、はい……え?……」

 月美の応答のトーンが途中で変わり、声も小さくなる。やがて彼女は電話を中断し、小声で辰真を呼び寄せた。

「森島くんちょっと!すごい偶然ですよっ!」

「偶然?」

「起きたんですよ。異次元人事件が!」


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