第七話 大怪獣揺木市街にあらわる 4/4
第七話 「大怪獣揺木市街にあらわる」~鉱石怪獣オブロス登場~ 4/4
一方揺木街道北部では、辰真達三人が車を畑から引っ張り上げようと苦闘し、その横でオブロスが何故かうずくまっている間に、10人ほどの警察部隊が駆け付けて来ていた。怪獣の行く手を阻むように金属製の防弾盾が並べられ、盾の間から銃口が顔を出している。機動隊にしては数が少ない。冷田警部が率いていることから見て、警備課の人員が装備をかき集めてやってきたのだろう。
「怯むなっ!撃て撃てえ!」
冷田警部が檄を飛ばす中、警官隊は再度歩行を開始したオブロスに向けてサブマシンガンを連射した。10mほど離れた怪獣の脚や甲羅に銃弾が当たるが、硬い皮膚に跳ね返され全く効いている様子はない。サイズ差を考えれば、人間が豆鉄砲で撃たれたようなものかもしれない。
「頭だ、頭を狙えっ!」
警部の指示で頭部に狙いが集中する。動いているので半分も当たってない上にダメージも無さそうだったが、さすがに鬱陶しいのか頭を左右に振っている。それでもオブロスの歩みは止まることがなかったが、警部は距離が5mほどになっても諦めずに部下に銃撃を続けさせる。すると、何発かの銃弾が命中した直後、オブロスの動きが止まった。
「いいぞ、その調子だ!」
警官隊が更に銃弾を浴びせようとすると、怪獣が体をくねらせた。遠巻きに見ていた月美達が息を呑む。
「あ……!」
オブロスの尻尾がうなり、先端のトゲ球が砲弾のような速度で警官隊に飛んでくる。鉱物は彼らの少し手前の地面に激突し、衝撃波で最前列の警官達が防御盾ごと後ろに吹き飛ばされる。
「まずい、一旦退がれ!」
陣形は総崩れとなり、怪獣の行く手を阻む者はいなくなった。
「やっぱり駄目なのかしら」
絵理が呟いたその時だった。坂道の上の方から、何やら騒がしい音が聞こえてきた。間もなく、赤い物体が高速で坂道を駆け下りてきたのである。
「な、何だ?」
「おい、あの音ってまさか」
サイレンの音をBGMに現場に到着したのは、真っ赤に塗られた大型消防車だった。後部がコンテナのような形をしているのでポンプ車に見えるが、屋上部分には大砲のように見える細長い物体が積まれている。
「え、なんで消防が……?」
困惑する警官達や学生達をよそに消防車は怪獣の手前で鮮やかに停止、消防服を着た男達が次々と車から駆け下りてきた。先陣を切って現れたのは先程までに市役所の会議室にいた男、すなわち駒井消防司令である。司令は外に出て怪獣を確認すると、すぐに振り返り後ろの隊員達に指示を飛ばす。
「怪獣を確認、これより対策に入る。袋田は例の装置の準備。その間高見と宇沢は放水で奴を牽制せよ!」
「了解!」
辰真達が唖然としながら見守る中、彼らは手際よく準備を進めていく。内部に貯水タンクを備えているらしい消防車の格納部からホースを引っ張り出し、二人がかりで筒先を怪獣に向けて構える。
「よっしゃ、放水開始!くらえカメ野郎!」
「カメじゃないですよ……」
携帯電話に何事か入力している月美の呟きをよそに、猛烈な勢いでホースから飛び出てきた水流がオブロスの頭部に降りかかる。怪獣が再び首を左右に振る。辰真達の見る限りでは、警官隊の攻撃より多少は効果的かもしれないが有効なダメージを与えているようには見えない。その時消防車から、先ほど袋田と呼ばれていた小太りの男が駆け下りてきて叫んだ。
「隊長、準備できました!」
「よし、いったん放水やめ!出力をオルゴンタンクへ切り替えろ!」
「了解!」
再び袋田は消防車に駆け込み、高見と宇沢は消防車の屋上部分に付属の梯子を使って駆け上る。そして、屋上に積まれた細長い筒を固定砲台のように傾け、オブロスのやや上方に標準を合わせる。間もなく消防車全体が振動を始め、揺れが伝わって震え始める筒を二人がかりで押さえつけるように固定する。そして、大気中から発生した青白い光の粒子のようなものが筒に吸い込まれていく。辰真達3人は目の前の光景に見覚えがあった。間もなくオブロスの頭上あたりに巨大な灰色の雲が発生し、猛烈な勢いで雨を降らし始めた。いきなり局地的な豪雨に襲われたオブロスは、とうとうその場から後退し始める。
「どうだ!これが消防設備に対応させることで大幅に性能をアップグレードした新型クラウドバスターの威力だぞお!」
消防車から降りてきた袋田が興奮気味にまくしたてる。どうやら彼は異中研の人間であるらしい。クラウドバスターとは異次元エネルギーの一種であるオルゴンを使用した超科学装置であり、上空の雲を消滅させたり、逆に雲を発生させて雨を降らせたりすることが可能である。20世紀の科学者ウィルヘルム・ライヒによる発明以降、再現性の問題から長らく製造を成し遂げた者はほとんど現れなかったが、つい最近異中研がオリジナルの再現に成功した。以前辰真達も対ジェニリス用に借りたことがあるのだが、その際使った試作型に比べて大幅に出力が上がっているようだ。
「す、凄いですよ。あっという間に雲を見作り出せるまでに進歩してるなんて!流石は異中研ですね!」
「まあ確かに凄いと言えば凄いが……」
「……本当に効果があるのかしら?」
辰真及び絵理の疑念はもっともである。雨を降らす装置が怪獣対策にあまり役立つとは思えない。現にオブロスも数歩後ろに下がっただけであり、更に後退させるには雨雲を作り続ける必要がありそうだ。使っている消防士の一人も同じ感想を抱いたらしく、屋根の上から袋田に問いかける。
「なあこの装置、雨を降らす以外のことはできねーのか?なんかこう、ビーム出したりとかさ」
「うーん、一応周囲から吸収したオルゴン・エネルギーを再放出してぶつけることはできるけど……」
袋田が言葉を濁す。
「あいつは防御力が高そうだから効かないと思うんだよね」
「マジかよ!このままじゃ追い返すまでに日が暮れちまうぜ?」
周囲に気まずい沈黙が下りる。その時、タイミングを見計らったかのように駒井司令の持っていた無線機が音声を発した。
「こちら対策本部。駒井司令聞こえますか?」
「こちら駒井です。城崎教授ですか?どうぞ」
「はい。そちらの様子はモニターで確認しています。既にその場に私の研究室の者が到着しているはずです。怪獣についての詳しい情報は彼らに聞いてください」
城崎教授の音声は辰真達にも聞こえていた。
「稲川、ひょっとして先生の助手って俺達のことか?情報なんて持ってないけどな」
辰真の呟きに答えは返ってこない。
「月美ちゃんならもう行っちゃったわよ」
絵理が指差した先を見ると、既に消防隊の所へ駆け出している月美の姿が見えた。
「城崎教授の助手がこの辺に来ているらしいんだが、誰か見覚えは……」
「はーい!それは私たちです!」
辰真と絵理も彼女の後を追って走り出す。
「あの子、さっき先生に連絡してたみたいね」
「そうでしたか。あいつ、何か情報を持ってたのか?」
「つまりですね、オブロスの弱点はお腹の下の可能性が高いんですよ」
月美がデジカメの画面を操作しながら一行に説明する。
「これを見てください」
画面には黒い柱、つまりはオブロスの脚が写っていた。先ほど3人が怪獣の股下を命がけで通り抜けた際に撮ったものらしい。あの一瞬によくも写真が撮れたものだと、辰真は呆れつつも感心する。
「画面の上の方に白い天井みたいなものが写ってますよね?これ、オブロスのお腹なんです」
「いや待て」
説明を聞いていた駒井司令がオブロスの方を振り返る。正面から見る限り、怪獣は全身が艶のある黒色だ。
「ここからでは確認できないが、本当にこの写真は奴の腹の下なのか?」
「確かにこれはオブロスを真下から撮った写真です」
辰真が助け舟を出す。彼もあの時、白い天井のある神殿を見たような気がしたのを思い出していた。今考えると、頭上にあったのはオブロスの腹だったのだから、この白いものは当然オブロスの下側ということになる。
「そうですよ。それに、私たちが下をくぐり抜けた後、あの子ちょっとの間しゃがみ込んでましたよね?あれって、車の屋根が天井にぶつかったせいじゃないかと思うんです」
「そう言われてみればそうね」
絵理も同意する。
「あの外見だから車がぶつかった程度で動じるはずはないと思ってたけど、下まで頑丈とは限らないわけね」
「そうなんですよ。カメだったらお腹側まで甲羅に覆われてますけど、あの子はカメじゃなくて恐竜ですから」
「更に付け加えて言うなら」
これは、無線を通じて聞こえる城崎教授の声だ。
「先ほど警察の皆さんが近距離射撃を行った際、一瞬オブロスの動きが止まったけど、あれも銃弾の一部が偶然腹部にヒットしたと考えれば稲川君の説と矛盾がない」
先生の同意により月美の説の優位性は決定的になった。駒井司令が、雨雲を発生させ続けて怪獣を足止めしている高見達に呼びかける。
「よし。では、オブロスの腹部に向けてオルゴン・エネルギーを放出せよ!」
「了解!」
高見と宇沢がクラウドバスターを操作し、砲身を地面とほぼ平行に傾ける。間もなく装置はバチバチと音を立てながら周囲の空気を揺るがす勢いで振動を始め、筒先から青白い粒子の束が噴出した。今更だが、あの青白い光がオルゴン・エネルギーであるらしい。光流が怪獣の股下に入り込んだあたりで高見が砲身をやや上に傾ける。
オルゴン粒子がオブロスの腹部を直撃した。激流が行く手を阻む壁に激突したかのような轟音が響き渡り、怪獣は困惑したような唸り声を上げた。4本の脚をジタバタさせ、トゲ球の付いた尻尾を振り回すが、充分な距離を取っていた消防車には届かない。腹部への攻撃が止まないのが分かると、オブロスは後退り、やがて方向転換して揺木街道を北上し始めた。
「よし、このまま後ろから追うぞ、乗り込め!」
消防隊は一斉に消防車に乗り込み、クラウドバスターでオルゴンを放出し続けながらオブロスを追跡し始める。怪獣と消防車は、徐々に辰真達の視界から遠ざかっていった。
「やれやれ、このまま無事に帰ってくれるといいが」
一部始終をモニターで見ていた対策本部をメンバーが歓声を上げる中、城崎教授が呟く。その横で、黒間交通課長は部下に無線で静かに呼びかけていた。
「怪獣が北上を開始した。気を抜かず、揺木街道付近の封鎖を続けるように。怪獣が道から出そうになったら、土手っ腹に銃弾を打ち込んでやれ」
揺木市役所や警察、消防などを巻き込んだ騒動の末にオブロスは大学敷地の奥へと逃走し、魔境近くで姿を消した。揺木の危機はひとまず去ったが、市の主要機関の多くは怪獣災害についての意識改革を迫られることになった。
そして、今回の最大の功労者である揺木消防は、勢いに乗って本格的に怪獣対策組織として動き出すのだが、それはまた別の機会に語られることになるだろう。




