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第七話 大怪獣揺木市街にあらわる 1/4

第七話 「大怪獣揺木市街にあらわる」~鉱石怪獣オブロス登場~ 1/4

 

揺木市。東京近郊のK県北部に存在する、人口15万人程度の中規模都市である。東西北の三方向を山に囲まれているが、市の中央を通り他県へ通じる揺木街道の存在から、交通の拠点として古くから重宝されてきた。史跡や名産品には乏しいが、怪奇事件や怪物に関する言い伝え等が他地域と比べて非常に多いと言う特徴を持つ。市の全体は頂点を右側に置いた二等辺三角形のような、分かりやすく言うとヨットの帆のような形をしており、上から北部・東部・南部の三エリアに大別される。

 揺木の玄関である南部は戦前から市の中枢として栄え、市内最大の繁華街や唯一の鉄道駅も存在するため常に賑わっている。そこから少し進むと市役所を始め警察署や消防署、揺木総合病院等が並び立つ行政区へ、更に奥へ行けば古くからの高級住宅街である絹村が見えてくる。揺木街道はここを起点として東部、更に北部へと続く。

 東部は現在も開発が進む新興住宅地で、市民の過半数はここに居住している。郊外には映画館や博物館が居を構え、大型ショッピングモールの建設も進行中である。ちなみにラビュラが出現したのはこの一角に当たる桜ヶ丘である。

 北部は大部分が農地で占められているため人口が少ない地域だが、市内唯一の大学である揺木大学の周辺は学生街としてそこそこ賑わいを見せる。大学から街道を挟んで反対側には大規模な自然公園である揺木中央公園、そしてヒャクゾウで有名な百畳湖が佇む。公園の更に北には中腹に角見神社を有する旭山が聳え、背後の薄明山、朧山に連なっている。揺木街道は曲がりくねりながら山々の隙間を抜け、他県へと辿り着く。


  さて、伝統的に怪奇事件の発生報告が多く、近年では異次元社会学の城崎教授が研究室を開設するほどアベラント事件が頻発している揺木市だが、とりわけ事件の発生記録が群を抜いているのは市の北部である。とりわけ朧山の山中は古来より「魔境」と呼ばれ、昼夜問わず霧(教授によるとアベラント性のものらしい)が立ち込める危険地帯だ。魔境に関する不気味な言い伝えは多数存在し、揺木で育った人間であれば朧山には本能的に近付きたがらない傾向が強い。そんな魔境が、つい一月ほど前に付近の薄明山で湾棘怪獣ゾグラスが出現したことで更に危険な状態になっていることはまだあまり知られていない。ゾグラスが周囲に放った重力波は周囲に「歪み」を加え、結果として魔境内に立ち込めるアベラント性の霧は一層深みを増し、市によって立ち入り禁止の通達が出されるまでになった。

そして今、魔境にて新たな脅威が目覚めようとしていた。幻夢の如く茫洋たる領域の内部から、小山のような影が姿を見せる。地鳴りと共に霧を掻き分け出でた四足歩行の怪物は、ゆっくりと頭部を南方へと向けた__


 午後2時。揺木大学の敷地の端に取り残されたようにぽつんと建っているプレハブ、正確には社会学部城崎研究室臨時建屋の内部では、城崎教授と二人の学生がくつろいでいた。

「いやあ、連休中も色々あったけど、大事にならなくて良かったよ。君達も折角の休みだったのに連日出てきてもらって悪かったね」

 穏やかな声で話しているのは、このプレハブの主にして日本初の異次元社会学教授である城崎順一だ。

「いえいえ研究生として当然のことですから!それに、色々あったけど楽しかったですよ。ね、森島くん?」

「え?あ、ああ」

 橙フレーム眼鏡が特徴的な女子学生、稲川月美が元気に答える。その横で曖昧な笑みを浮かべるのは同期の森島辰真だ。辰真としては、連休が事件の対応や通院でことごとく潰されたのには文句の一つも言いたい気分だったが、二人の手前口には出さないことにしていた。いつもの事だ。


「先生、今日はアベラント事件は起きてないんですか?」

「ああ。まだ連絡は来てないね。たまにはのんびりするとしよう」

「そうですよ。ちょうどお菓子も届きましたし、みんなで食べましょう。紅茶もありますよ!」

「そうだね。この前の事件は君達が解決したんだから、どんどん食べるといい」

 お菓子というのは、先ほど揺木総合病院から事件解決のお礼として届いた箱入りのシガレット型クッキーの事である。月美がティーカップを3つ並べ、ポットから熱湯を注ぎ始める。じゃ、遠慮なく頂くとしようか。辰真がシガレットクッキーに手を伸ばしたその時、異変は起こった。


 いきなり地響きと共に部屋が揺れた。三人の動きが、画面の外の誰かに一時停止ボタンを押されたかのように静止する。数秒後、二度目の揺れが部屋を襲う。ティーカップに注がれた熱湯が波紋を描き、一部が外に飛び散る。三度目。テーブルの端ギリギリに積まれていた資料の山が地滑りを起こして床へと崩落する。地震とは違う断続的な振動。しかも振動も地響きも段々強くなっていく。つい最近これと同じような現象に遭遇した事を、プレハブ内の三人は嫌というほど覚えていた。

「逃げろ!」

 先生の鋭い声に弾かれるように学生達が調査用の鞄を引っ掴み、小屋の外に飛び出す。荷物の整理をしている暇はない。間もなく戸締りを終えた先生も出てきた。外はよく晴れ渡り、三人の心情とかけ離れた和やかな風景が広がっていたが、その景色も数秒置きに上下に揺れていた。

「どこから来る?電波状況は?」

 先生の言葉に反応して辰真は小屋の周囲を視察に行き、月美は携帯電話の画面を確認する。電波表示は圏外。試しに自宅にかけてみるが全く通じない。ということは……

「ダメです。もうエリア入っちゃってます!」

 月美の報告に少し遅れて、研究室の裏手から辰真の声が聞こえてくる。

「こっちから来ます!」


 2人は辰真の姿を探しながら小屋を回り込む。プレハブ小屋の裏は一面に雑木林が広がり奥まで見通すことができないが、正面に密集する藪をかき分けた跡が残っていることから辰真がこの奥へと進んで行ったことが推測された。城崎教授と月美が林の間を抜けて進んでいくと、木々が途切れた場所に辰真が立っているのが確認できた。確かこの先には文学部の旧校舎が2軒ほど放置されていた筈だ。2人が辰真に追いつくと、彼が無言で前方を指差す。辰真の人差し指が示す先。再び続く雑木林の彼方に砂煙が立ち上り、そちらの方角から何度目か分からない地響きが聞こえてきた。


 ここで彼らが拠点とする研究室周辺の環境と地理的状況について一旦整理しておく。そもそも現在プレハブ小屋が建つ場所の付近には、揺木大学の旧校舎が建設されていた。開校からちょうど30周年を迎えた数年前、施設の老朽化に伴う校舎の全面改築プロジェクトがスタートし、教員や学生の利便性を重視して新校舎は敷地のもっと手前に再建設されることになった。一方、旧校舎群の取り壊しは資金不足を理由に先延ばしにされた(実は多少なら予算が確保されていたのだが)。

結果として、プロジェクトの終了後も旧校舎群はこの周辺に廃墟同然の状態で点在している。加えて土地そのものも整備されることなく年々草木が増えていき、よく言えば緑豊かな土地、悪く言えば荒れ地へと年々近付いていた。なお、プロジェクト後も旧社会学研究室棟が唯一使用を継続されていたのだが、先日ゾグラスによって破壊され、跡地にプレハブ小屋が建てられて現在に至る。ちなみに雑木林内の道無き道を進んでいくと、やがて薄明山の麓の山林地帯へと至る。更にそこをどうにか通り抜ければ朧山の麓のいわゆる「魔境」地帯だ。つまり城崎研究室と魔境は直線距離で言えばかなり近い位置にあり、無理やり直進すれば短時間で移動することも可能なのである。事実、数週間前にゾグラスが研究室棟を破壊したのもこのルートを開拓してのものだった。そして今、ゾグラスと同様の道を通って新たな怪獣が進撃を開始していた。


「見えますかー?」

 辰真達3人は旧文学部校舎B棟の二階ベランダに上っていた。地上からでは木々に遮られて怪物の姿はよく見えないが、この位置からなら多少は見やすい筈だ。辰真が砂煙の方へ視線を向けると、雑木林を突き抜けるように盛り上がった黒い影がこちらに向かってくるのが確認できた。

「ねえ、見えますかー?」

 ……だが、隣の月美は確認できていないらしい。おもな理由は身長差だ。辰真より約10cmは背が低い月美は、視点の差を克服すべく飛び跳ねたり爪先立ちで立ったりと涙ぐましい努力をしているが上手くいっていない。

「森島くん、教えてくださいよ。どんな子が来てるんです?」

「そうだな、あれは……」

 辰真は木々のあいだに見え隠れする怪物の姿を凝視する。4足歩行の生物で体高は約10m、全長は15m近い。全身が黒みがかっていて、長い首を持ち、背中の部分はドーム状に盛り上がっている。これに似た生物は辰真には一種類しか思いつかなかった。

「……亀?」

「いや、違う」

 彼の推測は、月美の反対側に立って双眼鏡を覗き込んでいる城崎教授にあっさり否定された。

「背中の隆起部分は甲羅ではなく胴体と直接繋がっている。それに、亀のような現生爬虫類なら両脚は体の側面から出ているはずだが、あの生物の両脚は胴体の真下に伸びている。あれは新種の恐竜型怪獣だ。おそらく鎧竜からの進化だろう」

「鎧竜?」

「アンキロサウルスとかの仲間ですよ。ほら、あの映画で有名な。知らないんですか?」

「名前は聞いたことあるけど映画は知らん」

 3人が話しているうちに怪物は雑木林が途切れた場所にまで移動してきていた。怪獣の全身が姿を見せ、月美が息を呑む。

 改めて怪物を観察する。その外見は確かに鎧竜と類似していたが、細部は明らかに異なっていた。ドーム状の背中は、鈍い黒色に輝く鉱石で覆われている。その表面は多角形が不規則に組み合わさった幾何学模様になっていて、漆黒のステンドグラスを貼り付けたかのようだった。そして尻尾の先、アンキロサウルスなら硬いコブがある場所には先の尖った黒い鉱物が全方向に生えている、石造りのウニか天然のトゲ鉄球とでも言うべき物体が付いていた。その直径は3m近く、振り回してぶつけられたら軽傷では済みそうにない。

「「……」」

 先生が無言でビデオカメラを回し、月美が無言でシャッターを切り続ける中、怪獣はB棟から10mほど離れた位置を移動し続けていた。元々辰真達の視界の左側から登場し、彼等の目の前を斜めに横切って右側に向かおうとしている。B棟に直進して来ないのは助かるが、そちらの方向には旧文学部のA棟が建っている。更に進めば揺木街道と合流してしまう。

 怪獣が一歩移動する度、その余波でB棟は大きく揺れる。しかも、揺れるのと同時に建物のどこかから軋むような音がするのを辰真の耳は捉えていた。何十年もまともに補修を受けていない建物の二階で近距離から怪獣を観察するのは得策とは言い難い。そろそろ撤退を提案しようかと思って横を見るが、未だ無言で記録を続ける2人に移動の意思は一切見られなかった。何度も揺れるベランダ上で彼は小さくため息をつく。

 

その間にも怪獣は旧文学部校舎A棟の方面へ突き進んでいた。A棟は辰真達が今いるB棟と対をなすように建設されており、B棟と同じく赤レンガ造りの二階建てベランダ付き。文明開化時代の港町から飛び出てきたようなモダンな建築だ。そんなA棟が目前へ迫っていても、視力が良くないのかそもそも気にしてないのか、怪物が避けようとする素振りは全くない。やがて、直進する怪獣の肩のあたりにA棟の角がぶつかった。怪物は動きを止め、その時始めて存在に気づいたかのように建物を見下ろすと、立ち位置を少し横にずらして体をくねらせる。

次の数秒間、世界の動きは誰かが画面の外からスロー再生ボタンを押したかのように緩慢になった。鞭が風を切るような音を響かせながら怪獣の尻尾が鋭く振るわれ、先端のトゲ鉱物が弧を描いて飛んでいき、周囲の木々をボウリングのピンのように跳ね飛ばしながらA棟の外壁に叩き込まれた。一撃でA棟のレンガが轟音と共に弾けとび、外壁に巨大な風穴が穿たれる。反動で戻って行ったトゲ鉱物が再度飛来する。激突した鋼球は砲弾のように建物内部を削り取りながら貫通し、見る間にA棟は半壊。残った部分も骨組みが致命的に歪んでしまった。

 唖然としてその光景を見ていた辰真と月美に、先生が「上だ、上から来るぞ!」と叫ぶ。見れば、先ほどトゲ鉄球に打ち上げられた木々がB棟屋上に向けてゆっくりと迫り落ちて来ていた。間一髪しゃがみこんだ3人の真上を木材が通過し、窓ガラスをぶち破ってB棟内にめり込む。同時にB棟全体が不気味な音を立てて軋んだ。過去の経験からか、3人は途轍もなく嫌な予感に襲われる。彼らは何も言わず立ち上がると、木片とガラス片を避けて建物内に移動し、階段を駆け下り始めた。その間にも建物の不穏な揺れと軋み音は止むことがない。3人が階下に到着すると同時に、一階の天井が激突音と共にたわみ、それに伴い揺れが一際大きくなった。加速度的に揺れが激しくなり続けるB棟内部から辰真たちが全速力で走り出た直後、A棟由来と思われるレンガ塊が天井を破って落下し一階の椅子や机を押し潰した。それからB棟が全壊するまでに長い時間はかからなかった。


 こうして怪獣は二棟の建物を瞬く間に破壊。城崎研究室の3人は何とかワンボックスカーまで辿り着くと、事態を市に知らせるために南へ車を走らせた。その背後で怪獣も揺木街道と合流し、ゆっくりと南下を開始した__


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