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第六話 透明な呪縛 中編1

第六話 「透明な呪縛」 ???????登場 中編1


「じゃあ先生は来れなくて、代わりに学生二人が派遣されてきたわけ?そんなんで大丈夫なのか揺木大学は」

「あ、わたし達の実力を侮ってますねー?今まで数々の事件を解決に導いてきたんですよ」

「お前が?ないない」

 先生がいないからか、それとも妹相手だからなのか、一樹の口調は急にフランクになった。

「せっかく来たんだから、上で昼でも食ってくか?二人くらいなら奢ってやってもいいぞ」

「やったあ!って、そうじゃなくて!わたし達は調査に来たんですから事件の説明をしてくださいよ」

「分かった分かった」

 ようやく一樹は事件のあらましを説明し始めた。この数日、第4病棟の患者から深夜に物音がする、足音が聞こえるなどの苦情が出ていること。見回りを強化したところ昨晩看護師の一人が怪我をし、本人が「透明な何かに襲われた」と証言していること。現在は念のために第4病棟の患者は一時的に他に移していること、などなど。

「そういうわけで、放置してるとうちの信用問題にも関わりかねないから、将来の院長たるこの俺が動き出したってわけさ。個人的にはあんなボロ病棟取り壊せばいいと思ってるんだが、一応専門家を呼んだ方がいいって言われててな」

「誰が院長になるのかはともかく、怪奇事件なら城崎研究室に任せてください!先生がいなくたって解決してみせますから」

「ま、頑張ってくれたまえ。第4病棟ならよく知ってるだろうから案内はしないが、2時間ごとに誰かを向かわせてチェックするからな。ちゃんと仕事しろよ?」

 明らかに二人の調査にあまり期待していない口ぶりの一樹は、最後に辰真に笑みを向けて言った。

「じゃ、月美の見張りをよろしく」


「まったく兄様は、いつまでも子供扱いして……」

 辰真と月美は応接室を出て、病棟に向かって廊下を進んでいた。

「それにしても、稲川の兄貴がここで医者やってるとは思わなかった」

「そういえば言ってませんでしたっけ。でも別に、兄様だけじゃありませんよ」

「え?」

「こっちです」

 月美は立ち止まり、方向転換して来た道を戻っていく。やがて入り口の近くまで来ると、壁にかかっていた写真を指差す。

「ほら」

 写真には、一樹を30歳くらい老けさせたような見た目の壮年の男性が写っていた。写真の下には「揺木総合病院 4代目院長 稲川大地」と記されている。

「これってまさか……」

「森島くんが考えてるとおりですよ。わたしの父様です」

「…………」

「ここは代々稲川家が経営してる病院なんです。だから、兄様が次期院長ってのもあながち冗談じゃないんですよ」

「…………」

「ちなみにお祖父様は、今は院長を引退して、揺木市議員を務めてますね」

「……家は?」

「え?」

「稲川家はどれくらいデカいんだ?」

「えっと、家は絹村にありますけど、ここほど大きくはないですね。前行った雲田さんの家の2倍くらいかな……森島くん、どうしたんですか頭を抱えて?」

「……いや、ちょっと脳内処理が追いついてないだけだ」

 実際、辰真は先ほどから衝撃的な情報の連打を浴びてドランク状態だった。すぐ隣に立っているはずの月美の存在が急に何kmも離れたように感じる。稲川の家庭のことなど気にしたこともなかったが、揺木でも屈指のお金持ちの家の娘だったとは。今まで適当な扱いをしてきたのが急に申し訳なく感じてきた。

「いや悪い、本当にすごいんだな稲川家は。恐れ入ったよ」

「はい!父様や兄様だけでなく、母様や姉様も、わたしの家族はみんな優秀なんです……わたしと違って」

 傲慢に聞こえなくもない内容の台詞とは裏腹に月美の言い方に自慢気なところは全くなく、むしろトーンがどんどん落ちていった。

「すまん、最後がよく聞こえなかった」

「あ、いや何でもないですよ。さ、病棟の方に行きましょう!」

 二人が向かうは第4ではなく第2病棟。調査の前に、怪物に襲われたという看護師に話を聞くためだ。問題の看護師は第2病棟ナースセンターの奥の部屋で待機していた。

「あっ京子さん!」

「え、月美ちゃん?も〜驚かせないでよ!大学の先生が来るっていうから緊張してたんだから」

 月美とにこやかに話している所を見ると、この看護師も月美の知り合いらしい。

「本当にお久しぶりです!最近はお元気ですか?」

「うん元気元気って言いたいとこだけど、ちょっと怪我しちゃったわ。見てよこれ」

 京子は包帯が巻かれた左腕を振ってみせる。前腕が厳重に布で覆われているものの左手や後腕は無事で、少しなら動かすこともできるようだ。

「うわっ、お休みしなくても大丈夫なんですか?」

「本当は休みたいんだけどね〜。ここにいた方が治療も早いし、事務仕事くらいはできるから。ま、アイスを食べるのには苦労するけど」

 京子はここで言葉を切り、辰真の方を見た。

「ところで、そちらのお兄さんはどちら様なの?ひょっとして病院デートの真っ最中?」

「いえ、稲川さんの同期の森島です」

 辰真が冷静に否定する。

「そうですよ、病院でデートなんてするわけないじゃないですか!それより怪物のお話聞かせてくださいよ」

「いいけど……あなた達が調査に行くの?」

「はい!先生の代理として行きます。それが何か?」

「いえ、何でもないわ。それで昨晩の話だけど……」

 京子は昨晩の第4病棟での体験を語り始めた。深夜の見回りから怪物に襲われた場面に至るまで話は真に迫っていたが、最後の怪物の詳しい描写については彼女も一瞬しか影を目撃していないためか曖昧にしか分かっていないようだった。

「まあこんな感じかな。つまり、何らかの怪物がいたのは間違いないのよ。他の人は信じてくれないけど」

「わたしは京子さんのことを信じます!アベラント事件だってことを絶対証明しますから」

「ありがとね。あ、話しててちょっと喉が渇いちゃったから、そこの自販機でジュース買ってきてくれない?」

 京子から小銭を渡された月美が部屋を去ると、部屋には京子と辰真の二人が残された。気まずい雰囲気になるかと思いきや、すぐに京子が話しかけてくる。

「森島君、だったっけ?」

「はい、そうですけど」

「月美ちゃんとの関係は後でじっくり聞くとして、あの子がいない間に話したいことがあるの」

「?」

「さっきの話じゃわざとボカしてたんだけど、実は昨晩の怪物、影だけだけど姿をはっきり見てるの。それに」

 京子は再び左腕を上げてみせる。

「この腕に残ってた傷跡を調査した結果、怪物に噛まれたのは間違いないのよ。ま、ついさっき結果が出たばかりなんだけどね」

「そうだったんですか。でも何で稲川に知らせないんですか?」

「それなんだけど、調査によるとこの傷は特定の生き物の咬んだ跡らしいのよ。その生き物っていうのが……」

 数分後、月美がジュースを抱えて帰ってきた時には二人は話を終えていた。辰真の顔が少しだけ青ざめていることに、月美は気付かなかった。


 辰真と月美は一旦本棟に戻り、別の渡り廊下を通って第4病棟へ向かった。第4病棟は全部で9つある揺木総合病院の病棟の中で唯一改装がされておらず、取り壊しの噂が後を絶たない建物である。それでも天下の揺木総合病院だけあり内部は清掃が行き届いていたが、壁や天井のあちこちに歳月の侵食の跡が見られ、老いを隠しきれないでいた。長い廊下は窓から射し込む陽光で照らされ、昨晩京子が感じたような不安感が漂う余地はなかったが、辰真は別種の不気味さを感じていた。無人の病棟に立っていると、患者やスタッフが一時的に退避しているだけだも分かっていても、彼らが突然消失してしまったかのような気がしてならなかったのである。

「しかし本当に透明な怪物なんてのがいたとしたら、そいつは見えないんだろ?どうやって正体を確認すりゃいいんだ」

「どういう原理で透明化してるのかにもよりますけど、色を塗っちゃえば見えるようになると思いますよ」

「色を?」

「はい。「擬態する怪獣には取り敢えず着色しろ」ってのが昔からのセオリーなんです!えっと、確かカラースプレーか何かが入ってませんでしたっけ」

 そう言いながら月美は背負っていたリュックサックを開け、中を探る。この中には研究室に転がっていた雑多な道具が詰め込まれているが、残念ながら出てきたのはカラースプレーではなく、先ほどの殺虫スプレーだった。

「……」

 二人は無言で探索を始めた。廊下沿いに並ぶ病室に端から入ってみるが、不審な物音が聞こえたり何かの気配がするようなこともなく、やがて廊下の端に到達した。第4病棟はL字型をしているので、二人は丁度中間点に来たことになる。進路を右に90度変えて第二の廊下に向き合った時、妙な物音が響いてきた。それは何か細い物が病院の床を連続して叩いているような音で、奥にある階段の方から聞こえてくるようだった。二人は同時に京子から聞かされた話を思い出し、顔を見合わせると歩き出した。先頭に立って歩く月美は期待に目を輝かせているが、後に続く辰真の表情は冴えない。


 地下一階に下りると、通路をカーテンのように遮る薄い霧が二人を出迎えた。

「やっぱりアベラント事件ですよ!ほら」

 月美が自分の携帯電話を確認すると、声を弾ませながら辰真に見せてくる。画面には圏外の文字。

「京子さんの言うとおり、透明な怪物はいるんですよ。早く会いたいですね!」

「……そうだな」

 二人は地下一階の廊下を進む。このフロアまでは掃除が行き届いていないのか、それともどこかの窓が開いているのか、全体に埃が漂っているのが少し気になる。先ほどとは逆方向に進み、中間点で左に向きを変えると、第二の廊下が視界に現れた。そして廊下の奥、ちょうど二人が病棟に入ってきた場所の真下あたりに霧が立ち込め、その後ろに黒っぽい空間が口を開いているのが確認できた。二人の経験が告げる。あれこそがアベラントエリアの発生源である異次元への扉だと。

「さ、行きましょう!」

 月美は小走りで廊下を駆けていく。辰真も後を追おうとするが、途中であることに気がついた。通路上で、月美と黒い扉の中間にある一見何もない地点。この空間全体にキラキラ輝く光の点のようなものが浮いている。最初は埃や霧が窓からの陽光を反射しているのかと思ったが、それにしては眩しすぎる。そして、月美は今まさにその空間に突入しようとしていた。

「稲川、止まれ!」

「え?」

 辰真の声を聞いた月美が立ち止まって後ろを向く。

「どうしたんで……あれ?」

 そして引き返そうとするが、一歩踏み出していた右半身が動かせないことに気がついた。

「遅かったか……」

 辰真が警戒しながら歩み寄る。よく見てみると、この空間には何もないわけではなかった。半透明の糸が通路に張り巡らされ、光を反射して輝き、そして月美の右半身を捕まえていた。

「な、何ですかこれは?」

「待て、不用意に動かない方がいい」

 辰真は月美を静止させ、半透明の糸を観察する。どうやら糸は彼女に絡まっているのではなく、単にくっついているだけらしい。辰真はゆっくりと月美を後方に引っ張ってみたが、半透明の糸は強い伸縮性と粘着性を持っているらしく月美から離れなかった。それどころか、うっかりバランスを崩して触れてしまったため辰真の左手にまで糸が吸着してくる。

「これってもしかして……」

「もしかしなくても、例の怪物の仕業だろうな」

「ですよね……それに」

 月美の言葉は、上から埃と共に降ってきた音に遮られた。それは先ほど聞こえた足音よりも低いガサガサといった感じの音で、辰真達の斜め上方向の天井から発せられていた。ちょうど音が聞こえる辺りの天井からは埃がパラパラと落ちてきているが、音が大きくなるにつれ埃が降ってくる位置も手前に移動してくる。やがて二人を捕まえている糸が振動を始め、上方から圧縮空気を解放したような重高音の唸り声が響く。

「うぅ……」

 顔色が急速に悪くなった月美が小さく呻き声を出す。糸が放射状に張られていることに彼女も既に気付いていた。糸を張って獲物を捕らえる、壁や天井を這うことのできる多脚の生き物。ここまで材料が揃っていれば誰だって正体を推測することができる。震えを隠せない月美の横で、まだ少しは冷静な辰真は必死に考えていた。まずいな。だが、今はここから逃げ出すことが最優先だ。そのためには透明なコイツの姿を何とか見えるようにしないと。どうする?辰真は周囲を見回し、廊下の隅に良い物を見つけた。左手に張り付いた糸を無理やり引き伸ばしながら廊下の隅まで駆け、置いてあった消火器を掴んで元の位置に戻ると、安全ピンを引き抜いて天井に向かって思いっきり噴霧する。

「!」

 真っ白い消火剤が二人の視界を束の間遮る。そして徐々に白い粉は霧散し、その向こうに全身に粉が付いた怪物の姿が現れ始める。その正体がはっきり視認できた瞬間、辰真は自分の行動を激しく後悔した。脳内に先ほどの京子の言葉が蘇る。

「調査によるとこの傷は特定の生き物の咬んだ跡らしいのよ。その生き物っていうのがね、信じられないでしょうけど巨大なクモらしいの。ほら、月美ちゃんクモとかそういう虫苦手でしょ?実際に見たらパニックになっちゃうかもしれないから、うまくフォローしてあげてね」


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