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第五話 怪雲密着取材 中編

 第五話 怪雲密着取材 ~大怪雲ジェニリス登場~ 中編


 再び研究室内。

「なるほど、つまり君は揺木日報のアベラント事件担当記者で、うちの研究室を取材に来たと」

「はい!市民の皆さんに必要な情報を正確に伝えるのが私達揺木日報の使命です。最近多発している怪奇現象についても、迅速・公平に報道する必要がある。少なくとも私はそう考えています。先生は影ながら怪奇事件解決に尽力していると伺っているんですよね?是非ともお話を聞かせて欲しいです!あ、もし事件の調査に行くなら同行しても宜しいですか?」

 熱っぽく訴える絵理を前に、城崎教授はしばし考え込む。それを横目で見ている辰真は、先生は立場上情報を安易に明かせないだろうと考えていた。つまり当然取材を断ると思われたが、ネックなのはこれから正に事件の調査に行くという点だ。この記者が部屋に入って来たタイミング等から考えると、今から調査が行われることを把握済みである可能性がある。となると、研究室から追い出しても無理やり着いてくるかもしれない。どちらかと言うと肉食系であろう綾瀬川記者の態度からすれば十分考えられることだ。室内は少しの間無音だったが、やがて城崎教授が顔を上げる。

「よし、取材を許可しよう」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「ただし条件がある。これから丁度事件の調査に行くんだが、同行してもいい代わりに色々と手伝ってほしい。こちらも人手が足りないからね。それから、外部に公表する情報の範囲についてはこちらの指示に従ってもらう」

「ええ、喜んで!」

 どうやら先生は、追跡されるくらいなら同行させてコントロールする方を選んだようだ、辰真は解釈した。彼としても人手が増え負担が減るなら大歓迎だ。ほっとしたように笑みを見せる絵理の横で、月美も自分の事のように嬉しそうな様子だ。

「良かった、これからよろしくお願いしますね!わたし、城崎研究室所属の稲川月美って言います。こちらは同期の森島くんです」

「あ、よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね」


 簡単な自己紹介が済んだ所で、絵理も加えた四人で改めてミーティングが始まった。

「それでは、今入ってきている情報を説明しよう」

 城崎先生が講義で学生に語りかけるような口調で話し始める。先生にとっては、受講生が一人増えた程度の感覚なのかもしれない。

「先程も少し話したが、今回出たのは雲の怪物らしい」

「なるほど、雲の怪物ですね?」

 絵理が手帳に熱心にメモを走り書きしながら相槌を打つ。怪物の存在そのものに突っ込みを入れたりしない所が揺木育ちであることを匂わせる。

「今日の午前8時から9時頃にかけて味原警部補含む複数人から情報が寄せられている。目撃場所は揺木市北西部、ここからも近い。空を覆う灰色の雲の中に一つだけ鮮やかな緑色の雲が浮いていたらしい」

「へえ、ロマンチックですね!」

「そうか?」

「それだけじゃない。緑色の雲は周囲の雲を横切るようにゆっくりと移動していたらしいんだが、緑の雲が通り過ぎた部分のみ周囲の雲が削り取られ、青空が覗いていたという。警部補の言葉を借りれば、そいつは他の雲を食べていたんだ」

「食べていた……」

 絵理は考え込むように呟くが、その間もペンを動かす手は止まることがない。

「でも、雲を食べる生き物なんているんですか?雲って水蒸気の塊ですよね?そんなのを食べて成長する生物というより、周囲の雲を吸収する変わった雲と考える方が説得力あるんですが」

 これは辰真の質問だ。

「気持ちは分かるが、異次元生物の生態は我々の常識を遥かに越えることが多い。雲型の怪獣、つまり異次元生物も昔から存在が確認されているのさ。雲型生物の身体的構造は不明だが、おそらく本物の雲に極めて近く、大半は水分で構成されているのだろう。雲型怪獣としては晴天の日に突然現れ豪雨を降らせるヌベールや雷を放つトルバスが有名だが、情報から判断すると今回出たのはコイツと思われる」

 教授はテーブルの上に置かれていた古びた書物を開き、写真入りのページを三人に見せた。その写真は曇り空を写したもので、モノクロだったが中央の雲のみ色合いが違うことがはっきり分かる。

「これはジェニリス。毒々しい緑か黄色の体色で、曇りの空に突然現れ、周囲の雲を吸収して青空をもたらす。「共食いの雲」又は「不吉の雲」として知られているね」

「雲なのに出てきたら空が晴れるっていうのが面白いですね!でも、なんで「不吉の雲」なんですか?」

「雨を降らせないから……かしら」

 絵理がペンを走らせながら推察する。

「なかなか鋭いね、その通りだよ。ジェニリスは周囲の雲と同時に大気中の水分を吸収し、内部に溜め込む性質を持つ。これを何度も繰り返すと辺り一帯が乾燥するので、しばらく新たな雲は発生しなくなり雨も降らなくなる。仮にジェニリスが同じ所に居座っていたとしたら、その土地ではずっと干ばつが続くわけだ」

「ああ、確かに農家の人達から見れば不吉極まりないですね」

「そして、この問題は今回にも当てはまる。知っての通りここ揺木市北部地域は市内でも随一の農業地帯だ。今はまだしも、梅雨の時期までジェニリスが徘徊していたら大打撃を受けるかもしれない」

「それは由々しき問題ですね」

 社会問題に関わってくることが分かり、絵理の目つきが俄かに鋭くなる。

「そういう情報こそ市民に迅速に伝えるべきです!」

「確かにそうだ。よし、事前情報はこんなところでいいだろう。そろそろ調査に出発しよう」


 午前11時。研究室メンバー+絵理の四人を載せたワンボックスカーはジェニリス探索のため北西に向かっていた。操縦は城崎先生、助手席では月美が地図を広げ、後部座席に辰真と絵理が座っている。道の左右は見渡す限りの農業地帯で人影は少ない。このまま道なりに行くと市が所有する放置された平原地帯、更に進むと揺木市北部を取り囲むように密生する森林地帯に突入するが、今の目的地は農地と平原の境目あたりだった。

「揺木市の午後の天気です。北部は全体的に曇り、所により雨となるでしょう……」

 カーラジオから流れる天気予報の通り、大学を出た頃は頭上の空は雲で覆われていたが、北西に進むにつれて雲の面積は縮小し続けている。現在の上空は殆ど晴れと言っていい状態だったが、あちこちに破片のような雲の切れ端が漂い、何者かが空を掃除した痕跡が残されていた。

「予報、この辺じゃ大外れですね。まあジェニリスのせいなんですけど」

「そうね。またクレームが来たって照子に愚痴言われるかも」

 ラジオを聞いた月美の呟きに、絵理が反応を返す。

「照子って、ひょっとして沢村アナの知り合いなんですか?」

「ええ。揺木日報とエフエム揺木は同じビルだし、同期みたいなものだから。今度スタジオに連れて行ってあげよっか?」

「本当ですか?お願いします!」

 月美と打ち解けたことに気をよくした絵理は、今度は隣で書類を整理している辰真を質問責めにし始める。

「ねえねえ、君はいつから研究室に所属してるの?」

「え?今年の春からですけど」

「どうして入ろうと思ったの?やっぱり怪奇事件に関心が深かったから?」

「ええと、それは……」

 辰真は言葉に詰まる。別に興味なんて無かったし今でも無いけど、ここに入れば進級のための単位を保証すると言われ、他に選択の余地が無かったので入った、なんて答えは彼女も望んでいないだろう。だが、咄嗟の言い訳も出てこない。仕方ないので適当に話を合わせることにした。

「まあそうですね、少し興味があったので……」

「ええっ、そうだったんですか!?なんだ、わたし森島くんは怪奇事件にあまり興味ないんじゃないかって誤解してましたよー。早く言ってくれれば良かったのに!」

 前部座席の月美が口を挟んでくる。正直黙っていてほしい。

「で、今まではどんな事件を調査したの?」

「それはですね……」

 今までの事件で出会った怪獣などについて話してしまってもいいのだろうか?辰真の直感だが、この記者に話してしまうと明日には揺木中に広まってしまう気がする。先生の許可なしに話すべきではないだろう。だが、どうやって誤魔化せばいい?辰真が迷っていると、先生が助け舟を出してくれた。

「みんな、そろそろ到着するよ。ほら、霧が見えて来た」

「本当ですか?」

 三人で窓に張り付くと、うっすらとした霧の壁が道を阻むように発生しているのが見えた。先生がラジオを切りアクセルを踏む。加速したワンボックスカーが霧の内部に進入し、霧に隠されていた景色が見えてきた。一行が進んでいる車道と農地は前方200mほどの地点で柵に遮られ、平原地帯へと切り替わっている。そして、丁度その真上あたりに緑色の塊が漂っているのが確認できた。絵理が一眼レフカメラを取り出し、窓を開けてシャッターを切り始める。月美も慌ててデジカメを取り出したが、シャッターを押す前に車が平原に到着した。


 四人は車を降り、ジェニリスの観察を開始した。「共食いの雲」は今も熱心に食事を続けているようだ。自分に覆い被さるような大きさの雨雲の懐に潜り込み少しずつ吸収しているらしいのだが、何しろ高度1kmほどに浮かんでいるので詳細な観察は難しい。

「綾瀬川さん、カメラの倍率を上げることはできないかな?」

「ちょっと待って、やってみます」

 絵理が一眼レフカメラに望遠レンズを装着して空に向ける。全員でファインダーを覗くと、画面いっぱいに拡大されたジェニリスの姿を見ることができた。側面の一箇所に小さな穴が開いていて、そこに向かって空気が流れ込んでいるのか、白い雲が次々とその穴に吸い込まれていく。

「なるほど、ここがジェニリスの口のようだね。一見雲にしか見えなくても、やはり生物的な器官はあるんだろう。綾瀬川さん、写真を多めに頼むよ」

「もちろん!」


 その後しばらく四人はジェニリスの観察を続けた。緑の雲は周囲の雲を吸い尽くすと雲のある所に移動し食事を再開する、という行動を繰り返していたが、平原には雨雲が大量に残っていたこともあり、それほど遠くに移動する様子はなかった。研究室の三人は、交代で食事休憩をとりながらジェニリスに張り付いていた。直射日光と大気の乾燥の影響で周囲の気温が上昇したため辰真はワンボックスカーに避難していたが、車内から雲を見上げているのは恐ろしく退屈だった。先生と月美は様々な角度から飽きもせずにジェニリスの観察を続けている。絵理は付近の農家にジェニリスの感想を取材しに回っているらしく、熱意と行動力では二人に引けをとらないと言えた。


 午後3時頃、先生が辰真と月美を呼び寄せた。

「綾瀬川さんはまだ戻らないのかな?まあいいか。今後の調査方針について話したい」

「調査方針ですか?」

「ああ。現状、ジェニリスの行動は即座に危険を誘発するものではない。だが先程も言ったとおり、この付近で放置するのは望ましくない。とはいえ空高くに居られてはこちらからの干渉も難しい。ではどうする?」

「うーん、どうにかしてここから離れるように誘導する、とかですか?」

「その通りだ。人が少なく雲ができやすい山岳地帯へと誘導してしまえばいい。ジェニリスも元々その辺りから出現したはずだからね。そして怪獣を誘導するには、そいつの好物を用意するのが定石だ。今回の場合はジェニリスの好物、つまり雲だ」

「でも、人工的に雲を作り出すなんてことが簡単にできるんですか?」

「雲というのは、大雑把に言えば水蒸気を含んだ空気が上昇する事で誕生する。つまり大規模な上昇気流を用意できれば雲を作る事は可能だ。もっとも、自在に雲を作るなんて芸当は現在の人工降雨技術でも不可能なんだけどね。ただし」

 先生は一旦言葉を切り、声を潜めて続ける。

「最近異中研で、人工的に雲を作ったり破壊したりする装置の開発が進んでいるんだ。まだ完成したという話は聞かないが、試作品を回してもらえるかもしれない」

「すっごい!さすが異中研ですね!」

「そうだろう?」

 月美と先生は盛り上がっているが、辰真には話がいまいちピンと来ない。

「あの先生、異中研って何ですか?」

「もー森島くん、前に説明受けたのに忘れちゃったんですか?異次元中央研究所、略して異中研は、アベラント事件に関する様々な証拠品を集めて異次元物質を研究してる所ですよ!先生の知り合いも多く勤められてるんですよね?」

「ああ、大学時代の知り合いが結構いるから融通は利く。それから、この話はまだ綾瀬川さんには言わないでくれよ?取材したいなんて言い出すと面倒だからね」


 結局、その装置の到着が早くても明日になる見込みのため今日の調査は終了ということになった。ジェニリスの扱いについては「交代で明日の朝まで見張る」という辰真にとって戦慄すべき案を月美が提出した。しかしこの案は、ジェニリスがこの場から大きく離れる様子が見られない点と、例え何か起きてもエリア内からの連絡が困難である点から却下され、近くに住む農家の人に何かあれば発煙筒で連絡してもらうように頼むという妥協案に落ち着いた。やがて取材を終えて戻ってきた絵理と合流し、先生は異中研との連絡のため大学へ、絵理は記事執筆のため本社へ、学生二人は自宅へと戻った。帰り際に辰真が後部座席から振り返ると、橙色に染まり始めた空に漂う緑の雲がこちらをずっと見下ろしていた。


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