第38話 夢幻からの襲撃 4/4
十数分後、月美から本部に通信が入った。
『見つけました、ヴォラージェルです!林の中をうろついてます』
「了解。位置は把握したから、少し距離をとった場所で待機しててくれ」
まもなくクリッターが発進し、まばらな木々の間を抜けるように駆け抜けて現場に急行した。中年男性を引き渡した後消防隊に合流した辰真も一緒に乗っている。
「稲川、体は大丈夫か?」
「はい!なんともありませんよ」
「月美ちゃん、クラゲ野郎はどこにいるんだ?」
「そこの2本並んだ木の、奥の方にいます」
宇沢の操縦で、クリッターはゆっくりと前方に進み始める。残りの一行は司令室のモニターを凝視していた。やがてモニターに映し出されたのは、木々の間を亡霊のように浮遊する異次元生物の姿だった。
『怪物は見えたか?』
駒井司令の通信に袋田が答える。
「はい、もう少しでクリッターの射程内です」
『よし、そこで一旦停止しろ。先生、あの怪物の属性は分かりますか?』
その問いに城崎教授よりも早く答えたのは月美だった。
「エーテルです!今発生してる霧も、全てエーテル属性です。イェルナさんも認めてました」
『なるほど。だが、それは少し困るな』
司令は考え込む。現在クリッターに積んでいる対異次元生物用装備は、オルゴンエネルギーを使ったクラウドバスターとオド・パワーを使ったオド・キャノンの2種類。いずれも同じ属性のエネルギーを持つ異次元生物には有効だが、エーテルエネルギーを持った相手とは対戦データが不足しているため、決定打に欠ける可能性がある。
『いや、待ってください』
今度は城崎教授が通信に割り込んできた。
『確かにこの霧はエーテル属性で間違いない。ヴォラージェルもエーテルの力を持つことは疑いようがありません。ですが文献の一つに、興味深い記述を発見しました。ヴォラージェルは薄紫の霧を散布した後、少しずつ体を巨大化させていったと。数日後には、元の体躯の二倍以上に膨張していたと書いてあります。ですがエーテルに、生物を巨大化させる作用があるという事例は聞いたことがありません」
生物を巨大化させるエネルギー。辰真達には覚えがあった。
「ひょっとして、オルゴンですか?」
『そうだ、ヴォラージェルが二重属性である可能性はある。つまりクラウドバスターが有効かもしれない。僕の予想では、ヴォラージェルの傘の内側にある赤色の部分が弱点なのではないかと思っている』
確かにモニターをよく見ると、ヴォラージェルの白っぽい傘の内部に一箇所だけ火の玉のような赤い部分がある。
『先生、ありがとうございます。では改めて司令を出す。あの怪物の動きを止め、弱点部分をクラウドバスターで攻撃するんだ』
「了解!」
特災消防隊員達が一斉に動き出す。
「僕は学生達とクラウドバスターの起動準備をする。君達は外であいつの注意を逸らして欲しいんだ」
「よっしゃ!」
装備室に向かおうとする高見と時島を、月美が呼び止めた。
「待ってください、外はエーテルだらけなんですよ?防火服だけじゃ危険すぎます」
「大丈夫だ、この防火衣には消防庁の特別消火中隊と同じ最新型のマスクが採用されている。外気に触れずとも20分は活動可能だ!」
時島の早口な説明を残して、2人は瞬く間に完全装備になって外へと飛び出していった。
高見達は二手に別れて怪物へと接近、2本並んだ木の影に1人ずつ身を潜めて奥の様子を窺う。ヴォラージェルはまだ隊員達には気付いておらず、触手を空中に漂わせている。
「攻撃開始だ!」
高見が真っ先に木陰から飛び出し、触手に向けてスイコから熱湯を射出。直撃を受けて一瞬縮み上がった触手が、高見の方角へとゆっくり動き出す。続いて時島も反対方向から飛び出してスイコを連射。間もなくヴォラージェルの触手は二手に別れて隊員達を襲い始めるが、彼らは驚異的な動きで触手を避け続けながらも攻撃の手を緩めない。その間にクリッターは宇沢の運転でヴォラージェルに着々と接近しつつ、内部ではクラウドバスターの準備が進められていた。
「こ、これはまずいかも」
「何かありました?」
袋田の呟きに月美がすかさず反応する。
「ほぼ発射準備はできたけど、今回は標的がかなり小さい。誰かが屋上で放水管の位置を微調整しないと標的を正確に狙い撃てないみたいだ……」
「でも屋上って」
「ああ、エーテルが充満してる……」
残念ながら今残ってるメンバーでは最新型の防火服を使いこなすことはできないし、宇沢も運転席から動くことはできない。高見達の体力もいつまで保つか。
「なら俺が行きます」
「え、森島くん」
「エーテルには慣れてるからな」
そう言い残して辰真は、着の身着のまま屋上への梯子を駆け上っていった。
屋上に顔を出すと、クリッターは既に異次元生物に充分に接近していた。眼下ではヴォラージェルが触手を左右に広げ、高見達が格闘を繰り広げている。おかげで傘部分は正面がガラ空きになっており、赤く染まった光点が脈動するのが見える。
『よし、じゃあ今から言う座標に照準を合わせて!』
袋田の通信を聴きながら、辰真は放水管の横の照準器を操作し、赤い点へと照準を合わせていく。周囲は薄紫色の大気で埋め尽くされているが、幸い影響はなさそうだ。
『OK、発射するよ!』
間もなくクリッターが振動を開始、辰真は揺れ始める放水管を抑えつけながら、筒の先端に青白い光の粒子が密集していく様を見守る。そしてとうとうクラウドバスターが発動し、青白い光流がレーザーのように直進し、ヴォラージェルの傘部分、更にその内側の赤点を撃ち抜いた。
「!!」
その衝撃でヴォラージェルは触手ごと後ろに吹っ飛び、背後の巨木へ激しく衝突。
「どうだ……?」
その場に膝をついた高見と時島、クリッターに乗った辰真達。更には体育館の壁に投影された映像から様子を見守っていた司令や先生、そして避難した人々。それぞれが固唾を飲む中、異次元生物は地面へとゆっくりとずり落ち、赤点は黒色へと変化した。
「よっし!」
高見がガッツポーズをし、車内と体育館は歓声に包まれた。予想よりもあっさりとした決着ではあったものの、市民達にとっては初めて、生中継で怪獣を倒すシーンを目撃できたこともあり、感動は大きかった。やがて揺木大学に消防署の救援部隊が続々と到着、未だエーテルが色濃く漂っているキャンパスから人々を避難させ始めた。
こうしてヴォラージェル事件は(揺大祭は中止になったものの)大きな人的被害を出すこともなく終息を迎えた。特災消防隊に加え、辰真達異次元社会学部メンバーの活躍も多くの人々が目撃していたため、綾瀬川記者の記事も相まって、城崎研究室の名声は揺木市中に知れ渡る事になった。しかし、吉報は長くは続かなかった。ヴォラージェルを退治した後、自動的に薄まると予想されていた紫色の霧は、時を経ても薄まるどころか濃さを増し続けていった。そして遂には、揺木全域にエーテル警報が発令されたのである。




