第37話 アベレスティアルの逆襲 3/4
「な、何だ?」
突然の轟音に人々が騒然とする中、辰真と月美は音の方向へと向かって早くも走り出していた。そして体育館の横手に来た所で、奇妙な光景を目撃した。歩道の中央に、巨大な直方体が置かれている。道を塞ぐように無造作に置かれたそれは、辰真達にとって見覚えのあるものだった。前面がガラス張りで、飲料のイラストが描かれている、いわゆる自動販売機だ。確か昨日までは歩道の脇にあった筈だが、誰がどうやってこんな場所に動かした?彼らの混乱が冷める間もなく、事件は次のステージへと動き出す。自動販売機が小刻みに震え出すと、突如としてふわりと宙に浮き、そのまま水平に横移動を開始する。そして、いつの間にか背後に出現していた全身黒ずくめの怪人の元へと吸い寄せられていった。
それは真っ黒なコートで全身を覆った長身の人物で、同じく真っ黒な大型の楽器ケースのような物を背負っていた。顔はフードで隠されていて確認できない。これだけなら学園祭特有のコスプレをした大学生のようにも思えるが、足元が少し地面から少し浮いている、つまり浮遊しているのを辰真達は見逃さなかった。
「森島くん、あれ……!」
「ああ。ドクターの予言通り、異次元人のお出ましか」
怪人は右手を前に伸ばして掌を広げるようなポーズをしていて、自販機はその掌に吸着されるかのように空中で静止していた。そして、怪人が右手を振るようなジェスチャーをすると、自販機は反対方向へと勢いよく飛んでいき、第三校舎の壁に激突して再び激しい音を立てた。黒ずくめの怪人は静かに着地すると、そのまま広場の方へゆっくりと歩き出す。揺大祭の参加者達はパニックにこそならなかったが、全員が無言で道を開け、怪人の進行を遠巻きに見守っている。
「どうします?広場に出られたら大騒ぎになるかもしれませんよ」
「……暴れる様子はなさそうだし、もう少し行動を観察するか」
辰真達が密かに尾行する中、異次元人は第一校舎へと続く道をゆっくりと歩いていく。人々が逃げ出した歩道を悠々と進み、路上の片隅に駐車された乗用車に近づくと右手をさっと動かす。次の瞬間、車は大きく右に傾き、そのままひっくり返った。
「おっかない力ですね。能力の詳細は分かりませんけど、そろそろ止めた方がいいかも……」
「と言っても、あれを止めるのは難しいぞ。近付くにも危険すぎる」
だが、その危険人物の進行を堂々と妨げる人物がいた。
「おいそこのお前、ちょっと待てよ」
怪人の前に立ちはだかるのは、特災消防隊の一員・高見だった。
「異次元人ってのは初めて見たけどよ、揺大祭を荒らすなら、通すわけにはいかねーな」
そう言うと高見は、手にしていた銀とオレンジで塗装されたハンドガンを異次元人に向ける。あれは知る人ぞ知る特災消防隊専用熱湯銃・スイコだ。そして同時に、左手をさっと上げた。すると、彼の背後に停止していたクリッターがゆっくりと動き出し、路上への移動を開始する。よく見ると、運転席には機関員の宇沢の姿。異次元人の移動を阻む、万全の迎撃態勢である。
「動くな、それ以上近づくと撃つぜ。……言葉通じてるのか知らねーけど」
高見の言葉を理解したのかは不明だが、怪人は歩みを止める。そして右腕を前方に水平に伸ばすと、掌だけを真上にクイっと動かした。すると、高見が構えていたスイコが不自然に震え出す。
「な、何だ?」
スイコを抑えようとする彼の動きに逆らうように銃は振動を続け、やがて彼の手を離れて上空へと浮かび上がり、そのまま一定の高度で浮遊し続ける。一瞬のうちに武装解除され、呆然とする高見を尻目に、今度は怪人が腕を右側へ素早く振る。すると、今まさに右折して路上に出ようとしていたクリッターの動きが突然止まった。
「宇沢さん!」
運転席では宇沢がハンドルを切ろうと苦闘しているが、クリッターは言うことを聞く様子はない。そしてその車体は徐々に振動を始め、小刻みに前進を開始すると、右折することなく路上を横切り、そのまま歩道脇のたこ焼き屋台へと激突。鈍い音を立ててその場で停止した。
「嘘だろ……」
特災消防隊があっさりと無力化された。高見をはじめとする全員が唖然とする中、異次元人は彼とクリッターの真横を悠々と通り過ぎ、広場への前進を続ける。顔を見合わせていた辰真と月美も、急いで怪人の後を追った。
その頃第一校舎手前の広場では、体連主催のミスター揺木コンテストが最終予選に入っていた。コンテスト科目は体連らしさ満点の身体能力測定で、ステージ手前のマット上には平均台や巨大跳び箱等が用意され、大勢の観衆が見守る中、選抜メンバーが今にも測定を開始しようとしている所だった。
「さあ、いよいよ最終予選の開始です!映えある決勝に進むのは誰になるのか?最初の挑戦者は__」
ノリノリで解説していた司会者の実況が、突然途切れる。それも無理はない、コンテスト現場に黒ずくめの怪人がいきなり乱入してきたのだから。絶句する人々の眼前で、異次元人は右腕を跳び箱の方に向けて伸ばした。すると跳び箱の一番下の段が怪人の方に引き寄せられ、同時に上の段がバランスを崩して前のめりに倒壊した。
「危ない!」
「主将、こんな演出ありましたっけ?」
現場が混乱する中、最終予選メンバーの男子大学生達が黒ずくめの怪人へと詰め寄っていく。
「おい、お前何やってんだ」
「さっさと離れろよ」
4人がかりで怪人をつまみ出そうとする学生達だったが、一瞬後には1人が背後へと吹っ飛び、地面を転がっていく。他の男達も次々と吹き飛ばされ、その光景を見た現場は更に騒然とし始める。
「こ、これは一体……」
「里中主将ーっ!」
対応を決めかねていた主将の元に、怪人の後を追った辰真と月美が駆け寄ってきた。2人が異次元人の事を簡潔に説明すると、混乱していた主将はすぐに平静を取り戻す。
「なるほど、分かりました。私の方から指示を出します」




