表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/159

第36話 揺木占い最前線 4/4

 懸命な捜索の末、3人は行方不明のナルペトを遂に発見した。繁華街の大通りに面した、5階建てのオフィスビル。その壁面に、異次元の怪魚は静かに張り付いていた。羽化を待つ蛹のように、微動だにせず佇むナルペトの姿は、人気のなくなった大通りの中でも一際存在感を主張している。


「で、これからどうする?」

 辰真達はビルの入り口付近に集い、上を見つめていた。ナルペトがくっついているのは壁のちょうど中腹辺りで、到底人間がジャンプして届くような場所ではない。かといって屋上や窓から手を伸ばすのにも離れすぎている。幸い今の場所から動く様子は見られないが、魚を捕まえるには何かしらの工夫が必要になりそうだ。

「特災消防隊の皆さんを呼びますか?梯子車のムベンベなら、あそこまで簡単に届きますよ」

「……それはあまりいい手段とは言えません。ナルペトの能力には謎が多いですが、一度有効範囲に入ってしまうと大きさに関係なく巻き込まれるようです。古代でも、自分より遥かに巨大なオベリスクを空中に吹き飛ばしたという記録が残っています」

「それなら、却って危険だな。それにさっきの様子を見る限り、接近されると一瞬で気付かれて重力を変えて逃げられる。どう対策すればいいんだ」

「異次元エネルギーのせいか、お告げも読めなくなってしまいました。これ以上はお役に立てないようです」

 シェセンは黒い靄が渦巻く水晶玉を眺めながらそう呟く。かくなる上は、自力で答えを見つけるしかない。

「気付かれずに接近して……重力にも対応……そうだ!」

 しばらく考え込んでいた3人の中で、最初に閃いたのは月美だった。

「いいこと思いついちゃいました」



 十数分後。オフィスビルの屋上に、辰真達3人は立っていた。屋上を取り囲むフェンス越しに下を眺めると、ビルの外壁が急斜面の滑り台のような角度で地面へと落ち込んでいる様子が見える。斜面の中腹には静止しているナルペトの姿。地上までの高さは約10m。流石にこの高さからだと、木々も車も相当に小さい。あまり眺めていると地表に吸い込まれそうな気がして、辰真は屋上に視線を戻す。

 彼らの傍らには、巨大なケーブルの束がとぐろを巻いていた。ケーブルの先端は屋上を取り囲むフェンスの柱の一つにしっかりと固定され、反対側の端には大きなフックが装着されている。


「……本当にこれを使うのか?」

「もちろんです!」

 呆れ気味の辰真の問いかけに、月美は元気よく答える。彼女の頭にはヘルメットが、腰にはハーネスが装着され、今からアウトドアスポーツに出かける気満々といった様子だ。

「これを付ければ完成です」

 そう言うと月美はハーネスの後部にフックを接続し、ケーブルと一体化した。

「さあ、いつでも飛べますよ!」

「……」

 彼女が付けているのはバンジージャンプの装備一式。市がイベントで時々使用する設備を無理言って借り受け、屋上に設置したのである。ケーブルもといゴム紐の長さは5m程で、ナルペトのいる場所まで充分に届くほどの長さだ。

「あれ、森島くんはバンジーやった事ないんですか?大丈夫、一回飛んじゃえばすぐ慣れますから」

「そういう問題じゃなくてだな、あの魚を捕まえるためにバンジージャンプするって発想についていけないんだよ」

「そうですか?でもこれならナルペトの所まで一発で届くし、重力を反転させられても何とかなるし、理想的だと思いますけど。念のため地面にマットも敷いてもらったから、見た目より危険は少ないですよ」


「うーん……」

 月美の言っている事は理解できるが、(ジャンプだけに)飛躍しすぎていて思考が整理できてない。辰真がもやもやした思いで横を見ると、シェセンがもっと困惑した顔をしていた。こんな展開は明らかに予想できなかった、という顔だ。

「占いにはバンジージャンプの事は出なかったか?」

「はい、全く」

「じゃあ、シェセンさんもジャンプしてみます?」

「いや、それは、遠慮しておきます」


 ともあれ、他に手段がない以上は仕方がない。辰真は覚悟を決め、もう一つのバンジー紐の元に向かう。ヘルメットにハーネス、そして捕獲用の網。ナルペトを捕まえるための準備は万端だ。

「…………」

「森島さん?」

 いざ飛び降りる寸前で地面と睨み合いをはじめた辰真の真横で、月美がひと足先に空中に身を躍らせる。

「行ってきまーーす!」

 屋上から離れた月美の姿がどんどん小さくなっていく。遅れる事数秒、辰真も手摺を乗り越えて壁下へとジャンプする。


 瞬く間に身体が風に包囲され、無重力落下を全身で体感する。数m下では、ナルペトのいる高度に差し掛かった月美が網を振り回しているのが見えた。うまく当たれば充分捕獲できそうな距離ではあったが、惜しくも狙いが外れ、網は空しく壁面に被さる。そして狙われている事に気付いたナルペトは素早く浮遊を開始した。


「森島くん!」

 ゴム紐の反動により上に引っ張られた月美と入れ替わりになる形で、今度は辰真が落下しながら魚に接近。既に危機を察知しているナルペトは、彼の網が届く前に素早く空中で回転し、辰真達の方向、すなわち真上に腹を向けた。これにより重力は180度切り替わり、辰真達は上空へと落下を開始する。


 辰真の視界の前方では相変わらず月美が落下していたが、その先に見えるのは飛び降りたばかりの屋上の手摺だった。命綱のお陰で危険はないが、これではナルペトが遠ざかる一方……いや、俺達が落下し続けているという事は、あいつも近くで移動している筈。そう看破した辰真は、ビルの壁面に網を突き立てて減速すると、反対側の腕を真上に伸ばす。一瞬だけ指先に鱗の感触が走るが、すぐにヌルリとした触感と共に鱗が遠ざかる。ナマズというだけあって表面は粘膜に覆われているようだ。何にせよ、このままでは自分達には打つ手はない。だが……


 辰真は視界の先にある人影を見つめる。手摺越しにこちらを覗き込んでいるシェセンの姿を。辰真と月美の落下速度は増加し続け、屋上がどんどん近付いてくる。そして2人が屋上の真横を通過しようとした瞬間、辰真は占い師に向けて網を投げた。


「頼むシェセン!」

 網を受け取った彼女は一瞬戸惑うも、すぐに辰真の意図を理解した。月美と辰真が上空へと落下した数秒後、ナルペトも屋上を通過する。その瞬間にシェセンは「ホルスの眼」を発動させた。額に金色の眼模様が浮かび上がり、聖なる力が周囲に解き放たれる。直後に反転した重力がリセットされ、2人と1匹は地面へと再落下を開始。真っ先に落ちてきたナルペトは、シェセンが構えた網によってしっかりと捕獲される。一方の人間2人は網に捕まることもなく再落下し、2度目のバンジージャンプを強いられる事となった。



 数分後、辰真と月美は紐を伝ってどうにか屋上へと帰還を果たした。網に捕らわれたナルペトは、ホルスの眼を近くに置かれたことで能力も封じられ、身動きが取れなくなっている。

「これで一件落着ですね!シェセンさん、ご協力ありがとうございました」

「いえ、ナルペトが捕獲できたのは貴方方のアイデアのお陰です。今回も楽しかったですよ。予想を超えるようなことばかりで」

 満足そうに微笑む彼女の姿を見て、辰真はふと思いつく。

「ひょっとして、シェセンが異次元事件に関わってるのって、占いだと予測できない事が起きるからだったりするのか?」

 将来をなんでも予測できてしまう占い師の家系に生まれ育った彼女にとって、アベラント事件に関わることには新鮮な喜びがあるのではないか。口にこそ出さなかったが、辰真はそう推測した。

「はっきり意識した事は無かったですが、確かにそうかもしれませんね。未来が視えないというのも、時にはいいものです」

「そうですよ!占いもいいですけど、予測不可能な未来もワクワクしますから。というわけで、シェセンさんもバンジージャンプやってみません?」

「いや、それは……でもこういう予想外にこそチャレンジすべきなのかも……」

「シェセン、別に稲川の言うことを間に受ける必要はないぞ……」


 結局、シェセンはバンジージャンプに1回だけチャレンジした。その結果、世にも珍しい彼女の悲鳴が屋上から響き渡ったという。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ