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第36話 揺木占い最前線 3/4

〜宙転魚ナルペト登場〜

 

 揺木市南部、揺木地区の繁華街。月美の情報に従って駆けつけた辰真とシェセンの視界に飛び込んできたのは、嵐の跡のような光景だった。商業ビルの1階にある喫茶店の軒先には、半壊状態のテーブルや椅子、マグカップの残骸等が散乱している。周囲を見回してみると、同じような瓦礫の山が通りのあちこちに出来上がっていた。

「一体何が起きたんだ?」

 辰真の呟きに答えたのは、たった今合流したばかりの月美だった。

「ここでお茶をしてた方の証言によると、小型犬くらいの大きさの物体が突然空中を飛んできて、店先を横切ったそうです。その直後、周りの椅子やテーブルが2mくらいの高さまで浮遊して、そのまま落下したとか。幸い怪我人はありませんでしたし、周辺の避難も完了したところです」

「その小型犬くらいの物体ってのが異次元生物?」

「はい!明らかに意思を持って動き回ってたらしいので、間違いなく異次元生物です!今のこのエリアのどこかにいるみたいなので、探しに行きましょう__ところで」


 月美は言葉を切り、辰真達を見やる。

「森島くんは何故シェセンさんの所に?人生相談とかですか?」

「いや、道端で偶然会って、ついでに占いをしてもらってたんだよ」

「えーっ!?いま大人気のシェセンさんの占いを?どうしてわたしを誘ってくれなかったんですか!」

「そう言われても」

 2人が話しているのを横目に、シェセンは再び水晶玉を取り出して眺めはじめた。

「シェセンさん?」

「……その異次元生物ですが、ここより南東の方角にいる可能性が高いようです。そして、これは私の所感ですが、建物の壁面の辺りに注意を向けると良いでしょう」


 シェセンを先頭に、繁華街の角を何回か曲がっていくと、やがて細い路地に入って行き止まりとなった。そして、突き当たりに位置する古アパートの壁面、地上から2mくらいの場所に、見たことのない生物がくっついていた。どうやら魚の一種らしく、口元には大量のヒゲが見える。色は体の上部が白、下部が黒と綺麗に分かれている。大きさはやはり小型犬ほどで、セミのように壁にピッタリと張り付いて静止していた。

「やっと見つけましたよ。あの子ですね!」

「あ、稲川さん、ちょっと待って__」

 シェセンの声も聞かず、異次元魚類に駆け寄ろうとする月美。後を追おうとする辰真だったが、すぐにその歩みを止めた。前方の月美に、妙な事態が起きたためだ。


 問題の壁まであと数mに迫った時、突如として月美の姿勢が前屈みになったかと思うと、壁に引き寄せられるかのように月美の体が前方へ向かって浮遊し始める。そして壁にゆっくりと着地した月美が立ち上がり、全員が異変に気付いた。

「稲川、一体何が……」

「え?」

 月美から見て、辰真達は真上にいるように見える。一方辰真達の目からは、月美の体が地面に平行に伸びているように見えた。もっと分かりやすく言うと、月美は壁面を下にして立っていたのだ。


「ど、どうなってるんだこれは?」

「重力の向きが変わっているのです。あの魚の周囲だけ」

 シェセンの言葉を裏付けるように、魚の周辺の壁面には葉っぱや空き缶などが大量に張り付いている。試しに辰真が足元の石を壁の方に投げてみると、石が描く放物線が途中で直線となり、地面と平行に壁に落下した。


「なるほど、これならあの子に接近できますね!森島くん、落ちちゃったらキャッチお願いしますね」

 そう気軽に頼むと、月美は魚の方角へとゆっくりと進み始める。辰真達の視点から見ると、イモリのように壁面を歩いて上へと登っていく、奇妙な光景だ。一方の魚は、壁面に貼り付いたまま微動だにしない。


 辰真達が固唾を飲んで見守る中、月美が標的まであと2mほどの距離に接近した所で、魚は急にヒゲを振動させ始めた。

「!? 月美さん、戻ってください!」

 シェセンの声に下方を振り返る月美。同時に魚はふわりと壁面から離れて、月美の方を向く。空中に静止したまま人間を観察すると、今度は体を回転させて腹部を空に向け、仰向けのような体勢となる。次の瞬間、周囲の重力は切り替わった。


「えっ?」

 壁に立っていた月美がバランスを崩し、その体が一方向に引きずられる。しかし、落下方向は地面ではなかった。彼女は、空に向かって落ちていく。

「まずい!」

 此方に手を伸ばしながら上へと落下していく月美を助けるため、辰真は高く跳んで腕を伸ばす。彼女の右手を捕まえることに成功するが、直後に気付いた。自分の体も逆さまの重力圏に囚われたことに。不快な浮遊感に包まれながら、彼の体が上昇を開始する__その寸前。


「そこまでです」

 シェセンの声とともに、辰真の体の上昇が止まる。逆立ちしているような体勢で頭上に手を伸ばしていた月美からは、辰真の背後にいるシェセンの動きがハッキリと見えていた。彼女が頭や首元に付けている金色のアクセサリーが光を放ち、同時に額に何かの模様が浮かび上がる。その状態で右手を辰真の背中に翳すと、辰真の動きがピタリと止まったのである。


 一瞬の後、辰真は大地に向けて自由落下し、地面に尻もちをついた。直後に月美も手を引っ張られ、彼を下敷きにして着地する。

「いてて……稲川、大丈夫か?」

「はい、すみません……あの子は?」

「残念ながら逃げてしまいました」

 シェセンの言葉通り、空飛ぶ異次元魚類は頭部を逆さにした奇妙な姿勢のままアパートの屋上を越えて姿を消す所だった。



 辰真達は、人気のないカフェテラスで休憩がてら、占い師から情報を聞くことにした。

「シェセンさん、あの子の事知ってるんですよね?詳しく教えてください」

「知っている範囲で良ければ。あれはナルペトと呼ばれる異次元魚の一種です。地球の魚類で言えばナマズ、特にサカサナマズに非常に近しい種類ですね」

「サカサナマズか」

 それなら辰真も以前水族館で見たことがある。水中で上下逆さまになって泳ぐ習性を持つ奇妙な魚。先ほどのナルペトが仰向けになった姿は、確かにサカサナマズそっくりだった。

「ですが、単なる空飛ぶナマズではありません。もうご存知と思いますが、ナルペトは周囲の重力を自在に切り替えるのです。その方向は魚の頭部と逆向きになります。つまり、私達から見てナルペトが仰向けになれば、重力は真上にかかる事になります」

「そっか、さっき壁を歩けたり、空に落ちそうになったのは、あの子の向きが原因だったんですね!」

「ナルペトの存在は紀元前から知られており、古代エジプトでは壁画も残っています。またその能力自体も信仰の対象となりました。エジプトを最初に統一した初代ファラオであるナルメルの名前の元となったという説もあるほどです」


 辰真が口を開いた。

「もう一つ聞きたい事がある」

「何でしょう」

「さっき俺を助けてくれた時、妙な現象が起きてたよな。金色の光と一緒に、額に模様が浮き上がってた。グノーミーをつかまえる時も同じような感じだったけど、一体何が起きたんだ?」


 そう、シェセンが何か不思議な力を行使しているのは間違いない。だが2人の懸念点はそこではなかった。額にある種の模様を浮かび上がらせる、いわゆる「第3の眼」の能力を持つ人間と、辰真達はつい最近接触したばかりだ。それも、あまり友好的な相手ではなかった。シェセンに敵意がないとしても、つい警戒してしまうのは仕方がない。


「これの事でしょうか」

 シェセンは首から提げていたアクセサリーを取り外し、2人に見せた。それは翡翠色をしたメダルのような形状で、脚の生えた目玉のような独特の模様が表面に彫られている。

「これは「ホルスの眼」、又は「ウジャト眼」と呼ばれるアイテムです。ホルス神は古代エジプトの天空の神ですが、その左眼は癒しや再生の象徴とされています。ウジャト眼は魔術や呪いの力を跳ね除ける御守りとして古くから使用されてきました。そして、そのような神秘が廃れた現代でも一部のエジプト人はこの眼を身につけています。異次元エネルギーから身を守るアイテムとして」


「じゃ、じゃあさっき空に落ちるのを助けてくれたのも?」

「ホルスの眼の効力を貴女たちにも分け与え、ナルペトの重力干渉を無効にした結果です。普段であればこの程度の危機に備えは不要ですが、アベラント事件ではそうも行きませんから」

「なるほど。ありがとうございます!」

 シェセンの説明を素直に受け止める月美だったが、辰真は彼女の言葉のある部分が少し引っかかっていた。


「「普段であれば」って言うけど、やっぱり普段から自分を占って、未来を予知してるのか?」

「そうですね。この水晶玉には自分のホロスコープも入ってますから、行動の指針にしているのは確かです。私の一族は特に未来を見通す能力に長けていて、過去には自分の人生の全貌や最終的な運命までも見通していた者もいるようです。そこまでの力はないにしても、私も未来視においてはそれなりの才能があると自負していましたが、アベラント事件に関わるようになってからは自信がなくなってしまいました……困ったものですね」

 そう言って軽く微笑むと、シェセンは続けた。

「すみません、喋りすぎましたね。では、ナルペトを探しに行きましょう」


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